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<高校生編> ダ・カーポ ~最初に戻る~

<20>

 

眠れぬ一夜が明け、はづきは再び教室に舞い戻っていた。

クラスのいつもと変わらない朝の喧騒の中、座席に座る。

座ったとたん、不意にはづきの脳裏に昨日の放課後の記憶が時を飛び越えて意識に直結した。

・・・何も解決できなかった。

はづきは本当に昨日の放課後の続きをやるように、登校して早々机に突っ伏すのであった。

「おいおい、寝るのかアンタはいきなり」

思いがけない声。 その明るい声に弾かれたように、はづきはガバっと上体を起こす。

「うわっ、びびったっ」

「圭ちゃん・・・!?」

はづきのいつもと違う声色に、圭は『ハァ?』と顔をしかめながらはづきの机に腰を乗せる。

「なに、そのビックリ顔は。 アタシの顔なんか、見慣れてるでしょうが?

 なになに? ひょっとして、今日のアタシってそんなに輝いてる?」

いつもの圭だ。 いつもの軽口が出た後、圭はあははっ、と自分で笑う。 

そう、いつもの圭だった。

「・・・圭ちゃん・・・  元気、でたんだ」

はづきがそう安心したように言うと、

「元気ィ?」

と圭はやや答えづらそうに変な顔をする。 はづきはウンウン、と素早く首を動かした。

「・・・いや? まだ出てないよ」

と、圭はそんな台詞を普通に答える。

「そんなの、一日かそこらで立ち直れるわけないじゃん。  夢でもなんでもなく、アレは現実なんだからさ。

 ってか、落ち込んだり考え込んだり、  やる事いっぱいでアタシも正直忙しくって訳わかんなくって」

・・・もしかして・・・。

圭は、こうして無理に平静を装っているのだろうか。

クラスのみんなも、全然昨日の朝と変わった様子は無い。

だが、どうなのだろう。

もし、この場に・・・。

「それはそうとさ、ホラ、学内選考もなんだかんだいってもう日にちないじゃん?

 オマケに明日からは百合内(ゆりうち)神がご降臨なさってくれる日だし、学校にきてバイオリン弾くしかないじゃん!」

「ああ、そうだったわね。  そっか、明日から百合内先生が・・・」

「恐れ多い! 『神』と呼びなさい!」

と、圭がはづきをビシッと指差し、いつもの二人に戻りかけたと思ったその時・・・。

そんな二人の会話が、不意に途切れた。

・・・いや、教室全体の雰囲気が、一瞬だがその時止まったような気がした。

「・・・おはようございます」

朝の空気にピッタリなくらいな微笑みを乗せて、ハナはそう入り口で会釈すると、教室の中に入る。

挨拶を返した者はいたのだろうか。

ともかく、見た目ハナは昨日の朝とまるで変わらないような笑顔で、

机の間を通りながらそこに座る級友達へ几帳面に『おはようございます』と一声づつかけながら、はづき達の方にやってきた。

「おはようはづき、おはようございます圭さん」

ぺこり、とハナは頭を下げる。

「おはよう、ハナちゃん」

はづきがにこやかに返す。

・・・近づいてみて、一発ではづきは分かった。

ハナの笑顔は、偽者だ。 はづきだから、親だから分かる。 

その微笑みが、とても痛々しいものであることが。

・・・だからきっと、自分の笑顔の中身もバレている。 はづきはそう思った。

「おはよ」

圭は別段愛想よくも悪くも無く、転校してきたばかりの生徒に対する極めて一般的と思われる態度で挨拶を返した。

「・・・今日は、そんなの持ってきてるんだ」

圭がハナの下のほうに目を落としながら言った。 はづきもその圭の言葉で気付く。

ハナは手に、バイオリンケースを下げて持っていた。 よく見ればカバンは背負っている。

「え、ええ・・・。 バイオリンクラスですから」

「ハナちゃん、バイオリン弾けたの?」

はづきの最もな質問に、ハナはやや無理をするように笑みを保ちながら、

「・・・その・・・ なんというか・・・」

「まあ、魔法ってのがあればどーとでもなるから」

それがハナの続く答えだったのかは知らないが、圭がサラリとハナの代弁をする。

「・・・あの・・・いえ、そんな・・・」

歯切れ悪く、ハナはそのまま俯いた。 

はづきが何か言葉をかけようとした時、チャイムが鳴る。

「ああ、はじまっちゃった」

圭は軽く呟くと、二人に目もくれずに自分の席へと戻っていった。

・・・この場に、ハナが来てよく分かった。

この『いつもの空気』に、ハナは混じれない。

みんながハナを、魔法を拒絶しているのが・・・よく分かった。

 

