<11>
あれほど暗かった夜空が、今はこんなにも明るい。
・・・夜が明けた訳ではない。
わたし達の眼下に広がる無数のネオンや街灯のきらめきが、空を下から照らし上げている。
「ずいぶん遠くまで来ちゃったね」
「それもそうよ。 ほら、見て」
はづきちゃんが指をさす。 ライトアップされた、日本人なら見覚えのある巨大な鉄塔。
「通天閣や」
あいちゃんの言葉に、わたしとはづきちゃんは即座に『チガウチガウ』と声をハモらせた。
東京タワーが、遥か前方に見えている。 ・・・ここは東京なのだ。
わたし達のマークしている車は、首都圏に入って尚も留まる事無く走りつづけている。
「とにかく、この圏内でこの姿はマズイわ。 何かに変身しましょう」
「そんじゃ、コウモリ辺りで。 魔女らしくっと」
わたしは水晶玉を取り出し、静かに気持ちを集中させて呪文を短く唱える。
「・・・ピーリカ」
ボン、と呪文が成功してわたし達はほうきに乗った魔女から一転、コウモリへ。
ちょっと疲れるけど、相手も都会の渋滞に足を取られてペースが落ちている。
わたし達は目標を見失う事無く、そのまま尾行する事ができた。
「おかしいわね」
途中、はづきちゃんが呟く。
「何?」
「・・・この車、NHKの本局にも向かっていないわ。 ・・・この方向って・・・」
さすがは東京通いのはづきちゃん。
わたしやあいちゃんなんかは月に一回遊びに行くくらいが関の山だし、
知ってる場所は渋谷と新宿、お台場くらいしか東京の地図で頭に浮かばない。
車は次第に再びスムーズに走り出している。 何故か、この辺りの通りは車が少ないように思える。
いくら夜だからとは言っても、ここは東京なのに。
「・・・ほら、あそこ」
再びはづきちゃんが指、ならず翼を指してわたし達の注意を促した。
そこには、これもまた下からライトアップされている、有名な建物が見えている。
「・・・議事堂やんか・・・」
今度はボケずにあいちゃんが答えた。
国会議事堂。 まるで、地方の学校の修学旅行コースみたいだ。
なら、多分この後にNHKを見学、という事になるのだろうか。
しかし、車はそこまでの見学コースを用意していた訳ではなかったようだった。
議事堂の脇を通り過ぎ、少し横に逸れた所でスピードを落とす。
正門の警備員が車のドライバーらしき人間と軽い言葉を交わした後、その車は門を潜ってその敷地内へ入っていった。
「ここが終点かな」
「そうみたいやね」
わたし達は少しホっとした。
なぜなら、ここは少なくとも立派な日本政府の管轄にある公的な建物だ。
つまり、彼らは違法な輩でもギャングでも犯罪組織でも闇結社でもないのだ。
「・・・内閣府」
はづきちゃんがわたし達とは違い、やや重い声でわたしの知らないその建物の名前を呼んだ。
「ここにハナちゃんがいるのかな?」
「重要な会談でもしとるんちゃうか。 どうする? はづきちゃん」
正直、わたしは安心しきっていたのでもうこのまま帰ってもいいように思えている。
きっと、ハナちゃんはあのままTVで放送されるより前にここの偉い人に認められて、
現在魔女界や魔女の目的について一生懸命彼らを説得中なんだろう。
「大事な話をハナちゃんがしてるとしても、結局あの人達は一体MAHO堂で何をしてたのかが知りたいわ。
もう少し調べてみないかしら・・・」
意外にはづきちゃんの口調は強かった。 多分、はづきちゃんだけ一人わたし達とは違う事を考えているように思う。
そしておそらくそれは杞憂でもなく、きっと重要な事に違いない。
・・・わたしは彼女との付き合いの長さから、直感でそう思った。
「はづきちゃんがそこまで言うなら、そうしよか」
あいちゃんも同様の考えに至ったようであり。
「じゃあ、もっと小さくなっていきましょう」
はづきちゃんがもう一度呪文をかけ直す。
「・・・ポンポイ」
その呪文で、わたし達は更に小さくなった。
多分、わたしの見えるものの大きさから言って、羽虫くらいになっているだろう。
運動量は倍になるが、これもハナちゃんの為だ。 わたし達は頑張って車を降りた謎の集団の後を追った。
男達は、『内閣情報調査室』という簡素なプレートが貼り付けられたドアを開けた。
学校の教室2つ分はあろうかという、その広いスペースをパーテーションで区切るでもなく、机がきっちり並べられている。
