<16>
何かの夢を見ていた。 起きた瞬間に覚えていない夢は、正夢になる・・・と、誰に聞いた事があるような気がする。
残念ながら、内容は全く覚えていない。
「どれみ~!! はやく来なさ~い!」
わたしはこの下の階からよく響くお母さんの声に起こされた。
時刻は7時になろうか、というところだが、朝では無い。 もう夜の7時なんだけど、眠い時はいつだって眠い。
今日はやたら寝た気がするんだけど、自動的に起きるのとたたき起こされるのとでは『よく寝た』の印象が違う。
「ごはん、ごはん・・・」
と、我ながら頭悪そうな独り言を呟き、私はベッドを降りた。
その時を見計らってなのか、枕元に置いた携帯電話が『ルピナスの子守唄』を奏ではじめる。
私は子守唄の曲で一気に目が覚めて、その電話を取った。
あいちゃんからだった。
「もしもしっ? あいちゃん?」
『あ、どれみちゃんおはようさん』
当然の様に『おはようさん』と言う。 この部屋、あいちゃんに監視されてるのだろうか。
『今な、ハナちゃんとマジョリカMAHO堂に帰ってきてん。
あたしやはづきちゃんも会いに行くから、どれみちゃんも来ぃー』
「えっ? はづきちゃん、帰ってきたの? ハナちゃんも??」
『ま、まあそのなんや、色々な話はMAHO堂で聞こうや。 ほな切るで。 じゃ、来てや!』
「あ、あいちゃ・・・」
『ん』が言えないまま、会話は終了した。
何か、随分慌てたような内容だったような気がする。 リダイアルしようかとも思ったけど、止めた。
全部向こうで聞けばいい。
私は水晶玉を出す。 一日中寝ていただらしない自分の格好を一瞬でお出かけモードに切り替え、
ぽっぷの部屋のドアを叩いた。
「ララ? トトー? アンタらのご主人様、帰ってきたってよ。 今から魔法堂行くけど、一緒に行く?」
ドア越しにそう言うと、すぐに小さい返事が聞こえてカチャリのノブが回る。
「帰って平気なのかな・・・? だって、ホラ、監視カメラとかあるんでしょ?」
「あ、そうだったね。 じゃあ、とりあえず私の服の中にでも入っててよ」
私はトレーナーの首穴を引っ張り、ララとトトを促す。 二人はそこに飛び込んだ。
「何か落ち着かないなぁ」
トトがもぞもぞ動く。
「ちょ、ちょっと動かないでよ! くすぐったいっ」
「もうちょっと胸があればね~」
「うっさいなぁ・・・ いくよ!」
家出妖精を無理矢理懐に詰め、わたしは階段を降りた。
「あらどれみ、何? 出かけるの?」
お母さんが居間から顔を出す。
「うん。 魔法堂にちょっと。 ハナちゃん帰ってきたっていうから。 スターに会いにね」
「あらそう? ご飯は?」
帰ってきてから食べる、と返事をして、わたしは靴を履いた。
「私もいくぅ~!!」
そんな切羽詰った声を出しながら、ぽっぷがお母さんの脇をすり抜けて走ってくる。
「ちょっとぽっぷ! ご飯食べ終わったの!?」
「途中! 帰ってきてから食べなおすから、そのままにしてて!」
お母さんは自分の娘達に『んもう!』という詰まったような返事でもって、腰に手を当てたまま見送った。
「バッカモ~ン!!!」
そして魔法堂。
昨日の夜のようなイヤな雰囲気は無く、明かりのついている魔法堂はわたしの心をホっと和ませてくれた。
で、玄関を潜って揃っているみんなに挨拶をしたら・・・ 返ってきた第一声がマジョリカのコレ。
「な・・・なにさぁ! いきなり! 心配したんだよ!? こっちだって随分・・・」
「だったら大人しく心配だけしとればよかったんじゃぁ!! この、ホントに大馬鹿者がぁ!!
ぜーんぶ、はづきから聞いたぞい!! 何で、何でオマエはいつも・・・」
怒りなのか、それとも情けなさなのか・・・。
マジョリカはそのまま椅子から立ち上がった状態のままわなわな震え、声を失っていた。
わたしはハっとなって、場にいる全員を見渡す。
ハナちゃんがいる。
マジョリカを制しながら、『ま、まあまあ・・・』と声をかけるその姿を見て、
わたしは急に昨夜の出来事をだらけた頭の中から掘り起こした。 そうだった、わたしは・・・!
