普通なら高校生であっても初めての飛行機というのは若干ワクワクするのかもしれんが、高校に入学してハルヒの自己紹介を聞いた
あの時から今まで、最新VFXを駆使したハリウッド映画の主人公でも体験できないようなトンデモハイスクールライフを送っていた俺は
旅客機の離陸時の爆音も振動にも全く動じなかった。自分でも意外だ、空港に入るまでのあの高揚感は何処に行ったのやら。
ハルヒと、俺を除く愉快な仲間達を中心に起こってきた超常現象を常に被爆し続けていれば、どうやら一般的な枠内の非日常程度では
感動しなくなるらしい。生まれて初めて見た流星群を見たときのピュアな感動がもはや遠い昔のことのように感じるぜ。
「・・・つまんないわね。キョン、あんたシートから救命胴衣引っ張り出してここで膨らませてみなさいよ」
いきなり何を言いやがりますかこの団長様は。
離陸してから数十分、初めは断固として窓際から離れなかったハルヒだったが、今はもう成層圏からの景色は見飽きたのか
前に座っておられる朝比奈さんを後ろからイタズラしていた。おい、やめないか、お前はもっと人目を気にしなさい。
「だから止めて欲しかったら今ココでパニックの一つも起こしてみなさい。団長命令よ」
「俺は旅行だと聞いて着いてきたのだが、お前は何処かの過激派か?流石に退屈なのは分かるがもう少し静かにしてろ。
みんな朝早く起きて眠いんだ。旅行を有意義に過ごすためにもここは休養をとってだな・・・」
「・・・・・・・・」
ハルヒは得意のアヒルのような口をして俺をじぃーっと見つめてから、
「アンタも眠いの?」
「ああ。妹にバレないように支度するためにお前が指示した5時起床じゃなくて、4時起床だったからな。
ホレ、退屈だったらコレでも聞いてればいい。俺としてはできれば寝かせて欲しいんだが」
「・・・・・・・ふんっ、そんなんなら最初から眠いって言えばいいのよ」
そう言ってハルヒは俺が差し出した機内備え付けのイヤフォンを引ったくると仕方なさそうに耳に突っ込んでから、
シートの横の穴に乱暴に差し込むとブスっとした顔でシートに深く座り込んでそっぽを向いた。了承してくれたらしい。
ハルヒの無茶苦茶なことをどうにかして阻止するには断固として譲らない体勢を取るのではなく、
こう、落ち着いて諭すように言う方が効果があることを俺は最近知った。
何故だか知らんがこうすればハルヒも俺の言うことをたまには渋々聞き入れるらしい。
さて、ハルヒも静まったことだし俺もシートに深く腰掛けて寝る体勢になる。
少しでも寝ようとすれば眠気が俺の意識を飛行機の着陸時までタイムスリップさせてくれるかもしれないが、俺には懸案事項が一つあった。
空港での長門の言ったことだ。
[季節無視!沖縄に行こう! その2]
「メールで記述したように、朝比奈みくるが帰属する未来から協力要請を受けた」
あの時空港で長門は膨れあがったリュックを床に降ろすと朝比奈さんを見てそう言った。
「えっ、でも・・・・私は未来の方からは今まで何も・・・・・・一体・・・どういうことなんですか?」
朝比奈さんは長門のメールを読んだときからオロオロしっぱなしだった。たまに未来と交信しているらしくぼーっとしていることもあったが、
それが終える度に困惑した表情で首を傾げていた。
長門のメールを読んでみると今回は凡人の俺までが強制的に巻き込まれるのではなく協力を求められているようだ。
それにその任務はある程度の規模があるらしく、長門は安全を保証してくれるものの多少の危険を伴うものらしい。
昨日から先読みしていたとおり、SOS団が関わる限り、どんな活動だろうと何らかの超常現象が発生してしまうようだ。
早くも沖縄旅行はピンチだなハルヒ、一体どうしようものか。今度ばかりは長門に倒れて欲しくないんだが。
「私に関しても、涼宮ハルヒに関しても、あなたが心配することはない。未来と統合思念体より綿密な計画が立案されている」
「・・・ということは何か?計画が立案されてるってことは、今回は孤島のときみたいな推理ショーを宇宙的規模ででもするのか?」
俺がそう言うと長門はリュックの中から分厚めの本を3冊取り出し俺と朝比奈さんと古泉に配った。
表紙には「沖縄戦ノ全テ」と書かれている。一体なんだ?