一見して、『やけに小奇麗などこかの会社のオフィス』という言葉がイメージで浮かんだ。
「よぉ」
その事務机の一つを割り当てられていたのか、そこに座って仕事をしていた仲間らしき人が立った。
どうでもいい事かもしれないけど、みんなそこそこ若そうに見える。
ハゲてて、いかにも『おっちゃん』と思えるような会社に一人いるタイプは見当たらない。
さすがは永田町の職員だ。 ・・・偏見なのは分かってるけど。
「いいなあ。 ようやく『仕事』らしい仕事したんじゃないの? おたく」
と、その人が寄ってきてグループの先頭にいた人の肩に手を置いた。
その肩に止まっていたわたし達は、あわてて飛び上がる。 ・・・もう少しでムギュゥ、と逝くところだった・・・。
「ハハハ。 たしかに日がな新聞やモニターとにらめっこしてるよりは遥かに実働したって気にはなるがね。
・・・けど、内容が内容だけになあ」
「魔女ねぇ。 しかし、何故その問題がウチに流れてくるかねぇ。
普通はさ、公安とか国際(情報局)とかが管轄なんじゃないの?」
「どっちにしろ、こんな妙ちくりんな問題は解決できないよ。 というか、上の方では早くも擦り合いが始まってるらしいぞ。
とりあえずでウチが担当だけどさ、このままウチがやってくんじゃないの?」
「・・・という事は、やっぱり真実なのか? 魔女は」
「俺も本物を見てきた訳じゃないさ。 家に押し入っただけだよ」
そう言って男は笑った。
何時の間にか、他の面子はそれぞれの机に座って別の仕事をしている。
何人かはすぐに部屋を出て、どこかに行ったようだ。
「んじゃ、室長に報告入れてこなきゃな」
「ああ、お待ちかねみたいだぞ」
んじゃ、と二人は分かれ、わたし達の追ってきた男は一人奥の方へと進む。
どうやら張り付いたこの人が、今回のグループのリーダーらしかった。
奥にももう一つ扉がある。
『室長室』。
上から読んでも下から読んでも・・・だ。 コンコン、とノックし、返事を待たぬまま男は入る。
どうやらそれがここの日常茶飯事らしい。
「ああ、帰ったかね」
中は個人部屋という事もあり、やや狭い箱のようなカンジを受ける部屋だった。
いかにも『効率を重視する』のような、無駄の無さすぎる部屋具合。
目の前に机とパソコン!と一言で表現できる所である。 その部屋の主も、偉いのだろうが若く見える。
若く見えると評判なウチのパパより若造りじゃないだろうか。
「はい。 庶務はこなしました。 今、若木達が調整していると思います」
この人、さっきと口調が違う。 うーん、大人の世界だ。
「よろしい。 ご苦労。 ・・・ああ、それとな。 この件は引き続き、我々内調の管轄に置かれることになった」
「はい」
「機密レベルはSS。 管理徹底を頼むぞ」
「・・・SS、ですか。 彼女は大統領・書記長レベルの扱いなんですね」
「見たものにしか分からんよ」
ふ、とそのボスは自嘲的な笑みを浮かべた。
「保護法案やら朝鮮問題でごった返している政府だが、明日にはそれを忘れているだろう。
・・・宇宙人が降りて来るより先に、魔女と魔法だからな。 世の中本当に何が起こるか分からんよ。
私は今、ようやく『ああ、21世紀だな』と実感している次第でな」
ははは、と社交的な笑いが味気のない部屋に妙に馴染んだ。
「・・・それでこれからは」
部下の命令待ちに、室長はウムと一言置いた。
「まずは美空町の情報規制と、魔女の周辺関係をもっとよくデータを集める。
彼女は別の世界から来た、とは言っているが、それを信じるにしても彼女の人間世界における知識はありすぎる。
巻機山という婆さん以外にも、彼女と深く繋がりのある協力者がいると思っていいだろう。
彼女がそれらの存在を口にしないという事は、何らかの我々人間に知られたくない事実があるという事だしな」
わたし達は、思わず顔を見合わせた。
「魔女を知る事は容易ではなさそうだ。 何が切り札になるか分からん。
とりあえず、今は彼女の力がどれほどなのかが分からない限り、迂闊な工作もできんよ」
その時、コンコンと早めのノックがあり、扉が開いてもう一人が入ってきた。
「失礼します。 監視体制のチェック、終了しました」
「ああ、ご苦労」
