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<高校生編> 小さなはづきの大冒険

<13>

 

「ねー、矢田ぁ?」

東京美里(みさと)音大付属高校の、放課後。

音楽専門校であろうが美空高校の普通校であろうが、その喧騒の華やかさと、紡ぐ生徒のメロディーもあまり変わらない。

その管楽器クラス2-B組にずかずか入り込んで来た弦楽器クラスの女子が、

5時限目の授業の余韻を受けてまだ寝ているその男子生徒の名前を呼んだ。

教室がこんなに騒がしいのに、その男子はまだ起きない。 そんな彼のマイペースぶりは、クラスではちょっと有名だった。

「矢ぁー田ぁー!! まっさるぅー!!」

ライラしたように、女子がもう一度呼ぶ。

「・・・なんだよ・・・」

2回大声で呼ばれて、矢田は眠そうな、とも、鬱陶しい、とも言えるような目でその子を睨みながら、

最低限の動きで顔を上げた。

「ねえ、『はづきち』知らない?」

「・・・知らねえよ・・・」

会話終了、とばかりに矢田はもう一度机にうつ伏せになる。

「ちょっとちょっと! アンタはづ吉の彼氏でしょ!?  本当に知らないの!?」

「彼氏だろーが保護者だろーが、知らねえもんは知らねえんだよ」

あんまり大きい声でそんな事を言うな、とばかりに、最初とはえらい違いの勢いで上体を起こした矢田がそう返す。

「そう・・・? なんか、コンクールも近いってのに、はづきちこの頃変だよ?  

 練習あまり参加しないですぐに帰っちゃうし、授業も上の空ってカンジだったし。  

 曲はトチるし・・・ 今日だってすぐに帰ちゃって、何かあったのかなぁ?」

回転の速い彼女の話を矢田はどこまで聞いていたのか知らないが、面倒臭そうに頭を掻いて答えた。

「・・・アイツは何でも一人で問題背負い込む奴なんだよ。  

 何してるか知らねーけど、本当にどーにもならない時にならねーと人を頼らねーんだ。  

 ・・・そこまでいかねーと、スゲエ頑固だから何も話しちゃくれねーよ。  

 ま、気になるのも分かるけど、気の済むまで放っておくのがいいんだよ」

「でも、こんな時期に・・・」

「アイツだってそのくらい分かってるだろ。 ボケちゃいるけど、バカじゃねーんだ。  

 それを差し引いても、アイツにとって何か大事な問題があるって事じゃねーのかな。  

 そんな問題、俺たちが生易しく口挟んじゃいけねー事なんだと思うぜ」

矢田の話に、『うむむ』と言ってその女子生徒は腕を組んだ。

「・・・そうだよね。 彼氏のアンタにさえ秘密にしてるんだから、きっと凄く深刻な問題なんだろね。  

 例えば、他に好きな男が出来たとか」

「あのな・・・」

「えー? 有り得なくないー? ってか、濃厚っしょ!?」

「好きに言ってろよ」

矢田がそう手をヒラヒラさせて追い返すと、

『つまんねーっ、全然動揺しねーっ。 ごちそうさまだっつーの!』と笑いながらその台詞を残し、彼女は去っていった。

一人になった矢田は眠気も冷めたのか、ぼんやりと窓の外に目をやる。

『ごめんなさい、まさる君、今日私一人で帰るから。 とても大事な用があって』

昼休みにそう言ったはづきの目は、本当に何か重大な問題を抱えている事を口以上に語っていた。

それを思い出して、矢田はその時言えなかった言葉を、一人小さく呟く。

「・・・ちっ・・・。 ったく、少しは頼れよな」

その声は、喧騒の一部にもならずに霞んで消えた。

 

 

 

 

