機内でハルヒと長門以外は考えてることは一緒だったと思う。いや、もしかしたら長門も同じ事を考えていたのかもしれない。

狸寝入りをしながら慎重に隣を見てみれば、流れている曲が思いの外気に入ったのかハルヒは一人でノっていた。
隣を見てみれば古泉が、いつもより神妙な面もちでなにやら思案しているらしい。長門からあんな事を聞かされたあとだし、
ハルヒ抜きで色々と聞きたいこともあったのだが、こうも狭い機内ではハルヒ意外にも超常的電波話を聞かれてしまうからな。
沖縄に着くまでは各々独りで考えるしか出来なさそうだ。
と思っていたのだが、時たま前の座席から「えっ・・・」「でも・・・」「・・・・はい」等の朝比奈さんの困ったような、
しかしいつもよりは真剣味が感じられる声を聞く限り、どうやら長門と超常的会話をしているらしい。お互いの声は誰にも聞こえないような会話。
もしかしたら、以前長門と朝比奈さんは手を触れ合っただけで情報の交換をしていたことがあった。今も同じようなことをしているのかもしれない。
普段は長門が少々苦手そうな朝比奈さんではあるが、今回は長門に協力を求められたこともあってか、
おどおどした感じが少し抜けているようだ。彼女も根はしっかり者だしな。

長門と言えば朝比奈さんとの交信の時も表面上は普段と相変わらず無口のようだった。今俺が真後ろの座席にいるに限ったわけじゃないが、
何を考えているのかは分からない。ただ空港の時のことを思い返せば、コイツもきっと朝比奈さんや古泉と同じく真剣なのだろう。

何せ、第2次世界大戦末期、1945年の沖縄戦が始まる4月1日にタイムスリップして地球侵略を狙う地球外高度知的生命体と
ガチで戦わなければならんのだからな。
長門がいるというのに俺たちまでも参戦しなければならないのがわからんが、長門はその事についても後で説明すると言っていた。
せいぜい俺に分かることと言えば、これからトンデモないことが起こるってことぐらいだな。


「・・・・・戦争か・・・・・・・俺達、テレビ越しでしか知らないんだよな・・・」
ハルヒにも誰にも聞こえない程度に、俺はそんなことを呟いた。

















[季節無視!沖縄に行こう! その3]

















沖縄に着いてまず一言、暑いなおい。
さすが日本唯一の亜熱帯地域だ。本州とは大違い、真夏日以上の暑さに少し湿った潮風がさらにその体感温度を上げている。
涼しそうな顔をしているのと言えば当然長門だけであり、いつも涼しそうにヘラヘラ笑ってやがる古泉だって
今は額に薄く汗を浮かべていた。本州に居たときより大きさが増したような太陽が忌々しい。
面白いのは今吹いている風であり、これがジメジメとした潮風と清々しいそよ風がハッキリわかるのだ。
すぅーと汗が引くような清々しい風に深呼吸したくなれば、次にはどんよりと熱の篭もった湿った潮風が体にぶち当たる。
どうやら風の大きな流れのなかで湿った潮風と清々しい風が層になっているようでさっきからスッキリしたりどんよりしたりの繰り返しだ。
温度だけではなく風までも本州とは違うとは、いかにも遠くにやってきたという感じがある。

「さーって、沖縄についたわ!さっさと預けた荷物貰ってタクシー拾って宿に行くわよ!」
空港に着く30分ほど前から俺の横で寝息を立てていたヤツは旅客機の振動と共に目覚め、俺たちはテンションは最高潮持続中の
コイツに引き続き、いつの間にかタクシー乗り場まで来ていた。
「タクシーなんて高いからよせ、モノレールでいいじゃないか。ってか今更だが飛行機のチケットやら宿やらで
今まで一体幾らかかってるんだ?事前に料金くらい知らせて貰わんと困るんだが」

「ご安心を。飛行運賃は各自で負担だと思いますが、宿は僕の方で手配させていただきました。
以前孤島の別荘でお世話になった多丸さんが個人で経営しておられるペンションです。多丸さんも別荘の推理ゲームの時は
楽しんでもらえたそうで、そのお礼にペンションは旅行中タダいいそうです。どのようなところかと運営されているサイトで見たのですが
とてもいいところですよ、プライベートビーチに面しているそうで他の海水浴客はいないそうです」