「・・・ハナちゃん、はづきちゃん達から聞いたんだ・・・。
・・・その、ホント・・・ ごめんなさい・・・!」
まともにハナちゃんの顔を目にできず、わたしは逃げるようにして視線を床にあわせて頭を下げる。
「いいのよ、どれみ。 ・・・心配かけさせた私も悪いんだから」
優しい声がする。 きっと、そういうような事を言うんだろうな、とは思っていた。
だからこそ、わたしは本当に申し訳なくて、しばらく顔を上げられなかった。
少しの間時が止まったかのように、しん、とした空気がこの雰囲気を固定した。
「・・・あのさ・・・」
それを申し訳なさそうに動かしたのは、懐のトトの声。
「家に仕掛けられたマイクとか、カメラとか、いいの?」
「え・・・? ええ、それはもう平気よ。 ハナちゃんが魔法で全部外したから」
はづきちゃんがそう言うと、トトは『よかったー!』と叫びながらわたしの胸から飛び出してきた。 ララも続く。
「おかえり、ハナ」
トトがぴゅーっと、ハナちゃんの肩に止まる。
「ウフ・・・ ただいま、トト。 ごめんなさいね、置いていったりして」
「もー、今度はちゃんと連れてってよね? とにかく、今は・・・ お腹すいたよー!!」
トトの声に反応したのか、『ぐぅ』とお腹の鳴る音がそれに続いた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・お姉ちゃん・・・」
みんなの白い視線。
「あ、あは・・・ そ、その・・・わたしもご飯、まだだったかな? みたいな・・・」
わたしはこんな時に、こんな状況であるのに、こんな気持ちになっているのに・・・。
本能のままに動く自分の体が恥かしくなって、顔が真っ赤になった。
「・・・まったく・・・ オマエという奴は・・・」
最初の怒声とは違い、マジョリカは今度は情けなさ一杯、というような声で首を振った。
ウフフ、とハナちゃんが笑い、そして全員がそれに続いて笑い声をあげる。
仕方ないので、わたしもそれに加わるわけだけど・・・ 勿論、苦笑で・・・。
トトやわたしの欲求に沿って、お茶とお菓子が用意される。
そしてハナちゃんとはづきちゃんの今日の一日を聞いた後、わたしは思わず手にしていたクッキーを落とした。
「・・・バレてる・・・の??」
かろうじて、声にした。 自分でも分かるくらいに、震えている。 はづきちゃんは何も言わず、頷いた。
マジョリカが小さく、『バカもん』と口を尖らせて言う。 何度言っても言い足りないらしい。
・・・自分でも、その気持ちは分かる・・・。
「それでね・・・。 だから、今後・・・どういう態度で私達が臨むべきか、ハナちゃんに決めてもらおうかと思って」
「どういう態度・・・?」
あいちゃんがお茶から口を離し、そう問い返す。
「うん、このまま『魔法を使える人間がいる』というのを隠すのか、それともいっそ公表してしまうのか・・・で、全然違うから。
バレてるとは言っても、まだ向こうは確証を得てる訳じゃなかったし。
どれみちゃんが一番怪しい、とくらいしか言ってはなかったわ。
だからまだ、どうとでもなるけど」
はづきちゃんはそう言って、お茶に口をつけた。 ハナちゃんは目を閉じて考えているようだ。
「・・・ほんと・・・ごめん・・・」
さっきからわたしはずっとこの台詞。
口を開けばそれしか出てこないので、無理矢理そんな口を塞ごうと新しいクッキーに手を伸ばし、一口齧った
「・・・今日の感じだと」
マジョリカが煮詰まった展開に見かねたのか、口を添える。
「人間側にその事実を公表するのは、かなり危険じゃと感じるな。
アレはどう見ても、魔女ではなく魔法という力の事を気にしとる。 まあ、仕方ないといえば仕方ない。
人間界は『魔法という力を見極める』事が出来るまで、魔女との交流は先送りにするようじゃが、
返せばこの問題もそれと同じ事じゃろうな。
人間が魔法を正しく使っていけるのかどうか、こちら魔女界側でも審査せねばいかんという事じゃ」
「アタシらがその例なんちゃう? そもそも、女王様がアタシらを魔女にしたんはその為なんやろ?
