「命を吸うバケモノ、ねぇ……。まぁそれは否定しないけど」 俺の皿に乗ったステーキを一瞥すると、奴は冷ややかに笑った。 「じゃあ君は今、何を食べているんだい?」 「指示が聞けないなら、始末書じゃ済まなくなるのはわかってるね」 「こんなバケモノを飼ってるなんて知ってたら入所しなかったっつの」 「だから、今はそういう話をしてるんじゃなくて」 上官命令無視で、俺には始末書が6枚溜まっていた。 そもそも、吸血鬼を教官にするなんてどうかしてるぜ、まったく。 俺は過去に、家族を吸血鬼に殺されている。 吸血鬼を倒す力が欲しくてバランサーに志願したのに、なんてこった、この育成所にはあろう事か憎き敵が居座っていたのだ。 しかもバランサー補佐という立場まで得て、候補生の育成にあたっている。 この憤りをぶつける場が講義であり、実習であり、そして煌夜本人だった。 戦闘演習では、練習相手そっちのけで奴に斬りかかったこともある。その度にひょいひょいとかわされ、「元気だね」などと笑われた。結局、今まで攻撃が当たったことは一度もない。 そして今日の実習での事だった。 「深追いするんじゃない! そっちは」 「っるっせぇんだよ!」 大きなハチ型の魔物の駆除。それが今回の実習だったが、手応えを感じなかった俺は煌夜の制止を振り切って奥へと進んだ。他の候補生を守る為か、奴は追ってこなかった。 こんな、ちょっと武器振り回してりゃ倒せる魔物なんて実習に入らねーよ。 それからも数匹の魔物を倒しながら奥へ進むと、女王蜂の巣を発見した。 『女王蜂』というのは名前の通り、この魔物を生み続ける。こいつを駆除しない限りはいつまでたっても湧き続けるのだ。幸運にも女王蜂そのものは不在のようだ。 「うらぁ!」 とりあえず、手近なところにあった卵を踏みつぶした。変な色の汁が飛び散る。 ぐしゃぐしゃと卵をつぶすのに夢中になっていた俺は、気配の接近に気づかなかった。背後から落ちてきた影に慌てて顔を上げると。 「やっべ…!」 でかい。大型なんてもんじゃない。兵士蜂の3倍以上はあるんじゃないだろうか。 カチカチとアゴをならして、怒り心頭の女王蜂と対面した。女王蜂の巨大な羽がバタバタと唸り、風圧で俺は数メートル吹っ飛んだ。 地面に頭をぶつけて一瞬動きが止まった俺に、女王蜂の毒針が迫る。 次の瞬間、冷気が俺の横を駆け抜けた。 「まったく」 地面に落ちた女王蜂の上で足を組んでいたのは、憎き吸血鬼。 「虫系の魔物は冷気に弱いって教えなかったかな」 冷凍庫でも開けたときのように、冷やされて可視化した水蒸気が奴の周囲に渦巻いていた。 「こんな実習で、しかも指示を無視した挙げ句に死ぬところだった。困るんだよねそういうの」 人手不足なんだから。吐き捨てるようにそう言って、奴はすっかり凍ってしまった女王蜂を砕く。 そして俺の傍まで歩み寄ると、まだ立ち上がれない俺を担ぎ上げてすたすたと歩き出した。 「ちょっ、やめろ離せっ!」 「はいはい」 「人の命を吸うバケモノのくせに! 俺に触るんじゃn」 言い終わらないうちに、俺はもう一度地面に叩きつけられることになった。 「そこからは歩いて帰っておいで。この辺はもう魔物の気配がないから」 一瞬見えた目は、今まで見たどの人間より魔物より、冷徹だった。 その後、なんとか育成所に戻った俺には煌夜からの呼び出しが待っていた。それが今だ。 バケモノ相手に頭を下げる気も更々無い。 そんなわけで、7枚目の始末書提出が命じられた。 「くそっ、なんであんなバケモノが」 食堂でステーキを頼んだ俺は、半ば八つ当たり気味に肉を噛んだ。良い物でも食ってないとやってられないぜ。 「よぉ、女王蜂に遭ったんだって? 聞かせろよ」 『バケモノ』の事をすっかり女王蜂のことだと思っている同僚は、夜食のプレートを持って俺の横に座る。 そこに。 「やぁ、今日はご苦労様」 「あっ、教官! お疲れ様です!」 血がたっぷり詰まったパックを片手に、奴が笑顔で食堂にやってきた。うさんくさい。 よく見たら、食堂の奥にはふかふか教官と無限教官も居る。どうやらそこに用事があるらしい。 そっぽを向いた俺の耳元に顔を寄せ、奴がささやく。 「命を吸うバケモノ、ねぇ……。まぁそれは否定しないけど」 俺の皿に乗ったステーキを一瞥すると、煌夜は冷ややかに笑った。 「じゃあ君は今、何を食べているんだい?」 手からフォークとナイフが滑り落ちた。 「こうたん、ちょっとやりすぎじゃないの」 「始末書7枚かクビか、ちょっとの間肉が食べられないか、どれがマシだと思う?」 「僕は始末書書くけどなぁ」