「団の慰安旅行なのよ!こういうのは段取りからしっかりやっとかないと後で白けるんだからきっちり根回しはしてるわ!
それにしても暑いわね、タクシー乗り場まで来たのはいいけれどとっくに他の客に取られていなくなってるし・・・、キョン!あんたが
遅いからなんだからね。まったく」
荷物の受け取りの時に有無を言わさずに俺に旅行鞄を押しつけたのは何処の誰だ。
ってかこの旅行が慰安旅行というのは初耳だ。これまたいつぞやの合宿だと思っていた。
ま、ハルヒがみんなを引きずり回してハチャメチャするよりもエキセントリックかつ危険なタイムトラベルが待ちかまえてるそうだが、
以前の雪山のように俺には一つの安心材料がある。
その安心材料がひょっこり出てきたかと思うと俺の目の前で泣き出すような事がなければの話だが。
そうでしょ?朝比奈さん(大)。

「・・・あの、何か・・・・・・・・?」
朝比奈さんが少々お顔を赤らめて言ってきた。・・・うん、いいね。暑さも吹っ飛ぶというものだ。


「こらエロキョン、いつまでみくるちゃんをガン見してるのよ。ちゃっちゃとしおりを出しなさい!これからの予定を簡単に説明するわ」

こいつはいつも朝比奈さんといい感じなところで邪魔しにくるように思える。タイミングが良すぎるな、監視してるんじゃないよな。
「・・・そんなわけないでしょ!馬鹿なこと言ってないでさっさとしおり出しなさい!」
へいへい。



真夏の、しかも亜熱帯気候の日射しの下にタクシー乗り場で奇妙な一団がペラい紙束を取り出して屯している。異様だ。

「じゃ、とりあえず今日の日程から説明するわよ・・・・・・・どうしたの有希?」
ハルヒが声高らかに日程の説明をしようとした時だ。
「行きたい場所がある」
長門がハルヒの声に負けないように手を高らかにまっすぐ伸ばしてそんなことを言った。
時たま俺に向けられる冷凍された水晶のような瞳は今はまっすぐハルヒに向けられている。このくそ暑い日射しの中、
汗一つかかずに選手宣誓でもするように手を伸ばしている長門はどことなく見てると涼しい。
「・・・?有希、沖縄で何処か面白いとこ知ってるの?」
虚を突かれたような顔でハルヒが訊くと長門はコクリと頷いた。
「私たちが宿泊する予定の施設からもさほど離れていないからアクセスは容易、費用も慰安旅行に支障を来すほどの額ではない。
景観地や、この地域の歴史や風俗に関わる観光施設ではないがきっと気に入るはず」
長門にしては珍しい饒舌だった。長門なりに行きたいってことをアピールしているらしい。
「へぇ・・・で?どこなの有希?その面白い場所って」
ハルヒもやはり長門の行き先は気になるのか好奇心のエネルギーをそのまま放射しそうなほど目を輝かせた。

「・・・・・ゲームセンター」

「・・・・ゲーセン?」
またも虚を突かれたハルヒはしかし、形容しがたい微妙な顔をした。子供が悪意無しにしたことを咎めることが出来ない親のような顔だ。
「大丈夫、決して不健康的なゲームセンターではないと保証する。あそこは会員制、入会規定は非常に厳しく、低俗な人間が来ることはない」
ハルヒの表情を読みとれたらしい長門はそう言って、リュックのポケットから今作ったような真新しい会員証を取り出した。
細かいことに顔写真まで貼り付けてある。大抵顔写真は無表情で普段の表情とかけ離れて似てないようなものなのだが
長門ほど顔写真と今の表情が全く同じやつはいないだろうな。会員ナンバーはNo.00000、なんじゃそりゃ。

「へぇ、会員制のゲーセンってあるんだ。しかも有希がそれに入会してるなんて。すっごくおもしろそうじゃない。
それも旅行の日程に入れておきましょう。有希、いつ行きたい?」
珍しい長門なりの猛プッシュによってハルヒもすっかりノリ気になったのか、そんなことをいいながら日程表に赤ペンでゲーセンと書き込んでいた。
単純な。
「時間帯は基本的にいつでも構わないが、私は日中の内に行くことを推奨する。少々体力を使うから」

「わかった。じゃあ・・・・・そうね、明日の朝食を食べた後すぐにそのゲーセンに行くわよ。平和記念館に行く予定の手前にでも書いておきなさい」

このあとはハルヒによる修学旅行のオリエンテーションみたいな日程説明やらを終えた後、ずっと何処かでタイミングを見計らって
いたかのように一台のワゴン車が現れ、俺たちの脇に停められた。
「先ほど手配しておいたのですよ、さ、どうぞ」
この旅行でいつのまにかハルヒのサポートに回っていたらしい古泉は高級ホテルのロータリーにいるドアマンのような
丁寧さでワゴン車のサイドドアを開けた。
古泉が手配しておいたというのだから別に以外でもなんでもない、運転席には、あるときは料理のうまいベストオブ執事、
あるときはセバスチャン・ローブも真っ青のタクシードライバー、そして今はアロハシャツを着こなした何だかよく分からない初老の紳士がいた。
「めんそーれ、ようこそ沖縄へ。お待ちしておりました」
若干日焼けしたような渋い顔が微笑んでいた。ビビったぜ。