それは、この日一日の学校生活でも、身に染みてはづきは感じる事ができた。

そしてそんなはづきがそれ程に感じているのだから・・・。

ハナ自身は、一体どれほどの孤独感と疎外感を感じているのか、想像に容易かった。

隅に隠れるようにしてハナのバイオリンの練習を手伝うはづきは、

そのハナの気持ちに押しつぶされそうになって泣こうと思えば何度でも泣ける準備はできていた。

が、ハナは逆にそんな空気に逆らうように、いつも笑みを忘れずに立ち振る舞っていた。

「・・・はづき、ここは・・・どう押さえるの?」

そうやって『楽しさ』を振舞うハナは、その表情が、雰囲気が、明るければ明るいほど、はづきの胸を刺す。

今日ほど微笑むのが難しいと思った日は無い。

だが、ハナの気持ちを汲むには自分は笑っていなければならない、と、はづきは心を鎖で縛った。

 

昼休み。

チャイムと共に、ハナは連れ添いの監視役の方々とすぐに何処かへ消えた。

「はづ吉~」

そんなはづきを、圭はいつものように誘う。 

教室の入り口には、矢田も顔をのぞかせている。

はづきと圭、そして矢田。 このトリオで昼食を取るのは、いつもの事だった。

「・・・ねえ、はづ吉」

高等部校舎の屋上は、生徒の昼食タイムを過ごすのに人気のスポットの一つである。

そこには中庭よろしく真中に植え込みがあり、そしてそれを囲うようにフェンスに沿ってベンチが置かれている。

はづき達はその一角を3人で占拠し、各々のランチに手をつけていた。

その、普段よりも全くランチの進み具合が遅いはづきに対して、圭が声をかけた。

「はづ吉ったら」

「・・・え? あ、うん? 何?」

矢田はそんなはづきの様子に少しため息をつく。 

・・・昨日とまるで変わってはいない。

「いつまであんなことしてるの?」

唐突な台詞に、はづきは理解が遅れた。

「あんなこと?」

「そ。 あんなこと。  いつまで魔女さんにかまってるの?」

まるではづきが野良犬の世話をしているかのような言い方で、圭はそうはづきに問う。

「・・・あんなことって・・・」

「どう見ても『あんなこと』じゃない?  だって、彼女バイオリンを手にしなくたって、上手に弾けるんでしょ?

 なんでいまさらああやって人間の真似事しなきゃならないの?

 なんか意味あるわけ?」

「・・・い、意味って・・・」

圭は何かに取り憑かれたように畳み掛ける。

「分かる。 一応、分かるよ?

 ああやって私達と同じ事をしてみて、同じ苦労を分かち合ったりして、

 少しでも私達と一緒の気持ちになりたいんでしょ?

 仲良く、打ち解けたいんでしょ?

 なんとなくね、分かるよ?

 要するに、保育園の先生が子供に好かれるようにやる事と一緒っての?

 『みんなー、なにちてあそびましゅかー』って、そんなカンジ?」

「圭」

矢田が鋭く声を出した。 

はづきは固まったまま、動いていない。

「なによ、矢田。  あなたもはづ吉と同じで、心に余裕でもあるわけ?」

「そんなん、ねえよ」

「圭ちゃん、私は・・・」

「無理よ!!」

感情が高ぶった圭は、立ち上がってまでそう叫んだ。 

膝に乗せていたサンドイッチが転がる。 それを気にする者は、誰もいない。

「無理よ、無理なの!

 アタシだって、自分がなんでこんなに小さい人間なんだろって、泣きたくなるくらい分かってるの!!

 でも無理なのよ!!

 あの子には、音楽では通じ合えない!!

 アタシは・・・音楽に、全部をかけてきたから!!!

 アタシはアタシの音楽で、夢をみてきたの!!

 それを・・・!」

・・・昨日の、まさに繰り返しだった。

朝にはづきが感じた記憶の結合は、こんなところまで忠実に昨日を再現していた。

再現しなくてもいい、現実を。

「あの子の音・・・

 昨日の演奏も、今日ずっとアンタと一緒にやってた下手くそな音出しも、何から何までアタシの音を狂わせるのよ!!