地下鉄駅の『国会議事堂前』で降りる。

はづきはこの永田町付近を歩くのは初めてだったが、昨日の記憶と勘を頼りに

なんとかすぐに内閣府を見つける事ができた。

しかし、歩いてみて思う。

・・・なんと、警官の多い場所だろう・・・と。 

今はまだ夕方になる前だけど、夜もこんなに警備の人間があちらこちらに立っていたのだろうか。

いや、夜だからこそ警備の人間は必要になるんだから・・・。

昨日の夜の自分達の行動を振り返って、はづきは身の震える思いになった。

通りを歩いている人はあまりいない。

見かける誰もがスーツ姿の男の人ばっかりで、高校の制服を着て歩いている自分がとても浮いているように思える。

警官とすれ違うたび、向うが自分の背中を目で追っているような気がして、気持ちはどんどん萎んでいった。

子供の頃に警官とすれ違う時に覚えていた、あの変な罪悪感みたいなものが蘇ってくる。

心持ち、早足になったはづきは目標の建物を見ながら急いだ。

・・・さて。

はづきは丁度いい距離で立ち止まると、さりげない仕草で辺りを見回す。

どこで誰かが見ているのか分からない。 そんな気分にさせる場所だった。

適当な路地陰を発見すると、人気のないのを見計らって魔女服に着替える。

『・・・ポンポイ』 唱えた呪文で、小さなてんとう虫に変身した。

羽を開き、はづきはこうして2回目の侵入を試みたのであった。

 

エレベーターがあがり、運良くはづきの降りたかった階で止まる。

扉が開き、中に乗っていた一人のスーツマンが降りた。 

素早く、小さなてんとう虫がその男の髪の毛にひっつく。

『内閣情報調査室』

間違いない。 ここでよかった。 

そう、少し安堵しつつ、男と一緒に電子ロック付きの扉をくぐった。

ふと、少し小さな違和感を覚える。

・・・昨日、あの扉のところにあんなセンサーのような装置はあっただろうか。

はづきが見たものは、よく空港で見かけるような金属探知ゲートを連想させるセンサーのような装置。

まるで両開きの扉をまっすぐ中に向けて開いたような、そんな装置が入り口に設置されていた。

覚えている限りでは、昨日の夜にはそんなものは無かった。

「よう、お帰り」

はづきの寄生している男に向けて、デスクワークをこなしていたと思われる同僚が、コーヒーを片手にやってくる。

「ただいま。 そっちはどう?」

話しかけられて、男はすぐ隣の机に座った。 どうやら隣の席同士らしい。 上着を脱ぎ、イスにかけなおす。

「あー、もうてんてこまいだよ。  

 昨日美空市内から発信されてる魔女ワードのメールなんて、膨大すぎてどうにもなんないよ」

苦笑しながら、同僚はコーヒーを一杯すすった。 その言葉に、はづきは一瞬心臓を掴まれた思いになる。

「まあ、たしかに昨日あの地域では例の放送が流れてしまったもんなぁ。  

 お子様からおじいさんまで、ネットを通過するワードに『魔女』が含まれてないのは、かえっておかしいもんなぁ。 

 その中から目星をつけるっていうのも、ある意味砂漠の十円玉だよな」

「1件、目を通すと次の一件が沸いて出るんだぜ。 もう、勘弁してくれってカンジで。  

 ・・・今のところ、たいして怪しいのはないがね、まあ何件かはピックアップはしてある。  

 しかし、本当にいるのかね。 あの魔女以外に魔女が」

はづきは思わず魔法を解いて、今この場で自分の携帯に入っているすべてのメールを確認したい衝動に駆られた。

何という事だ、この調査室ではすべてのメールを閲覧する調査まで行っている!

今まで漠然としか考えてはいなかったが、やはりこの便利なメール機能は、

国家が本気を出せばプライバシーのプの字も無意味になる程に透明なものだったのだ。

携帯電話を叩きつけたくなった。

「室長はそう睨んではいるよ。 まあ、俺たちもあの映像を見せられた限りじゃ、そう思って働くしかないよな」

映像?

そのワードに、はづきは耳を尖らせる。

「しかし、何しにこの内調までやってきたのやら。  どこで足がついたんだろうな。 

 ・・・まあ、それもおいおい調査で分かるか。  

 で、どうよ? 例のお団子頭は」

血の気が引いた。 今鏡を見たら、自分の顔色は真っ白に違いない。

「さあね。 まあ、一応下調べはしてきたよ。  

 『春風どれみ・16歳』。 今年で17歳だね。 美空市美空高校の2年生。  

 美空放送のテープを拝見してきたけど、やっぱり今最もクロに近いお団子頭だな」

・・・やっぱり。 

周りの声が、音が、一気に遠くなる。

聞きたくない、聞きたくないと思っていた名前が、こんなにアッサリとこの場所から声にして聞けた。

はづきは虫になっている事すら忘れて、愕然として膝を折った。

やっぱり、見られていた! 調べられていた!