「今から62年前、西暦1945年、日本の年号にして昭和20年の4月1日の太平洋戦争末期から日本の降伏後9月7日まで、私たちがこれから行く沖縄島および周辺諸島に
おいて大規模な旧日本軍と米軍の大規模な地上戦が行われた。いわゆる沖縄戦、詳しくは資料の[戦争の概要]を参照」
いきなりの長門の沖縄戦の解説を聞いて俺は何故か寒くなった。なんか嫌な予感がする。
長門の表情はいつもと変わりなく表情筋が固まっちまったように無表情だ。でも長門の目だけは常とちがって真剣そのものに感じられる。
沖縄戦の事なら毎回のテストを赤点ギリギリの低空飛行をしてみせる流石の俺だって知ってるさ。
長門が言ったとおり、太平洋戦争末期に起こった日本で唯一の地上戦、そして民間人の被害者が軍人よりも多かった悲惨な出来事だ。
「・・・その沖縄戦が・・・・どうしたってんだよ・・・」
横にいる朝比奈さんと古泉の顔を見ても二人とも怪訝な顔をしていた。
「4年前より涼宮ハルヒによって引き起こされたと思われる時空平面上の断層によって、その時空平面より過去へは遡ることが
不可能となっていた。しかしこの時空平面で計測して約1ヶ月前から、時空平面上の断層に異常が検出された。これはあなたも知っているはず」
そう言って長門は朝比奈さんを見つめた。
朝比奈さんは突然長門に見つめられたせいか一瞬怯んで、それから少し考えてから小さな声で話した。
「えっ・・・はい、時空断層で異常を見つけたそうなので涼宮さんの観測で何か目立ったことはないかと上の方から連絡がありました。
今も異常は継続中なので私の観測態勢も引き上げられてるところです」
「その異常とは時空平面の跳躍と推測されるもので、4年前の時空平面より過去、それまでは空白とされてきた部分に限定的に
あるべき時空平面とは異なるそれが存在していること。その跳躍した限定的時空平面が先に説明した1945年4月1日。
未来の機関による調査の結果、この時空平面を基として私たちが存在する時間軸とは異なる異質の時間軸を構成していることが判明した」
長門は俺にカミングアウトしたあの日にも劣らないほどの饒舌だったが、普段長門の長話に慣れていない俺はいまいち話がつかめない。
だがその饒舌はあの時と違ってその真剣味から来るものだと思う。
長門なりに俺たちに出来るだけわかりやすく伝えようとしているのはなんとなく感じた。
今まで俺と同じく蚊帳の外だった古泉を見てみればずっと考え込んでいたようで洋館のときのように喉を押さえる仕草をしている。
俺の視線に気付いたのか、こっちを見て古泉お得意の「お手上げ」の仕草をした。なんだ気持ち悪い。
「長門さん、朝比奈さんの帰属する未来が時空断層の異常を検出したのは今から約1ヶ月前からだとおっしゃいましたが、
それは厳密に言うと涼宮さんがカレンダーにカウントダウンの印を始めた頃ではありませんか?」
「その通り。過去から今までのあなた達が存在する時空を基準とし、その時空が自然的に彼女がカウントダウンを始める時空平面に
差し掛かったときに未来で断層の異常は検出された」
ここで俺は自分が認識していることと長門の言っていることが合っているのか自信がなくなった。いつもよりわかりやすい気もするが、
それでもわからん。
「ちょっと待ってくれ、朝比奈さんの未来が俺たちの時空がハルヒのカウントダウンに差し掛かったときに異常を検出したって、
どういうことだ?」
「僕達は朝比奈さんのようにタイムトラベルはできないので、今この僕達の意識は時間の流れと同じ速度で時空を移動していると言えますよね。
先ほど空港の構内で私たちが通ったオートウォークに例えますと、私たちはあの上で歩くことは出来ず、一定の速度でしか移動することは
できない存在です。ですが朝比奈さんはあの上でさらに歩くことが出来、私たちより速く移動することができる存在です。
私たちがある時空平面に差し掛かったときに異常を検出したというのは、僕達がある地点を通過した瞬間に僕達の少し後ろでオートウォークが
進行方向とは直角の角度に新たに作り出されたのを、私たちよりずっと先から歩かずに移動していた未来人の方達がこちらを見ていた、
