<24>
ハナは暗闇に点在する、赤いたくさんの星を車内からぼんやり見ていた。
ふぅ、と疲れたようなため息が漏れ、小さい内ドアの肘掛に肘をつき、その夜景を眺めたまま頬杖をつく。
「お初にお目にかかるでしょう。 ・・・これが、首都高速名物の『渋滞』というイベントです」
声は明るかったが、助手席の伊東も台詞と共にため息を漏らす。
伝染したように、部下のドライバーもハンドルをポンと一叩きしてそれに習った。
「車の赤いライトが、まるで星のようですね。 ずっと、続いている」
「詩的な事を言いますね。 そう、迷惑な天の川って事ですよ。
ゴールデンウィークの最終日ですからねぇ。 世間は。 すっかり失念してました」
前の車が動いた。 そのちょっと開いた距離を、目ざとく漁るようにして進む。
「去年はたらふく休めたんですけどねぇ・・・。 一体何してたのかは忘れましたけど」
「・・・私のせいでしょうか?」
ハナは天を写した人工の空から目を外し、申し訳なさそうにバックミラーに見える伊東の表情を覗き込んだ。
そんなハナと目が合い、伊東は少し自嘲気味に呟く。
「・・・いえ・・・。 多分、我々のせいですよ」
「・・・?」
「我々人間が、あなたをちっとも理解しないからです。
ハナさんこそ、毎日毎日同じ事をあの研究所で繰り返させられて、辟易でしょう」
「・・・いえ」
そう答えたハナの表情には、あからさまに無理がある。 鏡越しだが、伊東にはその疲れが見て取れていた。
「申し訳ないですね。 本来なら学校のお友達と一緒に、何処かへ遊びに行ってる所でしょう。
人間界での楽しき思い出、一つ作り損ねさせてしまったみたいで」
ハナは首を振った。
それは否、の意味を表したものか、それとも連休前に伊東の言葉通りにハナを遊びに誘いに来たはづき達の事を思い出し、
それを頭から振るい出す為だったのか・・・。
「気にしないで下さい。 人間界が私たちを受け入れて下さるのなら、そのようなものは後からでもたくさん作れますから」
伊東はしばらく考えて、そうですね、と小さく言った。
車は再び、その会話の終わった後に進む。 縮まった距離は、目的地を考えるとスズメの涙程であるが・・・。
「あー、こういう時こそ魔法でしょうねぇ。 こう、カーッと空を飛んで、スッキリしたいっていうか・・・」
ドライバーは思い出したように、そう叫ぶ。
「・・・そうですね・・・。 でも・・・私たちだけがそのような思いをしたら、一歩づつ歩んでいる他の人は良く思わないでしょう」
憂いを含んだハナの声に、ドライバーは失言した、とばかりに顔をしかめた。
そう。
ハナはそんな人間の気持ちやその時受けるべき眼差しを、つい最近まで体験していたのだから。
「まあ、そんな魔法を使ってこの退屈な時間を凌ぎたいところですが・・・ 残念ながら、我々が認めませんから。
こんな人間が大勢いるところで、そんな事をされては困ります。 今は」
少し沈んだ空気を、伊東は軽く声に笑いを含ませて霧散させた。
「・・・そうですよね」
「ハナさんも、そうやって我慢し通しで本当にご迷惑かけます。
それで、という訳ではありませんが・・・ この連休を潰してしまったお詫びも含めて・・・」
伊東は少し悪戯っぽい笑みを浮かべてバックミラーではなく、振り返ってハナを見た。
「来週の日曜は、御勤め無しです」
ハナの動作は無かったが、眼が動いていた。
「それはお休み、自由にしていいという事ですか?」
「そうです」
その言葉に、ハナは無邪気な微笑みを浮かべて小さく自分を祝うように拍手をした。
「あ、それでですね」
伊東は付け加える。
「実は、私も丁度その日、お休み貰ってるんですよね」
偶然だなぁ、と言う伊東の顔を、部下は『まさか』というような顔で凝視している。
「どうです? 何処かに遊びにいきませんか? 一緒に」
一瞬、車内の空気が微妙な温度で固まったかのように思えた。
「・・・え? あの、お仕事・・・といいますか、その、私の監視とか・・・ ・・・そういうのを含んでですか?」
伊東は首を振る。
「いえ、全くのプライベートですよ。 イヤでしたらイヤでいいです」
ハナは何を思っているのか、ちょっと目線を落とし、少し頬を赤らめながらもう一度伊東の顔を見直した。