空港から小一時間ほどは走ったとは思うが、その間俺たちはずっと窓の外ばかり見ていた。
沖縄ってのはマジで何処の風景も画になるってのは本当だな。とくに海が凄い。

「見て見て!沖縄の海って本当にあんなに青いのね!私てっきり観光スポットの辺りだけだと思ってた」
ハルヒは水族館のガラスに顔をへばりつけて魚を見る子供のようになっていた。おい、車のなかでそんなにはしゃぐな。
「本島は殆ど珊瑚礁によってできた遠浅に囲まれています。珊瑚が多いために砂浜の砂が全て珊瑚や貝殻の欠片となっている所も少なくはありません。
土と違って白い珊瑚や貝殻の土壌は海の水の色を見えやすくしているのですよ」
俺も興味本意で古泉に聞いてみる。
「じゃあどうして沖縄の海は波が穏やかなんだ?潮風は結構あるのによ」
「おや、あなたも興味を引かれますか?本島を囲む珊瑚礁はさらに、死んだ珊瑚が堆積して形成されたリーフと呼ばれるものに
囲まれています。そのリーフは海面付近まで隆起していますのでそれがテトラポッドの役割を果たし波を弱くしているのですよ。
全く風の無い日は環礁内は鏡のように静かになります、昼間は青い空と雲が写り込み、夜は海面に星空が写ります。とても神秘的ですよ」

妙に詳しいじゃないか、その知識もこの慰安旅行のための予習の賜か?
「いいえ、私も個人的に沖縄が好きなのですよ。穏やかな波、照りつける日光、白い砂浜。素晴らしい場所ではありませんか」

「そ、そうか」
普段職務的な古泉にしては妙に熱が篭もっていることに気付いた俺はいい加減に話を折っておく。
後ろのハルヒは朝比奈さんと一緒に水族館に来た小学生並みの無邪気さではしゃいでいた。こうみると全く似てない姉妹だな。
しかもハルヒが姉のように見える。まあ、実際の朝比奈さんの年齢は知らんのだが。

「・・・・・・・・・・・・・」
隣の長門はというと現在高速道路を走行しているにも関わらず顔色一つ変えないで大判のハードカバーを読んでいた。車酔いしないのは羨ましいな。

「長門、何読んでんだ?」

「・・・これ」
目の前に表紙を見せてきた。・・・・「沖縄戦ノ全テ」・・・・・・・それか。仕事熱心なのは関心するがハルヒが言ったように今回は慰安旅行だぞ。
俺的にはこの機会にお前や朝比奈さんに一番休んで貰いたいんだが。

「・・・・・・・・・そう」

「お前には色んな事で申し訳ないくらい世話になったんだ。今回だって面倒なことはあるがそれでもハルヒが用意した慰安旅行なんだし、
気を楽にしていこうぜ。明日やるタイムスリップだってハルヒがついてんだろ?アイツとお前、おまけに古泉だってつけてもいい、
それならどんなことがあってもなんとかなるさ」

「・・・分かった」
そう言って長門はハードカバーをリュックの中にしまい、俺をちらりと見た。
「なんだ?」

「あなたも・・・・・・・心配しなくていい」

「・・・ああ」
そこで長門は俺から興味を無くしたように反対を向き窓の外の景色に視線を移した。
さて、俺も外の景色は見ていて飽きないがまだ眠いので宿に着くまでに一眠りさせて貰うことにする。








「起きろ、バカキョン!」
「おぉ、着いたのか」
「なっ・・・・・・」

「・・・ん、どうしたちゃんと起きたぞ」

「なんでもないわよ、ホラさっさと荷物降ろすわよ。車から降りなさい」
ハルヒはいたずらをしようとして寸前でばれてしまった子供のような顔をしていた。ふふふ、俺だって学習するさ。
ハルヒに起こされてスクっと起きなければ、意識のまだ薄い内に何をされるか分かったもんじゃないからな。

