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<高校生編> 知ろうとする者達

<15>

 

「失礼します」

ハナとマジョリカが迎賓館の玄関を出ようとしたとき、一人のスーツ姿の男が前に立ちはだかって軽く礼をした。

そして頭をあげ、優しく微笑みながら続けて言う。

「私、今日付けで正式に貴女のお世話役に就かせていただきます、伊東というものです。  

 これからの間、よろしくお願いいたします」

簡単にそう自己紹介すると、伊東はスっと右手を出す。 

笑ったら歯がキラリと光るんじゃないだろうか、と思われる程のさわやかな青年、という感じであった。

政府の役人にしては、相当若いだろう。 まるでテレビによく出る人気タレントのようだ。

『・・・どれみちゃんが一発でメロメロになるタイプね』

耳元のはづきがそう評価したので、ハナは思わずそんな母親の姿が容易に想像できたのでプッと吹きだした。

「・・・あ、あれっ・・・? 何かおかしかったですか・・・?」

ハナの対応にあせったのか、好青年は出した手をそのまま自分の頭に持っていって気恥ずかしそうにポリポリと掻く。

「・・・い、いえ。 ごめんなさい。 何でもありません。  ・・・伊東、さん? 内閣調査室の方ですか?」

ハナがそう言うと、伊東は掻く手を止めた。

「・・・あらら、さすが魔女様、というところですか。  初対面で身元がバレるんじゃあ、調査エージェント失格なんだけどなぁ」

今度は苦笑いして、改めて内閣情報調査室諜報員・伊東はハナの前に右手を出した。

今度はハナもそれに応え、握手を交わす。

「魔女のハナです。 よろしくお願いしますね」

相手がアイドル系好青年なら、こちらは女優系貴婦人の輝く微笑みでもってハナは返す。

「では、美空市魔法堂までお送りいたします。  何かと詳しい事は車の中で話しましょう」

巧みな作法で車の後部ドアを開けてハナとマジョリカを促し、伊東は完璧にハナの召使いを演じていた。

車は走り出し、迎賓館を後にする。

団体の一行が、旗を持ったガイドに連れられてその歴史的建物を遠巻きに見物していた。

「彼らには悪い事をしましたね。 本日迎賓館は急遽見学中止になってしまいましたから」

ハナの視線にあるものを読んだのか、伊東はバックミラーを見ながらそう言った。

「迎賓館は日本の文化財的建造物であると同時に、今でも各国のトップ会談などで使用される最高クラスの接待場所です。

 貴女が今日あそこに招かれたというのは、日本がどれだけ貴女を重要に考えているかというのと同じなんですよ」

「恐れ入ります」

伊東の台詞とは逆に、ハナの応えは抑揚が無かった。

「ああ、すみません。 そういえば随分お疲れなんですよね。  

 まあ、あのお偉方達と一日中話をされてたのですから、無理もないでしょう。  

 美空市までは1時間程かかります。どうぞお休みください」

「ええ、そうさせてもらいます」

ハナがそう答えた時、マジョリカはもう既に目を閉じていた。 

道理でおとなしかったハズだ、とハナの肩に止まるはづきはそう思った。

『大丈夫よハナちゃん、私が起きてるから。 何かあったら起こすわ』

伊東の軽口では無く、そんなはづきの言葉に甘え、ハナは窓に頭をコツンとつけて目を閉じた。

よほど疲れたのだろう。 はづきがビックリするくらいの早さで寝息が聞こえてきた。

そんな姿が、今日一日でどれだけの事をしてきたのか見て取れる。

内閣総理大臣を含めた、日本トップとの会合。

・・・もし自分がハナの立場であったなら・・・。

そんな場所、正気で立っていられるのかも分からない。

 ましてや彼らを説得し、交渉する事など・・・。

はづきは改めてハナの仕事の困難さを痛感し、そして成長したハナの心の強さを嬉しく思った。

「・・・まあ、あせらずともいいか」

運転席の伊東が、独り言のように小さく呟く。

はづきはそれを聞き、益々決心する。

絶対に、ハナちゃんを謀略の手から守らなくちゃ・・・と。

人間の汚い部分は、見せたくない。 それを知ってハナちゃんをガッカリさせたくない。

魔女が理想とする人間との交流は、テレビでよく見る国家間の条約締結とか、そんなのではないのだ。

ただ普通に、素朴に、魔女が人間としておかしくないように、この社会で人間並みの幸せを感じていられるだけでいいのだ。

そこには利益や損失など、そんなあざとい問題などあるはずもない。

魔法を利に、そしてそれを損失に、などと考えてしまう人間のそんなどうしようもない部分からハナを守る・・・。

(それが私たちの、役目なのね)

