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<高校生編> 変わり始める、日々

<17>

 

臨時の朝礼が済み、皆ダラダラとした足取りで教室へ帰る。

他のクラスはいつものように騒がしいのだけれど、自分達のクラスはまるで気の抜けたようにシラーっとしている。

わたしは席に着き、そのままになっている隣の机を見た。

ハナちゃんの名残り。 

ありがちな机の落書きや、そんな個人の色を残すような跡は無く、

まっさらな新品同然の机はハナちゃんの在学期間の短さをストレートに物語っていて、少し泣ける。

・・・この机に誰かが座る事は、もうほぼ無いだろう・・・。

と、わたしが思ったとたんに、その席にドッカリと小竹が座った。

「・・・何でだ?」

わたしの方を向かずに、独り言のようにそう言う。 だけど、独り言にしては声が大きい。

「これからじゃねーか、巻機山が欲しがってた『人間との交流』の楽しさってやつはさ?  

 行事とかなんとか、これからたくさんあるんだぜ? なのになんでだよ?」

「・・・知らないよ・・・」

別に自分が責められている訳ではないのだけれど、何故かすごく申し訳ない気持ちになる。 

昨日から随分と謝り癖がついてるな、と頭の中の自分が言った。

「大体、おかしいぜ? 昨日オマエ、サボリなんだろ? 

 一日中テレビ見てたろ?  

 何で巻機山の事、どこのテレビもあれから全然取り上げないんだよ?  

 魔女だぜ? 魔法だぜ?? 只事じゃないだろうが?」

「只事じゃないからやろなぁ」

わたし達二人に、あいちゃんが割り込んだ。 ハナちゃんの机に座る。

「ハナちゃん、アタシらが考えてるよりメッチャ厳しい立場におるんや。  

 魔女ってなんや、魔法ってなんやーってのを、国の偉い人に全力で説明せなあかん。  

 アタシらがノリと勢いでそれらを受け入れたんとは、訳が違う世界なんや。  

 その為の・・・転校やさかい」

「だからって、こんなに早く・・・。 お別れも何もないなんて・・・」

まりなちゃんもやってきた。 これで巻機山委員全員集合だ。 ・・・本日付けでリストラだけど。

「全く、政府って奴はよ!」

何にでも反抗したがる年頃なのはもうとっくに過ぎてるとは思うけど、そんな小竹のやりきれない気持ちはよく分かる。

別に日本政府は悪い事をしてる訳じゃない。 

はづきちゃんも言ってたけど、冷静に考えればこれは当然やるべき処置なのだ。

ラスのみんなも、多分それは今更ながらにそう感じているとは思う。

ハナちゃんが突拍子もなく現れて、いきなりこのクラスに溶け込んだ事態の方が・・・冷静に考えるとおかしい事なのだ。

「今頃、ハナちゃん何してるんやろ?」

あいちゃんが切なそうに窓の外を見る。 わたしもつられて窓から見える美空の景色に目を移した。

もうその町にさえ、ハナちゃんがいないのを知ってはいるけど・・・。

 

 

 

 