でもってOKが出たんで、ハナちゃんが人間界に本格的に交渉に来た・・・
そうなんちゃうのん??」
「えっ、そうなの!?」
あいちゃんの言葉に、わたしはビックリして思わず叫んだ。
「・・・推測だけど。
あいちゃんの言う通り、私達って魔女界と人間界の交流を目指した上での、テストの一貫だったように思うの。
MAHO堂に魔女を派遣して、人間界で生活した魔女が女王候補になるとか、
ハナちゃんを敢えて私たちに人間界で育てさせてみたりとか・・・
そういうのも全部、きっとこの時の事を考えての政策・・・だったんでしょうね。
今ハナちゃんがここにいる、というのもそういうすべての準備の上でGOサインが出たから、と思うんだけど・・・」
「ええ、はづきやあいこの言う通りよ」
黙っていたハナちゃんが口を開いた。
「今のママ達を見て、私や女王様も『これならば』と思って行動に踏み切ったの。
人間界で育った私というものを作り上げたのも、その為ですし。 でも・・・」
本当に困ったような顔をして、ハナちゃんは重々しく言葉を選んでは続けた。
「正直なところ、私たちの『魔法』が、人間界にそんな大きく絡んではいけない力だと感じるのよ。
みんなが使っていたような、ほんの日常の小さなアクシデントを解決するような魔法だけならいいけど、
世界の流れや生活・・・政治社会を揺さぶるような魔法の使われ方は、きっと人間界を混乱させるだけだわ。
それは私たちの本意じゃない。 私たちが魔女として人間と交流するのは、人間の社会を変えるためではないもの。
今のままの、人間らしい社会の中で暮らしたいからだし」
ハナちゃんの話を聞いて、わたしは一人の魔女を思い出した。
「・・・魔法・・・ 使わなければいいんじゃないかな・・・。 魔女も」
佐倉未来さん。
昔、わたしがこの世界で出会った魔女の一人。 彼女は魔法を捨て、人間界でひっそり暮らしていた。
そう、人間界で暮らす魔女がみんな未来さんのように生きていければ・・・。
「だってそうでしょ? ハナちゃんが総理大臣と話した時の内容も、全部魔法のせいでこじれてるんじゃん!?
だったら、魔法を使わないで普通に人間として暮らせば、人がむやみに魔女を恐れる事も無いし、
魔女が人間に魔法の使い方を教える必要もないし・・・」
続けようとして、わたしはハッと思った。
・・・それならば・・・
「・・・それも、一つの方法よね。 でも、それならば・・・私がここにこうしている事は・・・必要ないわ」
ハナちゃんがやや辛そうな顔で、微笑みを作った。
そう。 そうだった。
それならば、わざわざハナちゃんは魔女である事を皆に明かす必要もなかったし、
こうやって堂々と魔法を人間に見せる必要も無い。
以前のように、こっそり人間界で暮らしていけばいいんだから。
「最終的にはそうなるかもしれない。
だけれども、今は人間に魔女がいる、魔法がある、という事を認識してもらわないと、
魔女はこそこそとまた後ろめたい気持ちで人間界に住む事になる。
私の仕事の根本は、人間界に住む魔女達がそんな思いをしてほしくないため、
堂々と『私は魔女です』と言って人間と仲良くしてもらうためなのですから。
私が魔法を使うのは、それを踏まえた絶対条件なのよ。
魔法を使う魔女が認められてないと、今後本当の意味の交流は出来なくなるわ。
それに・・・」
ハナちゃんはわたしを優しく見つめながら言った。
「魔法は、そんなに危険なものかしら。
私は、人間界であっても、この魔法はきっと人間の幸せに繋がる力だと思っているわ。
色々見せてくれたじゃない? 5年前、ママ達が・・・。
魔法のおかげで今幸せな人がいる事、私はこの身近だけでもたくさん知っている。
魔女たちが世界に住むようになって、そんな人間の幸せをたくさん手伝えるようになるのを知ってるから、
私は人間に魔法を認めてもらいたいの」
うん、とあいちゃんやはづきちゃん、ぽっぷは頷いた。
・・・わたしって、本当に・・・ バカだなぁ・・・。
・・・そう。
そうだよ。
魔法のいいところ、一番知ってるのは・・・ 人間から魔女になった、わたしたちじゃないか。
今までたくさん、人の悩み事に首を突っ込んで、危なっかしくも解決して・・・