ハナと再会したあの日には漠然としか見えなかった『やるべき事』。

はづきは今、それをハッキリと感じ取れていた。

 

「・・・どう思うね?」

ハナがいなくなって尚、ここ迎賓館の一室には未だ政府高官が輪を作って座っていた。

「どう思うも何も・・・ 全く答えが出ませんな、というのが正直な処でしょう」

総理の問いに、官房長官が答える。 他の面子も皆その答えに頷いた。

「ただハッキリした事は、『魔法が実際にある』という一点である。  

 その魔法という力の大きさによって、この日本・・・いや、世界のすべてが変わるのは間違いないだろう。  

 彼女の使う力が、本当にたったこれだけのモノであればよいが・・・」

総理がコンコン、と指で目の前の花瓶を突付いた。 大きな陶磁器の花瓶には、色取り取りの花が美しく生けられている。

詳しい者が見ればその花は季節感が全くデタラメで、春夏秋冬が見事に入り乱れているというのが分かるだろう。

この奇妙な花瓶の花は、各々の目の前に一つづつ置かれている。

すべて、ハナが魔法で出したものだった。

「もしももっと大きな物であれば、確実に日本の国際状況に影響します。

 今最も頭を悩ませる朝鮮の問題も、もしかしたらあっけなく解決するでしょうな」

「それだけではない、自衛隊派遣問題もそうだ。 それに・・・」

ざわざわざわ、と、勝手な大人達はそれぞれ好き勝手な想像を組み立てていく。

まるで自習と言い渡された後の、先生が居なくなった教室の生徒のようだ。

「まあまあ、夢を見るのもそのくらいにしなさい」

学級委員ならぬ、内閣総理大臣が場を鎮める。

「どうあれ、これはまだ先の見えぬ状況に変わらん。 

 それぞれの妄想は胸に秘め、もう少し形が見えてから改めて魔女と交渉しなくてはいけないだろう。

 時に大木君」

「はっ」

大木、と呼ばれた見た目パっとしない中年は、役職で言うと『外務大臣』である。

「すぐに各国へ手を回して、この『魔女訪問』が他の国にもあるのかどうか探っておいてくれたまえ。  

 当然ながら非公式にな」

「はっ。 すぐに手配しましょう」

「美作君」

「はい」

返事をしたのは、総理の後ろに控える若い男だった。 はづきはこの男にくっついてこの場にやってきた。 

肩書きは『内閣情報調査室・室長』である。

「引き続き、魔女の情報を収集してくれ。 最優先でだ。  それから美空市の情報規制、各対応の部分もまかせたぞ」

「分かりました」

事務的に、そう頭を低くして答える。

「皆にも当然と理解しているとは思っているが、敢えて注意を勧告しておく。  

 今日のこの件は非公式であり、且つ最重要機密である。 情報の漏洩は厳密に注意せよ。  

 以上、解散!」

 

 

 