「・・・それって・・・ その、デートですか?」
その答えに伊東は嬉しそうに顔を綻ばせると、ピッと人差し指をハナに指して言う。
「正解」
プップー、とクラクションが車を押す。
慌てて部下が気づけば、列の進める距離がかなり空いていた。
結局・・・。
「なーんにも、しなかったよ・・・。 ゴールデンウィークは、ずーっとマジョリカにこき使われっぱなし」
と、わたしはウキウキ連休の明けた朝を、そうあいちゃんに愚痴りながら坂道を歩いていた。
「アタシも走りっぱなしや・・・。 大会も来月やさかいなぁ・・・。 鬼コーチの、厳しいこと厳しいコト」
ハァ、と二人してため息をつく。 五月の爽やかな朝の空気を汚してしまって申し訳ないのだけど。
「あ、でもな。 ハードワークで疲れが溜まるといけない言うて、今度の日曜はオフやねん」
「あっ、そうなの? 実はわたしもだよ? あまりにも使われすぎたからマジョリカに文句言ったら、じゃあ次は休みで、って」
なんや、そうかー、と、あいちゃんは笑った。
「じゃ、あいちゃん、久しぶりに一緒にどっかいこっか?」
「ん、せやな。 ・・・どうせなら、はづきちゃんにも声かけてみいひん? 上手く休みとは、限らなんと思うけど」
「そうだよね~。 学校代表でコンクールに出なきゃならないんだもん、
きっと休む暇なんかないんだろうね~。 はづきちゃんだし・・・」
「ま、ええわ。 一応ちとダメ元で、メールでもしとく」
「あ、あいちゃん・・・ メールは・・・」
ダメだよ、とわたしは言いかけた。
何故ならはづきちゃんが前に一人でわたしのドジの後始末をしてくれた時、向こうはわたし達の携帯のメールまで
勝手に閲覧できるから、と報告してくれたから。
よって、わたし達の連絡は直接口頭でするか、秘蔵のパトレーヌコールでという事になっている。
「心配せんでもええって」
あいちゃんはそんなわたしを制して、苦笑しながら携帯を操作する。
「こんなん、単なる遊びの約束やないか。 別に知られようがどうでもええやん?
それに今日ビの女子高生、メール打たん方がおかしいやろ?
はづきちゃんも言うとったけど、アタシらは向こうがコッチの事を調べとるってな事、 知らんハズなんやで?」
「・・・そ、そっか・・・」
ポリポリ、とわたしは頭を掻く。
どうもわたし、未だに自分の置かれた状況をよく理解しきってないかもしれない・・・。
「それにパトレーヌコール、アレを人前で出すのん恥ずかしいやないか」
苦笑いして、あいちゃんはメールした文字を一字一字発音しながら、文章を作っていく。
「・・・よ・ろ・し・く・・・と。 ホイ、とんでけピュ~」
ピ、と送信。
「さ、果報は寝て待て、や」
「ホント、寝て待ちたいよ・・・」
わたしは憂鬱に坂道の先の校舎を見ながら、マンデーブルーに浸っていた。
返事は昼休みに返って来た。
『重要かつ大事な相談あり。 本日7時、MAHO堂に集まられたし』
あれほどメールを使うな、と言っていたにも関わらず、大事をソレで知らせてくるなんて・・・
と、その返事が届いた時わたしとあいちゃんは青ざめて顔を見合わせた。
そしてわたし達は今、MAHO堂にいる。
一応営業中なので、わたしとあいちゃんは奥の居間ではづきちゃんを待つ。
ややあってマジョリカの『おお、はづき』という声が聞こえ、はづきちゃんが姿を現した。
挨拶もそこそこに、わたし達は緊張してはづきちゃんの言葉を待った。
「で? 重大な事ってなんやの?」
あいちゃんのソレに、わたしは思わずゴクリと喉を鳴らす。
今重大と言えば、ハナちゃん・・・もしくはわたしの事だ。
何かが、イケナイ方向に進んだのだろう。 何がバレたのだろうか。 何をやらかしたのだろう・・・。
はづきちゃんが口を開く前に、わたしは今日返信メールを見た時からそうやって一生懸命脳ミソの記憶棚を探していた。
「実は・・・ハナちゃんの事なんだけど」
はづきちゃんがチラリ、とわたしたちを不安気な目で一瞥する。
「・・・何か、マズイ事でも?」
あいちゃんの声は、真剣だ。 わたしも自分の事ではなかった、と安心するのも束の間、そんなホっと気分をスッ飛ばす。