「次は何をするのですか?」

そんな声はどう聞いても楽しんでいるとしか思えないな、と伊東は思った。

東京大学医学部研究所付属病院の無機質感溢れる廊下を、看護婦二人、魔女一人を引き連れて歩く。

たまにすれ違う患者や病院関係者は、必ずと言っていいほど振り返っている。

・・・やはり銀と金の髪、鳶色と緑色の瞳など、色コラボレーションの祭りでもされてるんではないだろうか、

とばかりの魔女の容姿は目立つ事この上無い。

魔女は容姿もその楽しそうな雰囲気も、病院には場違いな事この上なかった。 

正直、居心地が悪い。 看護婦はこの奇妙な患者(?)をどう思っているのだろう。

「・・・次は、肺活量検査です」

付き添いの看護婦が、ぎっしり書かれた今日の検査項目一覧表をめくり、そう答える。

心なしか声がひきつっているように感じるのは、伊東の先入観だからだろうか。

「はいっ」

「・・・楽しそうですね」

ハナの声につられて、思わず伊東はそう言ってしまう。

「ええ、私にはどれも未体験なものばかりですから・・・。  小学校で行った身体検査よりも、随分たくさんあるのですね」

声がウキウキしている。

「・・・今日一日では回り切れない程のアトラクションを用意していますよ」

ねえ、と伊東は白衣のアトラクションナビゲーターに同意を求める。 引きつった笑顔で彼女達は頷いた。

「それは・・・楽しみですわね」

何の臆面も無く、ハナはにこやかにそう答えた。

(・・・まあ、スネられるよりはよっぽどいいんだが・・・しかし、ね・・・  

 美人看護婦に、超美人魔女・・・。 シチュエーションは面白いんだがなぁ)

デートというよりは、子供に一日中居たくもないテーマパークに付き合わされている親の気分を思いながら、

伊東は頭を掻きながら歩いた。

今日一日はずっとこうだ、と思うと、早くもため息が出そうになった。

 

 

 

 

「・・・ん、 ・・・ん。 そうか。 そうか・・・。  

 ・・・楽しむのもええが、あまり迷惑をかけるでないぞ?

 ・・・。 

 ・・・まあ、そりゃそうじゃが・・・」

マジョリカが横で電話を取っている。

会話の内容からして、おそらくはハナちゃんからなんだろう。

 どうやら家(ハナちゃんにとってはここが家だし)に電話をする自由くらいは与えられてるみたいで、よかった。

・・・に、しても・・・。

「あの、すみません」

店内のお客さんから声があがって、わたしは『はいはーい』と軽い返事をしながらも

電話に後ろ髪を引かれつつちょっと重めの足取りでカウンターを出た。

それにしても、どうしてこんな時にお客さんがこんなに店内にいるんだろう!

まるで嫌がらせか、と思うような人数が、いつも暇で暇でどうしようもない程の魔法堂を埋めている。

まあ、そう言っても7・8人くらいなんだけど、これにしても今の魔法堂にはかなり多いくらいだ。

しかもなかなか客足が引かない。 わたしはさっきから魔法グッズの説明やらで、久しぶりに働いている感覚を味わっていた。

「・・・ん? どれみ? ああ、おるぞ。  

 ・・・ひょっほっほ、オマエがテレビに出てくれたお陰で、嬉しい悲鳴を今あげとるところじゃ」

「あげてないよ!!」

勝手な事を言ってるマジョリカに、遠くから叫ぶ。

「ハナちゃんなんでしょ? 代わってよ!! オーナー!!」

わたしがたまらなくなってそう追加で叫ぶと、マジョリカは明らかに罵倒しそうな勢いの表情でわたしを睨んで手招きした。

パタパタとカウンターに舞い戻るわたしへ受話器を渡す前に、小声で怒鳴りつける。

「バカモン、客がおるのにデカイ声でハナの名前を出すでないわ!  

 今来とる客は、みんな一昨日のテレビを見て魔女に関心を持った連中じゃぞ!  

 昔のおんぷ目当てのファンのように、パニックになったらどうする!」

わたしは言われて、店内を見渡した。 目が合うと逸らしたけど、確かにお客さんがみんなじっとこっちを見ていた。

すんましぇん、と更なる小声で呟き、わたしはやっと受話器を渡してもらえた。

話す前に、もう一度マジョリカが更に小声で耳打ちする。

(盗聴くらいはされてると思えよ。 滅多な事を喋るんじゃないぞい)