たくさんの笑顔をみてきたのは、このわたしじゃないのさ・・・。
「・・・ただ・・・ 今の人間全員に、その事を分かってもらう方法が頭に浮かばなくて・・・。
それを分かってもらえないまま魔法の力を与えたり、言いなりに魔法を使っても、きっと良くないと思うの。
それに、まだ人間は・・・魔女を恐れている。
だから今もしもどれみ達の事を公表したら、きっと私よりも大変な目に会うと思うわ」
ボーン、と柱時計が8時を打った。 その音が鳴り止むまで、わたしたちは口を噤んだ。
・・・ダメだ。
とてもじゃないけど、色々な事柄が頭の中をぐるぐる廻って、どうすればいいか、どういうモノが見えるのか、が全く分からない。
今こうして事態はどんどん進行しているけど、わたしはサッパリそれに追いついていってない。
つい、一昨日は、ハナちゃんと明日の学校の事を他愛も無く話していたのに。
テレビに出る、出ないであんなにはしゃいでいたのに。
それが、一日置いてこれだ。
もう、訳がわからなかった。
「だから、今しばらく時期が見えるまで、どれみ達の事は伏せておくわ。 ・・・それで、いいかしら。 はづき」
はづきちゃんはハナちゃんの言葉を受けて、頷いた。
「・・・じゃあ、私たちは絶対に自分から正体を見破られないようにしないといけない、という方向で。
どれみちゃん、向うはきっとあの手この手で探ろうとするけど、負けないでね」
はづきちゃんは、容赦ない。
「自信ないよ・・・ 正直・・・」
「大丈夫。 これからは絶対に魔法を使わなければいいだけよ。
後は何があっても、『知りません』を通せば問題ないと思うから。
それと、ヘタにハナちゃんの事を隠そうとしないで、今まで通りの態度で。
魔法堂に来てアルバイトして、ハナちゃんのことが心配なら心配、と連絡したり」
「え、いいの・・・? そんなことして・・・」
「むしろ、そういうのを隠す方がかえって怪しいわ。
私たちは向こうの事・・・こうやって、自分たちが調べられている事なんて、知らないハズなのよ。
だからそういう態度で居た方が、向こうにとっても自然なの」
ハイ、と私は昨日のようにはづきちゃんの言葉へただただ頷くばかり。
「ぽっぷちゃん、そういう事だからどれみちゃんの事、お願いね」
「うん、分かったよ。 しっかりフォローするから」
「ぽっぷちゃんが見てくれるなら、安心やなあ」
あいちゃんに続き、ハナちゃんまでもがウンウンと頷いた。
・・・わたしって・・・。
「私も明日から、もっと頑張るわ。どれみ。
今私がやらないといけないのは、人間の信用をもっと集める事だもの。
とりあえずは、向こうの学校でも美空高校と同じように、お友だちをたくさん作るわ。
話は急展開しちゃったけれど、結局私のやる事にはなんら変わる事はないもの。
少しづつ、人間の生活に溶け込んでたくさんの人の信用を得て、魔法に慣れてもらうだけ」
「・・・そっか、ハナちゃん・・・ 転校してまうんやなぁ・・・。 体育祭、一緒にできんかったなぁ・・・」
あいちゃんがしみじみとこぼした。
「そういえば、今度はどこにいくの?」
私がそう言うと、ハナちゃんははづきちゃんと目を合わせてにっこり微笑んだ。
それだけで、わたしとあいちゃんは分かった。
「・・・今度ははづきちゃんのクラスメートかぁ・・・」
「一緒になるかどうかは分からないけど・・・」
「でも、ようそんな私立の専門学校なんか入学させてもらえたなぁ? そないに簡単に入られたら、矢田君キレてまうで」
ウフフ、とはづきちゃんはちょっと赤くなって笑った。
「何しろ私、大統領並みのVIP待遇らしいですから。 少しの我侭くらい、通してもらわないとね」
少しのネ、とわたしが言うと、
あいちゃんが即座に『ちっとも少しじゃあらへん!』とリアクションしてハナちゃんにぴし、と突っ込んだ。
そしてみんな、笑う。
夜の魔法堂に温かな明かりと、暖かな団欒が少しの間だけ響いた。
そして・・・。 みんな、おそらくもうしばらくはこの団欒がないだろう、と予感していたと思う。
それからの話は、まるで今までの問題に触れる事無く、他愛も無い楽しいバカ話が続いた。
次の日の美空高校。
臨時の朝礼で、魔女・巻機山花が公的な問題で転校した、という事がわたし達に淡々と告げられた。