Drizzly


「全てを求め、常に手に入らず、
 そして我等は地に墜ちた。」


削り取られる、或いは洗い流される。
突然の小雨。外壁と地面は瞬く間に色を与えられた。
最初は点が生まれ、やがては広がる波紋のように変貌する。
墜ちる水は針のような冷たさで。そのくせ、本当に傷つけてはくれないのだ。
まるで、言語のように。


「僕は、全てが欲しかった。
 全てが手に入らなかった。」

望み、求めた事は、
装飾された言葉じゃない、行為じゃない、快楽じゃない、恐怖じゃない。
優しい言葉や愛の言葉なんて残らないのに。記録なんて燃えて消えるのに。
感覚も記憶も全ては歪に捻じ曲がり、嘘を吐くのに。
誰も僕に望みを聞かない。僕も言わない。
単なる自己満足。それが人類の基本衝動。

「――演技者よ、偽善を尽くし給え。」


ベッドへと倒れこみ、見上げた先の大気を睨む。
いつもの手順で自意識を分解する。
歪に回転する世界。眩暈は同時にどうしようもない空中浮遊願望を与えた。
ふわふわと何も無い空間、漂うのは容を持たない自分一人。
原生生物のように、形も名前も持たぬが一つの存在。
この世界は自分であり、自分は世界だ。

束の間、平穏は崩れ去る。
遠くから重く響く音。鈍痛のように、激痛のように、鼓動のように、瓦解する世界。

『アケナサイ!』
『体面ヲ考エロ!』
『コンナ事ヲシテ、オ前ハ、家ノ子ジャナイ!』

……うるせぇよ。
響く声、理解不能な単語の御託。
痛みを与える事も恐れた伝令手段は生半可な痛み、或いは永遠の苦痛にも似て、霞んだ感覚を麻痺させる。
鈍った感覚が鈍ること、それは矛盾しているようだけど、幸福を破壊する災厄だ。
鈍重な意識の中をたゆたうことは一種の幸福だ。不要な思考は排除され、悩みも苦痛も無い。存在意義を確認する事も無く、他者を認識する事も無い。

そして、それを破壊する現実世界。
自分が居ない空虚感を心地よく漂っているのに、小さな痛みは僕を現実へと引き戻しすぐさま虚空へ投げ出す。
ああ、いっそのこと雨粒が鉛に変わって落ちてくれば良いのに。
何もわからない幼い頃に、死ねただろう。


鉛の弾丸の代わりにと、手の上に広げられた白色錠剤。
ブロムワレリル尿素を含有した錠剤は表面に糖衣が無く、ざらついた表面だった。それゆえに光沢を持たず、優しく光を反射して白を網膜に感じさせる。
ゆっくりと、口を蔽い、嚥下していく。
苦味が舌を、刺激した。


雨音は、強くもならず弱くもならない。
ドアを抉じ開けようとする誰かの悲痛な叫びはどこかへ流れ、 心を掻き消す不快感は削り取られていった。
やがて訪れた柔らかな眠り。恐怖も憤怒も嫉妬も激情もない無音の世界へ、深淵が優しく触れ、誘い、ゆっくりと瞼を閉じた。

僕も、墜ちたのだ。
数多の人が辿る優しい道へ。
真実を僕も、両親も、欲しがらなかったゆえに。
相互手段は、在ったにも関わらず。





海と空は永遠に出会えない。
 ただ、か細い雨によって繋がれているのみ。
 たゆたいながら、相容れず、ただ其処に……





アトガキっこ

…なんか、イーグルの授業と自殺マニュアルの影響のような…イヤ〜な後味べっちょり小説です。背景的に「薬物依存者が→自殺志願者へ」みたいな。
主人公の手記を再編集したと言うイメージで読んでもらえるとうれしいです。「」内が主人公の書いたノートの走り書き、その他は心情、みたいな感じです。
リクは「欲求不満」とでしたが、欲求不満って人によって違うから、難しいですわ。肉体的に飢えてる人も居るし、精神的に飢えてる人も居るし…まさに十人十色。
俺も人間なので、完全にそう言った事で悩んでいる人の気持ちを理解し把握しトレースし移入し書けるとは限らない、だから、皆さんの抱える欲求とは違うところが多々あると思います。しかしながら悪しからず。
書く為の時間は短編としては一番長かったかも。

お持ち帰りはKazura氏のみ可也。


ブラウザを閉じてお帰りを。