・・・言われなかったら、喋っていたと思った。 本当に、昨日の今日で、わたしは全然バカだ・・・。

「・・・もしもし、ハナちゃん?」

『え? どれみ? ちょっと声が小さくて聞こえないけど・・・』

「あ、うん、ごめん。 お客さんたくさんいるから」

『あ、忙しいの? ごめんなさいね、そんな時に。 電話できる時間、今しかないみたいだから』

いいよ、とわたしは言った。

『美空高校、どう? みんな、何か言ってた?』

ちょっと悲しそうな声で、ハナちゃんはそう聞いてきた。 どうせ聞かれてるなら、精一杯アピールしておいた方がいい。

多少大げさに、わたしはみんながハナちゃんの事を聞いてすごくがっかりしてた事や、小竹が一人で荒れてた事、

まりなちゃんがすごく落ち込んでた事などを伝えた。

「・・・とにかく、やっぱりハナちゃんがいなくなって寂しいよ。 せっかく仲良くなれてたのにね」

電話越しのハナちゃんは、小さく『うん』と答えた。 

・・・しまった、おおげさすぎてハナちゃんを悲しませちゃったかもしれない・・・。

「と、ところでさ、ハナちゃんは新しい学校にはもう行ったの?  

 美里音大付属、だったよね。 はづきちゃんと一緒の」

遠慮なく、はづきちゃんの名前を口にした。

わたしとはづきちゃん、ハナちゃんの関係なんか、どうせ調べられればすぐに分かる事だから、とはづきちゃんは言っていた。

開き直っているっていうか、心臓強いっていうか・・・はづきちゃんのそういうところ、昔から強いなあ、と思う。

『ええ、そうよ。 でも学校に行くのは明日から。  今日は手続きとかをやってもらっただけよ』

「そうなんだー。 ハナちゃん、音楽専門学校なんか行って、大丈夫なの?  普通の高校とかとは違うよ?」

『人間界に来て、ほとんどが私にとって『普通と違う』事ばっかりなのだから、変わらないわ』

「そうだよね」

わたしたちは笑った。 電話越しだけど、こうやってハナちゃんと楽しくお喋りできる環境にあって本当によかった。 

昨日の夜には、もうこんな事層々できないだろうなあ、と思っていただけに。

「明日かぁ~。 そっか、ハナちゃん、頑張ってね」

『ええ、ありがとう。 どれみも、クラスのみんなによろしく伝えてね。  

 じゃあ、切るわね。 おやすみなさい』

「うん、バイバイ」

ガチャ、と受話器を置く。 

おやすみなさい、とは随分お早い就寝ですね、と心の中で突っ込んだ。

 

見れば、マジョリカが珍しく接客をしている。

「すみませーん」

わたしも男性客に呼ばれ、店内に出る。 ハナちゃんの電話の後で、ウキウキ状態だ。 

お客さんはツイてる。 どれみ最高の接客をいたしますよ♪

「これは、どういう効果のあるグッズですか?」

「はいぃ、これは、主に出会い運を高める効果がある魔法がかけられていますっ。  

 お客さんは、どういう魔法グッズをお探しですか? 恋愛効果ですか? 仕事ですか?  

 金運とか、安全祈願とかっていうのもありますよ?」

「ははは、神社のお守りみたいだね」

「ええ、神様が魔女様に変わっただけですから。 ご利益・・・ではなく、魔法効果は抜群ですよ!」

「・・・へえ、すごいな。 これ、誰が作ったの?」

わたしの首飾りを手にとって、しげしげ見ながらお客さんが聞く。 御目が、高いっ!! 