 ・・・もう、やめてよ・・・。  どうしてあんなの、ウチに来たのよ・・・

 あの子、一体ウチに何しに来たのよ!!!」

はづきは立ち上がった。

そして、

おもむろに圭の頬に平手を放った。

パチン、というそれ程派手な音はしなかったものの、矢田と圭を凍りつかせるのに十分な音だった。

そしてはづきは何物も寄せ付けない空気を持って、足早に無言で去る。

圭は叩かれた頬を押さえることもせず、只呆然と虚空を見つめていた。

「・・・よかったな」

しばらくの余韻の後、矢田ははづきの弁当箱をまとめてよっこらせ、と立ち上がった。

「男だったら、ソレで済んでねーぜ」

ポン、と圭の肩に手を置く。

圭は『何をされたか』を分かっていないような、本当にキョトンとした顔で矢田を見た。

 

 

 

 

 

「ううっ・・・ うっ・・・ う・・・」

演奏ホールの脇通路は、滅多に人の通らない個所の一つである。

圭を叩いた後、はづきの足は知らずにここに向いていた。

体全体が、『何処か泣ける場所』を求めての結果であろう。

最もここに来る途中で既に、はづきの目からは堰を切ったように涙があふれてしまっていたのだが。

はづきは嗚咽にも似た泣き声で、ホールの壁に背をもたれかけ、天を仰ぐ。

何も見えない。

当たり前だ。 

目を閉じているのだから。

目を開ければ、空が見えるだろう。

だが、見えない。

当たり前だ。 

涙が邪魔をしているのだから。

・・・。

今と同じ状態だ。 

この状態・・・どんなにあっても、晴れた空が見えないこの状態。

それが、今のハナにそっくりなのだ。

自分の右手を見る。

切なくなって、はづきは気持ちのタガどころか体のバネが切れたように、そのまま膝を落として再び泣いた。

もう、考えたくなかった。

無理だ。 

これは、もう自分では無理・・・。

遠くに、予鈴が聞こえる。 午後の授業がもう少しで始まる合図だ。

はづきは当然無視を決め込んで、そのまま膝を抱えた格好で固まることに決めていた。

 

