ふらふらふら。
ゆらゆらゆら。
ひらひらひら。

意志のない、足。
立ち昇る、陽炎。
零れ落ちる雪?


みんな死んだよ。
みんな倒れたよ。
みんな呻いたよ。
みんな叫んだよ。

死ねば良いから、死ねば良いから、死ねば良いから、死ねば良いから、死ねば良いから。
おまえなんか、おまえなんか、おまえなんか、おまえなんか、おまえなんか、おまえなんか。




そう、みんな叫んで呻いて嘆くから、

僕達が生まれた。








―― 0. 静 謐 ――

Ash











『ゆきやこんこ
 あられやこんこ
 降っても降っても…』

それは忘れ去られた童謡。
雪が降る喜び、期待。
子供達が歌う歌。


――そんなものは存在しないよ。
――少なくとも、今のこの国では。








まどろみのそこ。
誰か囁いたような既視感。

みんな死んでしまったよ。
みんな生きてはいないよ。

そうだね。
この季節のみならず、延々と降りつづける灰と白。
触れるだけで浸透する毒を放出する雪、
触れれば発せられる電子で暖かな灰。


自分達が 死んだ直後に空から降ってきた一つの子供リトルボーイ
科学ノ忌ミ子。

その都市があったところには今はもう擂鉢状の穴が開いているだけ。
どの国よりも科学が進んでいたその国を恐れた世界は与えられた神の鉄槌もどきで一つの国を完全に消滅させた
………つもりだった。

最後の置き土産か。
呪詛と弾劾の絶叫か。
それと神の鉄槌か。
どちらにせよ人々を昇華させた火球の熱。それ以上の苦痛を生者に与えた。

投下の熱で蒸発した核分裂生成物(fission product) 、核反応に至らなかった物質、兵器の残留物。
それらは凝縮して粒子はすぐに成層圏へ上昇した。
そして、気流によって拡散し、数週間、数ヶ月ないし数年後に地表へ漸次沈降する。

もちろんその全てが放射能に冒されている。
だからいくらここが爆心地で無かったとしても徐々に、徐々に放射された中性子に蝕まれて普通の物質が放射能を持つんだ。

一つの国が滅ぶ事を願った兵器が世界を蝕む。
これほど滑稽な事は無い。

そういえば、大量に発生した放射性降下物が大気中に拡散し、太陽光線を遮る影響で今も冬だ。
季節概念なんて永い時の中ですっかり忘れ果てていたから。




この世界で生存するためには自分の体を組替えていくしかない。
機械を組み込み、遺伝子を改竄し、騙し騙し。
いまや全てが放射能を持つ。
そしていつしかそれに依存して生きているのだ。

それをエネルギー源として、それを脅威として、
それに飼い慣らされて。


全てが歪んでいるけれど、それでしか、人間は生きていけないんだ。
















「っがは、ごほっ…」

苦しい、気道の閉塞感。
鉄臭い味が込み上げて来て、予想通り真赤な液体が口を伝って落ちた。

「っ、ぁはっ…」

マスクをしなかった所為だ。
分かり切っているよ。
溢れ出す血反吐。口元を濡らし、喉元を濡らし、ぬらぬらと光って。
そのたびに組織片が超高速再生を始めるけれど、放射能で癌化した細胞が増殖するだけで根本的解決に至っていない。
むしろ、体を蝕んでいく。

内部被曝さえ防げば、なんとかなるはずだった。
粘膜と呼吸器官を保護する防護さえ完璧ならばある程度の被曝すら恐れることは無い。
被曝部位を切除し、増殖組織片を移植し、再生する。
あるいは切除部分を機械に置き換える事も可能。
外部被曝なら。

内部被曝は確実に死を運ぶ


自分はマスクをしてない。
遮蔽外套コートとブーツを履いて、灰が侵入するのを防いでも、放射性物質のエアロゾルを呼気と共に吸いこんでいる。
完全な、内部被曝。
肺に吸着して、もう除去は不可能。

生体組織に含有されているHOに照射されたアルファ線やガンマ線のような電離放射線が電離作用によりラジカル(不対電子を保持する分子)、過酸化水素やイオン等を発生させる。
ラジカルは激しい化学反応を起こす性質を持っているため、人体の細胞中の水にラジカルが生じると、細胞中のDNA分子と化学反応を起こし、遺伝情報を損傷する。
過酸化水素は強い腐食性を持ち粘膜を蝕み組織を蝕んでいく。イオンは体内元素と結合、あるいは各種イオンチャネルに過度結合し、終には神経を伝わる電気信号をも阻害する。