「マイク、カメラ、6台共に正常です。 随時監視室の方でモニターできます。 録画はいつから?」
「明日一杯で彼女が解放されるかどうかは怪しいな。 追って指示する」
「カメラ? マイク?」
あいちゃんが、その会話に敏感に反応した。
「・・・もしかして、盗聴!? 盗撮??!」
はづきちゃんも身を翻すようにして、出て行こうとする第三の男の後を即座に追おうとする。
一番鈍感だったわたしは、微妙に送れた。
あいちゃん、はづきちゃんが今まさに閉められようとしているドアの隙間から出ようとする。
「ま、待ってよ!! あいちゃん! はづきちゃん!!」
わたしも全力で二人の後を追った。
・・・だが。
一歩、ほんとに一歩、遅かった。
扉の閉る、その数ミリの間を駆け抜けきれなかった。
わたしは見事に扉にはさまれ、『うぎゅぅ』という情けない声が出たと同時に・・・
・・・
・・・魔法が切れた。
「・・・!? おい!! オマエ!!」
わたしの後ろから、さっきとはまた違った鋭い室長の声が突き刺さる。
しまった! と、遅い反応がわたしの脳内を駆け巡った時、 「パメルク!」 とか細い声が聞こえて、辺りの風景の色が無くなる。
時間が止まったのだ。
「どれみちゃん! 早く!!」
はづきちゃんの声に正気を取り戻したわたしは、急いで再び変身する。
そのまま3人で文字通り逃げるようにその場を去った直後、時間は再び動き出した。
わたし達は、外にいた。 適当な場所で呪文を解く。
同時に、わたしの体中をイヤに冷たい汗がグッショリ下着や服を濡らしている感触が伝わってきた。
「・・・あ、ああああ、あせったー!!!」
「ビックリしたのはこっちよ!! ・・・どれみちゃん、何してたのっ!??」
「ご、ごめん・・・ みんなが急に出てっちゃうからさ・・・ ビックリして遅れた・・・」
「・・・まあ、ええけど・・・ バレよったかな、やっぱり」
あいちゃんが『どーしよーもなー』と表情に書いて、腕を組みながらボソっと言う。 わたしは細く笑うしかない・・・。
「・・・分からない・・・。 でも、あの人達に不信感を与えたのは事実だわ。
特にあの室長さんは、魔女・・・ハナちゃんに会って、魔法を体験してきたみたいだった。
『今のは単なる幻覚だな』とあっさり済ませてくれるとは・・・」
その言葉の後に、二人は何とも言えない視線でわたしを見る。
・・・どうして。
・・・どうして、わたしって・・・こう、肝心なところでドジなんだろう。
こればっかりは、遺伝子レベルでなのか、昔からちっとも治らない。 泣きたくなる。 ・・・半分泣いているけど。
「・・・まあ、その事は今は置いとこうや。 どうせ、今のが『どれみちゃんや!』なんてバレる訳ないしな。
時間にしたって、ほんの2秒くらいやろ。 今の問題は・・・ あ!」
あいちゃんがそう話していたら、建物の中から数人が血相を変えて外に出て来た。
きっと、わたしを探しているに違いない。
「とりあえず、探してみる事はしてるみたいね・・・。 とにかく、もう時間も時間だし、帰りましょう。
さっきの話だとハナちゃん明日も帰ってこないみたいだし、もう一回明日集まって話しましょう」
はづきちゃんがそう纏めて、呪文を唱えた。
再びコウモリになったわたし達は、中途半端な気持ちのまま、夜空に舞い戻った。
・・・わたしはその帰路の間、なぜかは知らないけど、ずっとその言葉だけを心の中で唱えていた。
『ごめんなさいハナちゃん、ごめんなさいハナちゃん・・・』
・・・と。
「幻覚、でしょうか」
「そうかな。 それはコレが証明するだろう」
どれみ達の居なくなった、内閣情報調査室・室長室。
その大きな机の上に置かれたモニターに、徐々に画像が現れる。
それは、この調査室のオフィス全景・・・ 特に、室長室前を監視していたと思われるモニターカメラの映像の1カットだった。
11時39分36秒。
その時間、たしかにその扉には・・・ 特徴のあるお団子頭の娘が一人、哀れに挟まっている光景が刻まれている。
「でも、画像が小さいですね。 極限まで拡大しても、特定は難しいでしょう」
「・・・だろうな。 がしかし、これはこれで充分ヒントだよ」
室長は画面上のどれみをピン、と指で弾いてポツリと言った。
「・・・さて・・・。 君は一体何物だ? 魔女か? ・・・それとも・・・人間かな?」