「・・・藤原さん、予鈴ですよ」

不意に、思いがけないほど近いところから声がした。 顔をあげはしなかったが、はづきは思わず目を見開いていた。

「藤原、はづきさんですよね。 授業をサボるのはよくないです。

 ・・・ハナさんは、もう教室に戻りましたよ」

はづきの記憶にかすかに残っている男の声に、ゆっくり顔をあげる。

目の前に、黒いスーツ姿の男が立っていた。

はづきが顔を見せたのを確認すると、男は嬉しそうにタバコをフゥ、と一服吹かした。

「・・・すみませんね。  ここしかタバコ、吸えそうな処ないものでして」

別に物陰から覗いていたわけではないんです、とその男・・・たしか、内閣調査室の伊東とか・・・は、言った。

周りに人がいるかなんて確認はしなかったのははづきの方である。

はづきは急いで涙を手でぬぐうと、いいえ、と小さく答えた。

「・・・あなたもお昼休みは一人で泣くんですね。  まあ、このことは魔女様には黙っておきましょう」

「・・・あなた、も・・・?」

微妙な言い回しに感付いたはづきを喜ばしく思い、伊東はどこか寂しそうな笑みを浮かべて頷く。

「魔女とはいえ、女子高生です。 17歳です。  辛くて泣くことも、そりゃ不思議じゃないでしょう。

 ましてや不慣れな人間の社会、差別されて当然の世界、理解されなくて当たり前の世の中です。

 そんな環境に、仲間の助けもなくたった一人で生きているんです。

 泣いて当たり前なんですよ」

伊東は吸殻を携帯灰皿にしまう。

「我々の知らないところでね、彼女は泣いてます。  思いを吐き出すようにしてね。

 彼女を見れば分かります。

 こういう思いが、彼女の言う『人間界の勉強』なんでしょうね。

 だが、彼女の心の繊細さでは、このままだと潰れてしまう」

ここまで伊東は独り言のように、はづきの見れなかった空を見上げながら呟いていた。

が、伊東は不意に膝を折り、同じ目線になってはづきの目を優しく見る。

「助かってますよ。 藤原さん。  ハナさんは、あなたに随分助けられています。

 今日の午後の授業に出られるのも、きっとアナタがいるからなんです。

 アナタがそんなに泣いている意味を、私は知らない。  だが・・・」

伊東は手を出した。

「ハナさんの為に泣いているのだとしたら、もう泣くのはおよしなさい。

 アナタが泣くと、ハナさんはもっと泣く。

 ・・・この学校では、辛い思いをするだけでしょう。

 アナタだけが、彼女がここに来て生きる、唯一の理由なんだ。

 私はそう思っています。

 さあ、アナタもハナさんを本当に思っているなら、立ってください」

何を迷う必要があるだろうか。

はづきはためらわず、伊東の手を取った。 そして立ち上がる。

「ハンカチ、いります? 多分持ってますよね」

はづきは頷き、胸のポケットからハンカチを取り出すと、目尻と眼鏡を丁寧に拭いた。

「藤原さん」

伊東は少し真面目な顔で、はづきの目を直視する。

「私たちはまだ、魔女について知識が少ない。

 アナタのように、本当に心から彼女の身を案じるような理解を持っていない。

 ハナさんがアナタにどうしてそんなに信頼をおけるのか・・・

 アナタがどうしてハナさんにそんなに心を寄せられるのか・・・

 ・・・少し、聞いてもいいですか」

はづきは別にたじろきも驚きも、特別な反応も見せなかった。

ハンカチを仕舞い、眼鏡をかけなおしてスカートの砂をパンパンと払うと、 吹っ切れたような笑顔で伊東に答えた。

「・・・大事な、友達だからです」

「・・・ともだち、ですか・・・」

「ええ。 どうも、ありがとうございました」

ものすごく深く頭を下げ、この場にやってきた時とはまるで正反対な顔つきで少女は駆けていく。

伊東はそんなはづきの後姿を黙って見送った。

 

 

 

「えっとー、それは、ですね?  恋愛の、出会い運がすっごくよくなるって言う首飾りでして・・・」

何人目かのお客さんを接客。

チラリと時計を見る。 もう7時半を回ろうとしていた。

ああっ、もう、お店閉める時間なのに・・・ と、わたしが少しやきもきしていると、店のカウンターの黒電話が鳴った。

「うわっ、ジリリとか言ってる!」

「ええっ? あれ置物じゃなくて、ホンモノの電話? すごい!」

・・・電話鳴ると、お客さんみんなそう驚くんだよね・・・。

わたしは足早にカウンターに戻って、受話器を取った。

「はいっ、マキハタヤマリカの魔法堂ですっ」

『・・・どれみ?』

その声は・・・ハナちゃんだった。

思わず叫ぼうとしたが、前回、そして前々回と同じようなリアクションを取ってマジョリカに怒鳴られっぱなしだったから、

今回は踏みとどまった。  踏みとどまった後で、今はマジョリカが留守なのを思い出した。

・・・ま、いいや。

「うん、わたしだよ。 ハナちゃん元気?」

『・・・』

「? ハナちゃん?」

『・・・うん、元気よ』

「そう。 それならよかった。  とりあえず元気がないと、何やってもはじまらないからね!」

これはわたしの持論ではある。 まあ、全然『じろんっ!』って風に偉そうに聞こえないけど。

『・・・うん、そうよね』

「で? どうしたの?」

『うん、ただ、どれみの声聞きたかっただけ。  じゃあ、時間ないからもう切るね』

「えっ? ハナちゃん? え? それだけ・・・」

わたしはツーツー言う電話に話し掛けていた。

どうしたんだろう。 

何だか全然、言ってるほど元気が無かったような・・・

と、再び電話だ。 今度は店の黒電話ではなく、わたしの携帯が派手な着メロを流している。

画面を見る。 はづきちゃんからだった。

「はいっ、はづきちゃん? どしたの?」

『・・・』

「はづきちゃん? ・・・だよね?」

『・・・うん、私。 ごめんね、今仕事中だったでしょ?』

「うん、だけどもう終わるよ。  で? 何?」

『・・・うん・・・。  ただ、ちょっとどれみちゃんの声、聞きたかっただけ』

「は、はぁ~??」

『ごめんね。 また電話するから。  じゃあ・・・』

プツッ、とはづきちゃんの声も途絶えた。

・・・。

二人して、何か企んでいるんだろうか?

でも・・・。

二人の声に、ちょっと元気が感じられなかった。 

学校で、何かあったのか・・・。

一瞬そう頭を過ぎったけど、わたしはすぐにそれを振り落とす。

美空高校であんなに人気者になれたんだもん、向こうでもきっと引く手数多で疲れてるんだろう。

そのうち、東京のテレビ・・・いや、全国放送でハナちゃんの魔法音楽祭、みたいなのが放送される日も近いかもしれない。

・・・考えただけで、ワクワクする。

「すみません、これ、いいですか?」

「あっ、はーい!」

わたしはこの時、そんな二人の事をちっとも知らなかったわけで。

そう呑気に楽しい未来を想像して、最後のお客さんをサバキにかかっていた。

 

 

 

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