「巻機山様、着きますよ。 そろそろ魔法堂です」

『ハナちゃん起きて。 もう着くわよ』

二つの声に耳をくすぐられ、ハナはうっすらと目を開けた。

窓越しの景色は、見覚えのある夕暮れの美空商店街だった。

「・・・ああ・・・」

たった2日間空いただけなのだが、5年ぶりにこの人間界に帰ってきた時と同じような懐かしさがこみ上げる。

同じ世界なのに、こうも別世界の雰囲気があるものなのだろうか。

「巻機山さん、明日のスケジュールよろしいでしょうか」

目を覚ましたばかりのハナに、やや申し訳なさそうに伊東は続ける。

「明日は10時にはそちらにお迎えあがります。 ご準備の程、よろしくお願いいたします。  

その後大学付属病院にて若干の検査を行い・・・」

「ちょっと待ってください」

ハナは寝ぼけた様子も無く、ハッキリした声で話の間に自分のそれを割り込ませる。

「美空高校の方へ挨拶に行かなければなりませんが」

「いえ、それはもう勝手ながらこちらで手続き等済まさせていただきました」

しれっ、とした口調で伊東は答えた。 どうやらその喋りが本来の彼の持ち味なのだろう、とはづきは感じた。

「そんな・・・」

「真に申し訳ありませんが、先にも会談の中で触れられているとは思います。  

 数年前にこの町で起こった奇妙な事件に貴女が関与されていると、そのような情報がこの町に蔓延しつつありまして」

「・・・」

「それらから考慮して、こちらで貴女の安全を守る為にもここでは御忍び下さい。  

 なに、すぐに政府の方で誤解を解き暴動その他が起こらないように対処しますから」

伊東の言葉には常にアメとムチがある。 

ハナは感じているのか分からないが、はづきはこの男の発言一つ一つがいいようにハナを操っているようで

どうしても不安になるのだ。

「・・・分かりました、よろしくお願いします・・・」

「ともあれ、今日は私がお暇させていただいた後は好きにご行動なさってよろしいのですがね。  

 まあ、これは私の独り言、という事で」

伊東はバックミラーではなく、こちらを直接振り返ってイタズラっぽい笑みを見せた。

その顔に、ハナも嬉しそうに破顔する。

「ありがとうございます」

そこまで話が済むと、計ったように車はもう魔法堂が見える位置に来ていた。

「さ、着きました。 時刻は・・・17:49分。 おおむね予定通りという事で。  では、明日にまたお伺いいたします」

全員車を降り、それぞれがそれぞれの思惑で頭を下げる。

伊東は『では、また!』と、相変わらずの爽やかスマイルを残して何事も無く普通に車を走らせ、魔法堂を後にした。

「いい人みたいね、伊東さんって」

ハナがほんわかした口調で誰に言うでもなく、そう口にする。

「どうでもええわい。 ああ、ようやく我が家に帰ってきた・・・。  とりあえず、ララに茶でも用意させて寛ごうかの」

マジョリカがうーん、と背伸びをしながら玄関に向かって歩きかけた。

「待って、マジョリカ。 ちょっと待って」

そんなマジョリカをハナは止める。

「なんじゃい」

「・・・」

ハナは口元に人差し指を一本当て、黙ってマジョリカを手招きした。

マジョリカは変な顔をしながら、それに従ってハナに近づく。

ハナはマジョリカにごにょごにょと耳打ちした。

内緒話が終わった後、マジョリカはさすがに不機嫌そうな顔をしてため息をつき、

そして改めてハナを従えて魔法堂の玄関を開けた。

「ただいま」

「ただいまー」

二つの声が、ガランとした夕闇の店内に響く。

「ハナや」

「はい、なんですか? マジョリカおばあちゃん」

「・・・今、ふと思ったんじゃがの、

 よく映画では重要人物が留守の間に家に・・・盗聴器・盗撮カメラなどが仕掛けられてあったりしてのう」

「まあ、それは不愉快ですわねー」

「もしかしたら、我が家にもそういったものが仕掛けられてしるのかもしれん。  

 念には念じゃい、オマエの魔法でそういうものを探す事はできるのかのー」

「そうですねえ、やった事はないのですが、やってみましょう。  えいっ!」

パチン、とハナが指を鳴らす。

すると不思議な光に包まれた小さなカケラが、色々なところからふよふよと二人の目の前に集まってくる。

驚く事に、ハナと、そしてマジョリカの体からも小さい物体は光を纏って浮いてきた。

「いつの間に・・・」

「これが盗聴器という奴じゃ。 やっぱり、仕掛けられておったか。  

魔女にもプライバシーがある。 日本政府よ、あまり姑息なマネはしてくれるなよ」

「まあまあ、おばあちゃん。  今後こういう事のないように、お願いしますね。 

 このように、私にはこれらの行為は無意味だと思っておいて下さい。  それでは伊東さん、また明日」

二人が芝居がかったような台詞を全部言い終えた後で、ハナは最後にもう一度指を鳴らした。

空中に集められたマイクやカメラは、小さな煙と共にポン、と消えた。

 

「やれやれ・・・ 助かったわい、はづき」

マジョリカが力なくいつもの安楽椅子に腰掛けると、ボワンと派手な煙を出してようやくはづきはいつもの姿に戻った。

「はづきママ、本当に・・・ありがとう!」

ハナがはづきに抱きつく。 はづきもそれを優しく受け止めた。

「いつから居たんじゃ?」

「会談の後半からよ。 でもよかった、間に合って。  ハナちゃん、よく頑張ったわね。 

 本当・・・ごめんね、ハナちゃん一人にあんな思いさせて・・・」

ハナはううん、と首を振った。 そして少し指でにじんだ涙を拭うと、いつもの調子を取り戻してはづきに向き合う。

「・・・でもはづき、どうして今日はあそこに・・・?」

「あ、うん・・・。 ちょっと話すと長くなるんだけど・・・。  

とりあえず、みんなを一回魔法堂に呼びましょう。 今後の事、話さなくちゃならないから」

「何かあったの?」

ハナのやや不安な表情を目にし、はづきは苦笑いを浮かべるのみだった。

 