「・・・ふんっ」


これまた昨日出来上がったようなペンションだった。入り口前に植えられている南国風の木だって地面にまだ掘り返した後があるんだが。

「私たちは彼女が沖縄旅行を計画していること自体は一週間ほど前から察知しておりました。大変だったんですよ?
彼女にとって理想的なロケーションを作り出すことは。涼宮さんは何事も“思い立ったが吉日”ですしね」
古泉が俺だけに聞こえるようにそういった。ハルヒにとって理想的、ね。まああのはしゃぎ様を見る限り、このロケーションは理想的らしいがな。
ハルヒは朝比奈さんと長門を無理矢理引っ張って既にペンションの中へと消えていった。ドタドタと走る音やあいつのバカ声が近所迷惑並みに聞こえるが。
「慰安旅行でありますが、今回は長門さんが言っていたようにタイムトラベルもしなければなりませんしね。僕はまだ経験したことはありませんが、
沖縄旅行も時間旅行の疲れも癒すためにもペンションの建設にはそれなりのコストを掛けました。あなたも十分にくつろいでください」

まあな、せっかく来たんだ。旅行気分を満喫させてもらうとしよう。
「ようこそ沖縄へ、お待ちしておりました」
玄関先でシーサーの傍ら、置物のように森さんが待っていた。孤島の時とは変わらないメイド衣装に完璧なお辞儀である。
新川さんが居たのだからここで森さんが出てきたところで俺は何の不思議もなかった。しかし新川さんがアロハシャツに麦わら帽、サングラスの
出で立ちであったのにもかかわらず森さんが何も変わらないのは何故だ?・・・・・・・・・もしかして拒んだのか?



そのあとはハルヒが組んだ予定に従って、俺達は新川さんが腕を振るった沖縄そばやゴーヤチャンプルーを頂いてから、
ペンション前のプライベートビーチでバカみたいに遊び倒してやった。
ハルヒが出っ張った珊瑚礁の根本からクネクネした黒いヒルのお化けのようなものを取り出したときには遂に不思議生物が出てしまったかと
肝を冷やしたが、古泉によればあれはウミウシの一種なのだという。あんなモノが地球上に存在していていいのだろうか。
お化けヒルのおかげですっかり泳ぐ気が失せてしまった俺と朝比奈さん、これは神(ハルヒではない)が俺に与えてくださったチャンスだと思いこみ、
二人でゆっくり浜の散歩でもしようかと思ったのだが、いつから察知していたのかハルヒが割り込み、
結局、団全員で遠くの岩場まで競争することになった。わけがわからん。
その岩場でハルヒが今度はカニやらウツボやらを見つけてきて「今日の夕飯はコレにしましょう」とかほざいていたが、
俺は沖縄に来てまで一ヶ月○円生活をしにきたわけではない。もちろんこれからもする予定はない・・・・はずだ。

最後の最後までみんなハルヒに引きずり回されて、ゴムボートで沖のリーフまで行くとか、岩場で見つけた洞窟の最深部まで行くとか、
少々危険なことをしまくったが楽しくないわけがなかった。沖縄だって初めて来たんだし死ぬまで忘れないだろう。



その日の夜、暗くなり遊び疲れてペンションに戻ったときには新川さんと森さんが既に俺達の夕食とシャワーの準備してくれていた。
晩餐のメニューは琉球王朝の宮廷料理といった豪華絢爛の極みであり、さすがは影で神人の危機から世界を救っている『機関』といったところだ。
しかし食っている最中に思わず旅費の心配をしたのは何回だろうか、自分の貧乏くさい思考が恥ずかしい。
長門やハルヒに負けず、振る舞われた分を完食したあとは、皆何かに憑かれたかのようにふらふらとそれぞれ宛われた個室へと去っていった。
旅の疲れに遊び疲れ、食い疲れもあったんだろう。
俺も歯を磨くのも忘れ、部屋に入ったとたん鍵を閉めるのも忘れてベッドに倒れ込んでしまったんだと思う。記憶が曖昧だ。


明日にはタイムトラベルが待っていることは終始忘れてはいなかったが、俺も、きっと古泉や長門、朝比奈さんも今まで通り何とかなるだろう、
と思っていたんだと思う。































ガタンッ!


「キョキョキョ、キョンくん!!お、起きてください!たた、大変です!涼宮さんが!!涼宮さんがさらわれちゃった!!」










これまでSOS団が遭遇したヤバいピンチは、
俺が朝倉に襲われたとき、
ハルヒが世界を作り変えようとしたとき、
長門が世界を作り替えてしまったとき、
雪山の遭難、
朝比奈さんの誘拐の5回。
その内、団員に直接危険にさらされたのは三回。しかし今までの危険は、どれもが全ての事象の渦中、ハルヒに降りかかったことはなかったし、
長門も古泉も降りかからないようにするのが務めなんだろうと思う。
だから俺は今までそんなこと、危惧も想像もできなかった。

ハルヒに危険が迫るなんて。