今日もいつもどおりに一日が終わった。 いつもどおりに雑貨や絵、写真などが売れ、常連の客にはこだわりのココアやコーヒーを振舞った。 そうしていつもどおりに日は沈み、何でも屋「ポリアンナ」はシャッターを下ろした。 店を運営する楓とひゃわの二人はいつもどおりに仲むつまじく、売り上げを記録したり在庫の確認をしたりと、次の営業に向けて準備をしていた。 「今日はお菓子がよく売れたね、かえぽん!」 「うん、特に売れたのは…ひゃわりんが仕入れたやつだよ!」 「かえぽんが『おいしい』って言ってたからいっぱい仕入れたやつだ!」 「覚えててくれたんだ…! ひゃわりーん!!」 「かえぽーん!!」 そして最終的にはいつもどおりに抱き合う。 そう、いつもどおり。 コンコン シャッターをノックする音に、二人は顔を見合わせた。 「こんな時間に……誰だろう?」 「もう9時回ってるよね?」 「うん。どうしようかえぽん」 「ま、また魔物だったりしたら……!」 tカラギコの襲撃以来、二人は『いつもどおりでない』ことに少々過敏になっていた。 いつもどおりなら、こんな時間に客など来ないのだ。 「と、とりあえず『今日は閉まってます』って言わなきゃ」 ひゃわは壁に立てかけてあった愛用の箒を握り締め、楓を守るようにシャッターの前に立った。 コンコン 「えーっと…、どちら様かわかりませんけど今日はもう閉店なので――」 ひゃわの言葉にノックは止み、代わりに聞こえてきたのは 「あ、そっか。もう遅いもんね…。参ったな、次のオフいつだっけ…」 聞き覚えのある男性の声。 「え? もしかして…こうたん?」 「もしかしなくても僕だけど…。あぁ、うん、遅くにごめんね。明日の勤務のときにでも頼めばいいか…」 シャッター越しに交わされる、微妙にかみ合っていないような会話。 二人は確信した。 「こうたんだよ、間違いないよ」 「うん、間違いない」 そうしてもう一度顔を見合わせると、楓がシャッターを開けた。 「あれ?」 きょとんとした顔でそこに立っていたのは、黒いマントにスーツ、黒い革靴で闇に半分溶け込んだ男。楓とひゃわの上司、煌夜だった。 「どうぞどうぞ」 「どうぞどうぞ」 「営業時間外のサービスもあるの?」 二人に手を引かれ、煌夜はポリアンナに足を踏み入れた。 シャッターをもう一度閉めなおす二人をよそに、彼はきょろきょろと店内を見回す。 「それで、どうしたの? こんな時間に」 「うん、ちょっと寝坊しちゃって」 「いや、そうじゃなくて」 楓の問いかけも半分受け流したような返答をしつつ、店内を眺め回している煌夜。 しかもその視線の先に品物はなく、壁や床、天井ばかり見ているようだ。 「もしかして、『何か』が『見えてる』とか…?」 「え?」 また箒を手に取ったひゃわを見つめ、彼は首をかしげる。 「見えない魔物とか、ゆ、ユーレイとか…!」 「何もいないけど…あぁ、そうか。ごめんね、過敏になってるんだね」 ひゃわの怯えの意味をようやく理解して、彼は口を開く。 「防火魔法が徹底されてるな、って感心してたんだ。お店自体にも強化魔法がかけてあるね? それに、まぁ、『何か』がいたとしても」 彼はにこりと笑った。 「君たちと僕がいるから大丈夫、だよ」 「そ、そっか! それならいいんだ!」 「立ち話もなんだから、お茶でも淹れよっか!」 安堵の表情で箒を置くと、ひゃわはお湯を沸かすと言ってその場から立ち去る。 残った楓は煌夜を件のクローゼットへと案内した。 中に入り、席に着くと彼女は話題を切り出す。 「それで、こうたんは何か用があったんだよね?」 「今日は非番だから買い物をね、ちょっとしたいなーと思ったんだけど寝坊しちゃって」 その言葉に、楓の目が点になる。 本人はオフだと言うが、彼の服装はどう見ても仕事のときと変わらない。 しいて言うならネクタイをしていないくらいだろうか。 「オフなのに仕事着なの?」 「スーツしか持ってないんだ。仕事以外に外出なんてほとんどないから」 「へ、へぇ…」 若干の変化を見せた声色と表情から煌夜が外出しない理由をなんとなく察した楓は、気まずくなって口を閉じた。 夜間に確実に動ける貴重な戦力である彼はそもそも休みが少ない。 疲れやすい体質もあいまって、与えられた休日も眠って回復に努めるしかないのだろう。 始まりかけた沈黙を破ったのは、クローゼットが開く音と紅茶の香りだった。 「おまたせー! 今日はグレイティーでーす!」 「あ、いい匂い。嬉しいな、僕紅茶好きなんだ」 カップやポットを載せたトレーを運ぶひゃわを笑顔で迎える彼に、先ほどまでの影は一切無い。 「…って、あれ? 僕だけカップ違わない? 来客用?」 「いやいや、こうたんにはそっちのほうが似合うと思ったんだよねー!」 楓とひゃわはお揃いのマグカップ。 一方の煌夜に手渡されたカップは、一言で言うなら『高そう』な一品。上品な光沢のある、花の模様が描かれた白いティーカップだ。 カップの中を覗き込むと、底にはこれまた花びらが一枚描かれて、凝った作りになっている。 「やっぱり似合ってる! あははははは!」 「さすがひゃわりん、ベストチョイス! あははっ!」 煌夜が笑ったのを見て安心した楓も、また笑顔をこぼす。