 

「室長!」

時計は9時を回っている。 そんな時間にようやく仕事場の自室に帰ってきたばかりの美作へ、

早速部下が慌しい声で報告を持ってきた。

「どうした? 何かマイクに入ったか」

「い、いえ・・・ それが・・・」

部下は恐る恐る録音テープを取り出し、部屋のレコーダーにかけながら言った。

「・・・マイクとカメラ、共に・・・全滅です」

美作はハナ達の声を出すレコーダーの方を向き、唖然とした表情で立ち尽くした。

ハナとマジョリカの子供のようなやり取りの台詞でもって、ハナはいとも簡単にすべてのマイク・カメラを見つけたようだった。

そして・・・。 

すべての機械は同時に停止した事をテープが物語っていた。

「魔法・・・か・・・」

美作室長は眉間をつまみながら、険しい顔で俯く。

「・・・しばらく魔法堂の方は放って置く。 明日からは魔女も赤坂に住む事になるからな。  

 多少古典的だが、人員を割いて直接監視する他あるまい」

「はい・・・」

「全く・・・ 反則だな、魔法という業は」

ドサ、と椅子に深く腰掛け、美作はややだらしなく椅子にもたれる。

閉じた瞳の闇の内に、先の総理との会話を思い出した。

 

『美作君、魔女をどう思うかね』

『はい。 こうして見ると、魔法を使う、という事以外はすべてにおいて人間と大差ないというように思います』

『大差ないだろう。 私もそう思う。  だからこそ、彼女は危険だ』

『・・・』

『会って、話して分かる。 あの若さでここまでの、なんというか・・・  彼女にはカリスマがある。 

 さすがに魔女界とやらがよこした魔女の代表だな。  

 アレの立ち振る舞い、言葉、雰囲気、そしてあの美貌。 

 すべてにおいて、彼女は支配者たる要素を持っておる。  

 ・・・そして、絶対的な力もな』

『魔女が人間の社会に・・・ 政治的な干渉をしてくるでしょうか?  

 彼女の言い分を信じれば、彼女等にはその意思は希薄と思われますが』

『彼女にその気がなくとも、大衆が望むやもしれん』

『・・・』

『日本は富に、従属する事に長けた民族よ。 大きな力を持つ者に、すぐに頭を垂れ、支配を望む。

 魔女の魔法がこの際、どんな小さな力でも構わんのだ。  

 『魔法を使う』という事実だけで神がかり的な信仰を集めるだろう。  なにせ、一時は卑弥呼が治めた国だからな。

 そしてあのカリスマを持つ魔女がそれを率いれば、よもや十年前以上の宗教テロや内乱に発展する可能性もある。  

 魔女信仰の強い欧米などで力を得れば、世界的なテロに発展するかもしれん。  

 彼女の意思は問題ではない。 彼女の存在自体が、危険なのだよ。  それは分かっているだろう?』

『・・・』

『最悪の状況を考慮し、すでに自衛隊の方で話を通してある。  

 君の調査によって赤信号を感じたら、すぐにでも連絡したまえ。  

 ・・・用意はできている。 分かったね』

 

「可哀想に・・・」

人事のように、美作はポツリと呟いた。

今日まで、これほどまでに人の責任にしたいと思った事柄は無い。

あの魔女の命運を文字通り握っているのは、自分の判断なのだ。

そんな時、ふと、内線が鳴る。 ここ2・3日の間で、随分仕事が忙しくなった、と思いつつも室長は電話を取った。

「はい・・・ ああ、どうも。 ・・・はい、はい・・・」

受話器を肩に挟み、休ませていたパソコンに電源を入れる。

「はい・・・。 ・・・そんなところを?  ・・・はい、 ・・・ええ、分かりました。折り返しお電話差し上げます。 では」

受話器を置く頃には、パソコンの準備は出来ている。 美作はマウスを滑らせた。

「美里音大付属・・・か。 魔女が音楽に造詣深いとはね」

キーを叩き、表示される学校のデータにざっと目を通す。

 

・・・あまり余計な事はしてくれるなよ・・・。 

魔女でも、俺は・・・

 

殺したくないんだからな、と、小さな呟きが部屋に霞んだ。

 

 

 

 

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