ふわり。



ふわり。



ふわり。



ふわり。



ふ、わり。






虚ろな瞳で、空虚を見よう。
曇った瞳で、絶望を見よう。



灰に包まれて、凍えていく。
死の恐怖が組織を侵し、綺麗に黒ずんでいく。






濁りと歪みは均等に。

真っ白く、狂おしいまでに。


降り積もるのでしょう。





―― 1. 冬 の 景 色 ――

Ash











灰が華奢な体躯の上に降り積もっていた。
横たわったその頬は青褪めて、フード越しに見てもそれが良くわかる。
柔らかく跳ねた髪が固く閉じられた瞳と薄く色付いた口唇に影を落としていた。
反射光に照らされたその姿は鮮烈な赤を身に纏っている所為か、この目にも酷く美しく残る。

「…どうしたん?」

当然の如く返事は無かった。
死の灰が降り積もる危険地区でマスク無しで意識を保ってられる人間を見たことは無い。
呼吸をした瞬間、内部被曝。
遺伝子操作者でも外部被曝はとりあえず、内部被爆の恐怖は免れない。
被曝し、再生措置を怠ればそのまま悪性細胞の増殖でそこが癌化、或いは壊死してしまう。
壊死してしまえばもう修復は不可能。
最悪の場合の手段として移植があるが、合成臓器や代替臓器は未だ庶民には高価である。


そうだ。
こんなところにマスク無しで来る奴は大抵が自殺志願者だ。
それか、盗品略奪者と遭遇してマスクを奪われたか。
どっちにしろ死んでいることには変わりない。
妙に心拍数が上がっている自分に気付き落ち着け自分、と口に出してしまう。
十年前に参加した戦役では、こんな風に死んだ振りをしてナイフで斬り付けてきた兵士がいた。
ただそいつはマスクをしていたけど。
斬り付けられる前に胸を撃ち抜いてケンは負傷しなかったが、マスクを引き剥いだ下にあった顔がまだ若い青年だったことに、少なからず…

「…………あほらしーわ」

ケンは自嘲するように防護面の下で唇をゆがめて、笑った。
今更良心の呵責を感じたと取って付けたように言って何になるのだろうか。
人を殺した事実は変わらない。
尤もないいわけなんて無い。
互いを互いで殺さなければ生き残れないだけ。
生き残る為には何かを殺して、その上に胡坐をかいて居据わるしか生存できない。
だからこそ、百年も前の人間達は一つの国を滅ぼした。
進みすぎた技術と言う歪みを消して、大衆を生かすことに決定した。

――その結果、死の灰が降り積もるようになったのだが。




「悪く思わんといてな」

本心ではそんなこと思ってないのにそういって、ケンは青年のコートに手をかけた。
鮮烈な赤が、罪科を責めるように目を焼いたけれど、関係が無かった。






死に絶えた町にはケンのような人間が集まってくる。
死者の財産、衣類、宝飾品などは売れるところで売ればそれなりの稼ぎになるからだ。
宝飾品もそれなりだが、特にケンが狙っているのは放射能から身を守る遮蔽コート、防護面の類。需要に反して政府供給が少ないため、結構な高値がつく。
中でも軍用のものは高品質ゆえに人気だ。
重厚な作りであるが、寒冷な気温と放射能を遮蔽するには長けている。
遺伝子改良に伴って内部被爆さえ気を付ければ良くなった現在でも死の灰に対する畏怖は留まることを知らない。特に、結界に守護されない地方、自治都市グラウシティなどでは。

眼前で倒れている青年の纏っている物は軍用でないにしろなかなか手の込んだ作りのようだった。
従来型ではγ線を防ぐためにどうしても鉛を仕込み、昔の不恰好な宇宙服状態で無ければならなかったが、新たに開発された高遮蔽性繊維は重厚ながらも鉛に比べれば軽量で同程度には遮断する。










降り積もる灰に埋もれてしまいそうな青年は、それでも死んだようには見えなかった。
僅かな眠りに、目を瞑ったようだった。


ケンは力の抜けた四肢から赤いコートを一気に引き剥ぐ。
がくん、と灰の上に転がった青年は、そしてうっすらと














闇色の虹彩を、外気に晒した。




















ケンは気付かない。

長外套の下に着込んでいた黒いセーターから金属の牙が引きずり出されていくことに。
薄い金属切片の刃は触れれば冷たい、本当の雪のような輝きで存在していた。





青い塗装を施した自動二輪駆動車オートバイ
跨って次の獲物を探しに出かけようとするケンの防護グラスに光明が走った。


鋭く、冷たい、金属の。








黒く温かな何かが首を締め付ける。
それが倒れていた青年のものだと知ったのは耳元で聞こえた低く柔らかな声からだ。



「なあ」


夜闇から琥珀に戻った虹彩で、青年は楽しげに、そして苦悶に満ちた声で呻く。
左横を見ればその瞳孔が躊躇の無い真っ直ぐな視線でケンを見ていた。
逆手に握ったナイフが正面から首筋へと移動して、先端が首筋に押し付けられる。






真っ直ぐな視線は、それでも在り所を失った子供のように虚ろだった。
虚勢だけの笑みが痛々しいまでの彼が囁く。












「今、西暦何年や……?」










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