しかも、かなり正確な部分で特定されている。 

追求の手が伸びるのはまさに時間の問題であると、激しく頭の中で警鐘が鳴っていた。

はづきを頭にのせた男は、喋りながら自分のパソコンにデータを打ち込んでいる。

どうやらそれが報告書のようなものらしい。

「まあ、だからといって彼女が魔女なのかどうか、は、分からないがね。  

 直接の尋問も、室長のGOが無いと実行できないようになっているし。  

 まあ、もっとよく調べないとな。 魔女が現れてから、活気いいよね、この部署」

「まあな。 春風、どれみ? だっけ?  一応メールチームの方でもピックアップしておくよ。 

 女子高生だし、携帯の一つも持ってるだろう。  何か出たらそっちにも回す」

「オーケイ。 よろしく。  ・・・っと、室長からのお呼び出しだ。 そゆことで」

地面が揺れた。 否、男が再び動き出したのだ。

昨日どれみが挟まれた悪魔のドアを通って、男は室長に一礼する。

「ん、頭に何かついているぞ」

そう言われ、はづきの居場所に手が伸びる。

はづき虫はアッサリと、その手によって乱暴に払い落とされた。

その衝撃に目を回したが、はづきは地面に落ちる前になんとか羽を開くことが出来た。

「ああ、てんとう虫のようです」

「ふむ、季節だな。  ・・・で、どうだった。 何か掘り出したか」

「はい。 魔女の身辺に一人、限りなく黒いお団子の少女がおりますね。  

 名前は『春風どれみ』、魔女と同じ美空高校に通っております。  

 例のテレビにも、魔女の係として出ていましたよ。  

 あと、その子は魔法堂でアルバイトもやっているそうです」

「魔女との面識は申し分無し、か・・・。  他には?」

「そうですね、戸籍を調査しましたが、不審な点はありません。  

 魔女と違い、彼女は確実に人間の子供である事は間違いなさそうです。  

 今のところ、そのくらいですね。 どうします、本格的に洗いますか?」

室長は、少し考えているようだ。 俯いている姿が、はづきにはやけに不気味に見える。

「・・・高月君」

「はい」

「・・・引き続き、その件を調査しておいてくれ。 ただし、報告書は書かなくてよろしい。  

 口頭で私に直に報告する事」

「・・・と、申しますと?」

「昨日の一件な、アレはまだ上には報告しておらんのだよ」

「・・・はい」

「つまり、現時点で巻機山花以外の魔女の存在に気付いているのは、私たちのみと言う事だ」

「・・・」

「とりあえず、もうしばらくしたら会談が再開する。 その時私も立ち会う。  

 その結果次第で、その『春風』に直接のコンタクトを取るかどうかは指示しよう。  

 今日はもういい。 ご苦労だった」

その声に一礼し、諜報員は去った。

部屋には室長と、はづきだけが残された。

「魔女・・・ 魔法か・・・」

独り言だろう。 室長は椅子を立ち、閉めていたブラインドを上げて、西日を部屋に呼び込む。

電気を消せば、部屋はかなりオレンジの光に包まれるだろう。

「・・・真意は、何だ・・・?」

今すぐにでも、それを教えてあげたい。 そう、それはたった一言で済むのだから。

はづきは、難しい顔で呟く彼を見ながら、そう思った。

一体、何をそんなに恐れるのだろう。この人たちは。

魔女。 

魔法。 

それが一体、なんだというのだろう。

ハナちゃんは、ただ本当に人間と仲良く暮らしたいだけで、

そしてどれみちゃんや私は、その手伝いをする為に魔法を使っているだけ。

本当に、たったそれだけの事なのに、どうしてこんなに複雑になるんだろう。

・・・そんな。

そんな状況を、ハナちゃんはたった一人で、絡まった糸を丁寧に丁寧に解くような作業をしているのだ。

 

会わなくちゃ。

ハナちゃんに、会わなくちゃ。

 

シャ、とブラインドが再び閉められ、部屋の中の霞んだ茜色が無くなった。

室長はコート掛けに掛かっていた自分の上着を取る。  おそらく、さっき言っていた『会談』に赴くのだろう。

はづきは再び羽ばたくと、その上着の袖に着地した。

 

 

 

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