ということです」
自分の出番だとわかると得意げに説明を始めた古泉が癪だが大体はつかめた。
お隣の朝比奈さんを見てみれば頭上にハテナマーク5つほど浮かばせていたのが彼女の将来に一抹の不安を感じさせられたが朝比奈さん(大)の
ことを考えれば大丈夫だろう。
「それで、ハルヒがカウントダウンを始めたのと時空断層の異常発生はなんの関係があるんだ?」
「おそらく、涼宮さんはカウントダウンを始めたときから沖縄旅行に行くことを決めていたのでしょう。
そこで彼女は沖縄に強く関心を抱き、観光スポットなどを調べているうちに旧軍司令部の史跡やひめゆりの塔などから悲惨な沖縄戦にも
興味を持たれたのだと考えられます。4年前より以前の時空が限定的に出現したのは、彼女が過去の歴史に強く関心したことがトリガーになったのでは?」
そこで古泉は長門の方を向いた。
「その可能性が高い。そして、その時空を精密調査したところ、無視できない危険因子が確認された」
ここで長門は一枚の写真のようなものを取り出した。超高空から宇宙を撮影したような写真で地球が丸くて青いのがよく分かるような写真だ。
「ここ」
長門が指さしたところをよく見れば何本か髪の毛みたいに細い光が何本も群れて写っていた。夜空の星をカメラで長い間露光して撮れば
写る光の線のようにどれも若干弧を描いている。なんだこりゃ。
「生物的身体を持った情報生命素子の宇宙船とその護衛戦闘機群。この知的生命体とは地球文明と比較して数世紀単位の技術格差がある。
この写真は彼らが高度90万フィート上空にワープアウトしてきたときに私が撮影したもの」
長門はNASAの局員でもそう持っている人はいないだろう超高空からの宇宙の生写真を出したかと思えばいきなり物騒なことを言った。
宇宙船と護衛戦闘機群っておい・・・それじゃあまるで侵略にでも来たみたいじゃないか。
「・・・・地球人類にとっては私が推測する、彼らの行おうとしていることは侵略行為に該当しないこともない。しかし
以前遭遇した情報生命素子とまではいかないが思考形態が違っているため、彼らのこのような行動の起因を人類は理解することは不可能かと思われる」
どうやら人間同士が争っていた過去の大戦中に人類はそれ以上の危機を迎えていたらしい。
初めてUFO騒動があったのがたしか『ケネス・アーノルド事件』で、いつでどこだったかな・・・・・ああ、1947年のことだったはずだ。
その2年も前に宇宙人は一度地球を侵略しようとしたわけか、なんかエリア51でも知っていなさそうな隠された真実を知ってしまったようだ。
「それで、その隠蔽された人類の危機から地球を救ったのは何処の誰だ?まさか戦時中から古泉の言う『機関』の前進みたいなのがあって
密かに地球を守っていたってわけじゃないよな?」
「いえいえ、『機関』が発足したのはまさしく涼宮さんの神の力が発現した4年前からですよ。それ以前に前進機関のようなものはありませんでした」
「じゃあ一体誰なんだ?俺的には人類の愚かな争いが終わりそうだって頃に侵略しようとした宇宙人を退治したってんなら
それこそ世界中から最高の名誉勲章でも贈ってやるべきだと思うんだが」
そこで長門は俺の背中の向こうをチラリと見て、それと同時にハルヒの怒鳴るような大声が遠くに聞こえてきた。あいつ、には俺たち以外の人間は
見えないらしい。
ハルヒを除け者にしてみんなで沖縄戦について盛り上がっていたと勘ぐられても困るので、皆そそくさと長門から貰った「沖縄戦ノ全テ」を
各々の手荷物の中にしまい込んだ。
長門も本と写真を仕舞い込み、降ろしたリュックを再び担ぎこむ。それと同時に俺の背後にはハルヒがすでに突っ立っていた。
なんて速さだ。
「さっ!最終確認も終わったわ。飛行機に乗り込むわよ!みんな、気合い入れていきまーっしょい!!」
ハルヒが100万キロワットの顔をして今にも走り出しそうなテンションになっていたところを長門が
今になって先ほどの俺の質問にポツリと、呟くように答えた。
「それは・・・・・・私たち5人、SOS団」