落ち着いて聞いてね、とはづきちゃんはもったいぶる。
「・・・実は、ハナちゃん・・・ 今度の日曜日、デートするんですって」
スコーン、とだるま落としのトンカチが、わたしの頭の何かを吹っ飛ばしたような感覚。
「・・・はっ?」
あいちゃんがもう一度、何かを聞き違えたような顔ではづきちゃんに尋ねる。
「だから、ハナちゃん・・・今度、デートなんだって」
「誰と!!!??」
わたしの大声に、あいちゃんもはづきちゃんも体を硬直させていた。
「クラスメイト?」
あいちゃんの推理に、はづきちゃんは首を振った。
「それが、ハナちゃんといつも一緒にいる、あの内閣調査室の人」
「ええーっ!!? と、としうえーー????」
「どれみちゃん、声イチイチおっきい」
あいちゃんがそうやって嗜めるけど、今のわたしにそんなのは関係ない。
はづきちゃんはそんなわたしの反応をまるで分かっていたかのように、特に制するまでもなく続けた。
「ええ、年上。 多分、20後半くらいかしら」
「おじさん、じゃないんだ・・・」
「ええ・・・。 どっちかって言うと、多分カッコいい人だと思う」
どれみちゃんには悪いけど、と、はづきちゃんは何をもって悪いんだろうか、そう言った。
だけど、悔しいことに言わんとする意味はわかってしまう。
「・・・何かの、謀略とか?」
あいちゃんがやや心配そうに、そう質問を投げかけた。
「さあ、それはどうかわからないわ。 でも謀略にするとしても、どうしてデート?
あの人、ハナちゃんに何かしようと思えば何時でもできる立場にいる人よ?
だっていつも一緒にいるんですもの。 なんか違う気はする」
はづきちゃんはそう言って、コーヒーをすすった。
「・・・情が移った、って事やろか・・・? ハナちゃんに?」
「そうであればいいけど。 ハナちゃんもまんざらじゃあ、なさそうだったし。
・・・私に、デートの時の相談なんか真剣にしてくるくらいだもの」
自分で言ってて恥ずかしくなったのか、はづきちゃんは一度置いたコーヒーカップをもう一度手に取った。
・・・ってか、そんなのはどうでもいいんだ、この話はっ!
「で? わたし達としては、それを邪魔する必要がある、と!
ハナちゃんが何処の馬の骨とも分からない男に騙される前に!!」
わたしは力強く拳を握ってそう宣言したが、どうやら空回り。 はづきちゃんとあいちゃんは、ポカンとわたしを見ていた。
「・・・あ、あれ? そ、そうじゃないの?」
「いやぁ・・・そう直接嫉妬心を燃え上がらせんでも・・・」
ポン、と哀れむようにあいちゃんはわたしの肩に手を置く。
「し、ししし嫉妬!? ちょっと待ってよ、別にわたしは!? ハナちゃんはわたし達の娘だよ? ムスメ!!」
「ムスメに先越されるのは、辛い事やとは思うけどな・・・」
もう一度、あいちゃんは諭すようにわたしの肩を叩きなおした。
はづきちゃんは何かを見透かすように、すまし顔で立ち上がったわたしを見ている。
・・・そんな雰囲気に耐えられなかった・・・。
「・・・すみません、そのとおりです・・・」
ガク、と何か大事なモノが折れたような気がして、ついでにわたしの首も力なく折れる。
あいちゃんとはづきちゃんは慰めるように笑った。
「ってか、正直アタシもムッチャ気になんねん。
アタシとどれみちゃんを差し置いて、アタシらの知らん幸せを謳歌するんはまだ早い!」
「ええ、私も・・・。 相手が相手だけに・・・。 やっぱり心配」
三人の意見が合ったところで、どうやら今週の日曜日の予定は決まったようだ。
「じゃあ、そういうことで?」
わたしが明確に『何』とは言わなくても、みんなは頷いた。
「そやな。 そういうことで」
「そうね。 そういうことかしら。 詳しい事は、ハナちゃんから聞き出すから。 しっかりくっきり」
「頼んだよ、はづきちゃん!! これも、ハナちゃんの為なんだからね!」
わたしがはづきちゃんの手を握ると、はづきちゃんは複雑な笑いを漏らしながら頷いた。
それにしても・・・。
「・・・デートォ・・・かァ・・・」
ポツリ、と無意識に呟いたわたしの言葉の内の感情を読み取ったのか・・・
はづきちゃんとあいちゃんは、大げさに目頭をそっと押さえるのであった。
・・・ま・・・いいけどね・・・。