端的に言えば、死ぬ。
自分が死ぬ。

ただ、今度は三年間も生きられた。
それだけは良かった。
何も分からなくなる事が無いだけ、
一年前に この異常な気候が分かっているだけ恐怖が薄れるから。






降り積もった灰に隠れて見えなかったなにかに躓いて、身体が倒れた。
自分と同じような外套に包まれた、腐りかけの死体。
気付けば、同じような廃墟の中には沢山の死体が転がっていた。

手に手に武器を持って石畳に転がる青年だったもの。
凌辱を受けたのか着衣が肌蹴られた女の死屍。
人形を抱えて倒れた小さな躯。
街灯に逆さに吊られた骸骨。
巨大な弾痕を受けた頭蓋。




みんな死んでしまったよ。
みんな生きてはいないよ。

殺したのはだれ?












――人間自身だ。
――薄汚い本能が剥き出しになった獣達の墓場。
――確実に迫る死の絶望に、借物の理性と植え付けられた道徳心から開放されて。

――同族殺しに快感を覚えて自壊した。









戦場にも似て、戦場ではない。
ここは「狂疾MOONSTRUCK」の支配が終わった都市。
大衆の維持のために強制淘汰された都市。
支配の境界線が通過した途端、核の冬が訪れる。
曇天から落下してくる雪は温かく、人間の体を蝕んで。


その灰は死の象徴。
死滅する街にだけ雪は降り積もるのだ。
語り継がれた『雪』の恐怖。もたらす確実な苦渇。
そして、人々は恐慌に陥った。
必死に支配境界内へと逃げ込もうとするが、それが意味するのは、陰惨な終焉。

『MOONSTRUCK』の全てを支配する能力は、侵入者の精神を改竄し、闘争本能と殺戮本能を活性化させる。
支配により、そいつの精神には敵を引裂く事しか残っていない。

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ 殺せ殺せ殺せ殺せ!



結果的に、何を憎んでいるのかも分からないままに、本能に赴いて人を殺し始めるのだ。
連邦政府の用意したシナリオで、生産過程に必要の無い人間はどんどん淘汰されていく。
いや、過去の栄華が齎した結果、か。

人々は自壊の道へと墜ちていく。
なんの感慨もなしに、そもそもその事に気付きもしない。
絶望に苛まれて自死する者、他者を殺して生き延びる者、自然淘汰のままに滅ぼされる者、
死が死が死が死が死が死が死が死が死が死が死が死が死が死が死が死が死が満ち溢れて。
不信と憎悪、本能と恐怖に彩られた絶叫が灰色の街に、まだ残っているようにも聞こえた。




まるで命の痕跡を塗り潰すかのように。
さらさらと、穢れなきまでに純然たる白と灰で覆い尽くして。

肉を啄ばむ鴉さえも死に絶え、分解するものがいない死体は青白く、乾涸びた眼窩で呪い嘆く慟哭を続けていた。




















「……審判の時は近いよ」

それは誰に向けての言葉だったろうか。
どの選択にせよ、忘却してしまう自らへと告げられたものか。
そう、この三年間で『傍観者』の協力である程度、失われた記憶の補完も完全なものとなった。
しかし、その記憶も死を迎えればまた消える。

自身を確立する要因が消え失せ、ただ存在があるだけ。
拠所は存在しない。肉体と、困惑した精神だけが世界から取り残され、孤独に打ち震える事でしか意識を保てない、無明の闇。
『傍観者』は干渉できず、『断罪者』は相容れず、『調律者』は未だ目覚めず。
いっそのこと『背徳者』によって殺されるのも良いかもしれない。
絶望の、深すぎる闇の内で呟き、手を差し伸べてくる激痛に身を委ねた。




























今一度の、安寧を手に入れられる事はあるのだろうか。

永久の眠りにも等しい永久の生を消し去るのは調和か破滅か。

そして、それを選択するのは『裁定者』。

錆ついた鎖に縛られて、もがき苦しむ事も無く



何一つ分からずに、ただ、『逆転』させた。




























書物と天秤と琴弦と鉄槌。そして猟犬。
五つの傀儡が灰の降る盤上で踊り狂う。

さあ、これは遊戯です。

琴弦がかき鳴らされるか、鉄槌が振り下ろされるか。
あるいは天秤が消えるか、書物が燃えるか。
はたまた全て猟犬に噛み殺されるか。

絶対的に陰惨な夜会へようこそ。






















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