昔はどれみ製商品を散々言われてきたけど、さすがに7年くらい経てば熟達した職人の業も出るってぇもんよ・・・。

「あ、はい! わたしです! ここの商品は、全部手作りなんですよ」

「じゃあ、このグッズに魔法を込めてるのも君たち?」

「はいぃ、そういう感じです♪ 心もこもってますよぉ!」

「なるほど。 じゃあ、君も魔女なのかい?」

「それは秘密♪ですよ~。 あ、でもその首飾り効果は抜群を保証します・・・」

と、そこまで言って気が付いた。 このお客さんの目が、何時の間にか商品から離れて、私を冷たく突き刺している事に。

わたしの背中を、一瞬で冷たいモノが通り抜ける。 

思い当たった答えに、わたしは今声を出したら一発でボロが出そうなくらいに震えが来ていた。

「・・・じゃあ、せっかくだからコレ、もらおうかな」

そう言ったお客さんの目は、にこやかになっていた。 さっき感じた悪寒はどこにもない。

「あ、ありがとうございます」

だから、わたしも少しは安心感が戻ってきて、普通に声が出せた。

レジに戻って会計をし、包みを渡す。

20台後半くらいの会社帰りっぽいサラリーマン風のお客さんは、また来るよ、きみ結構かわいいしね、

と、ンな事本当に言う奴いるのか、的な台詞を残して帰った。

いつもならそんな台詞におおはしゃぎするわたしだったけど、不思議とちっとも嬉しくなかった。

逆に、もう来ないで欲しい、と心密やかに願っていた。

 

「ただいまー」

かなり忙しかったバイトが終わり、とぼとぼな足取りで玄関にたどり着く。

「おかえり。 ねえ、どれみ、あなた一昨日の夜何してたの??」

帰ってくるなり、お母さんが表情を難し目にして玄関までやってきた。 その質問に、かなりドッキリする。 

平静を頑張って装い、わたしは自分の表情を気にしながらも答えた。

「何って・・・ 言ったでしょ? ハナちゃんがテレビに出てないから、魔法堂行ったって。  

 そしたらハナちゃん達居なかったから、はづきちゃん達と少し話しながらブラブラして、帰ってきたって」

わたしが怪しく思い出しながら話したこの内容は、昨日はづきちゃん達と示し合わせておいている。 

そっちから足がつくハズはないと思うけど・・・ちょっと不安だった。

そんな気持ちが伝染したのか、お母さんまで表情が不安だ。

「何? どうしたの?」

問い返す。

「・・・うん、いえね、夕方くらいにお巡りさんが家に来て」

お巡りさん・・・ 警察!?

「何で!?」

「ええ、まあそれが一昨日、高校生くらいの女の子が丁度あなたが出てる時間に事件を起こしたらしくて。  

 何か証言とかなにやらで、どうも美空高校の女の子だとかで・・・  

 で、アリバイっていうの? あなたの。 そんなの聞かれたわよ」

わたしは唖然とした。 靴をぬごうとした手がそのまま、固まった。

「ああ、でもね、聞かれた時間はあなたが帰ってきた後の事だったから。 10時?から12時くらいまでの。  

 ちょうどあなたがぽっぷと部屋にいた時間?だったから。 

 別にそれで心配とかする事ないんだけど」

・・・。 

そっか、ドドを身代わりにしてくれてた時間だ。 改めて、ぽっぷに大感謝。 

アンド、自分のうかつ具合にこれでもか、とムチ打ちたくなる。

「お母さん、ドキドキしちゃったわよ。 アンタ、親に心配させるような事は絶対しないでね?  

 ただでさえ、最近夜の外出多いんだから」

「は、はーい・・・」

ようやく靴脱ぎ行為を再開し、わたしは家に上がった。 夕飯の匂いが鼻をくすぐる。 

さっきまでは空いたお腹が今にも騒ぎ出しそう・・・

・・・だが、今はそれがしん、としたように収まっている。

魔法堂のお客さんに、今の話。

 どちらもハナちゃんや、わたしには全然関係ないと言える。

・・・でも、予感はしている。 

これは、わたしだ。 わたしを、調べているんだ・・・と。

こうして現実にこんな事実が差し迫ってくると、急にあらゆる感覚がわたしに麻痺を起こさせる。

「・・・? どうしたのどれみ、ボケーっとご飯を目の前にして座って」

そんなお母さんの声さえも、何か他人のように聞こえるのだ。

「な、なんでもない。 いただきます」

わたしはご飯と一緒にそんなあふれ出る負の感情を飲み込もうと、いつもより乱暴に夕飯に手をつけた。

 

 

 

 

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