<27>
感動した。
何に、って、そりゃ勿論今見たこの映画に、だ。
本当に感動した時って、頭に感想なんか浮かばない。
わたしの場合、そんな『よかった』『面白かった』を事細かに説明できる口を持ってないから、
その代わりにこういう場合行動に出す。
というわけで、そりゃもう大量に泣いた。 おいおい泣いた。
流した涙の数が、この映画に当てるわたしの感想って訳だ。
・・・という話を、隣のあいちゃんに言った。
「・・・だから、仕方なかったんだよっ」
「仕方なかったんか。 そーかそーか」
「あっ、なんか責めてる。 責めてるでしょ! ムリなんだってば!
これはその、ホラ、生理現象と同じなんだってばさ! ぷーとかトイレとかと一緒なの! どうにもならないの!」
「どれみちゃん、もうちょっといい例え無い?」
「う、うるさいなっ・・・。 そもそも、これはこんなに感動させる映画を作ったはづきちゃんのお父さんが悪いんだよ!
もしくはあんな演技をするおんぷちゃんにも責任の一端はあるんだよ!
泣かすほうが悪いって、ケンカした時の裁判にもあるでしょ!?」
そんなわたしの必死な一人弁護を、にこにこ笑って・・・ ハナちゃんと伊東さんは、見守っていた。
「・・・おもしろいね、彼女」
「・・・・・・あ、あはは・・・」
ハナちゃんはそう複雑な笑いを漏らして、目の前のコップに注がれた水に口をつけた。
『あはは』じゃないよ、ハナちゃん・・・。
という訳で、はづきちゃんのお父さんの感動映画によって泣かされたおかげで、(あくまで主張!)
わたし達は映画が終わったとたん監視対象の二人に見事に見つかってしまい、任務失敗と相成った。
何か言い訳しようと、3人が3人ともでたらめな理由を放銃する様をハナちゃんは絶句しあきれたような目で見つめ、
そして伊東さんはおだやかに落ち着かせ、
「まあ、何ですから一緒にお昼ご飯にしませんか?」
と、極めて心の深い提案を為さってくれたという事で。
わたし達はこうして、伊東さんが案内するままに何やら高そうなレストランに入って腰を落ち着けてしまった。
いわゆる『イタめし屋』なのは分かるけど、そんな愛称で呼んでいいものか、と思われるような 高級感溢れる雰囲気。
イタリア語のちんぷんかんぷんなメニュー。 店内に流れるクラシック。
わたしが焦るのも、分かってもらえるだろうか。
だから、何か喋ってないとなんとなく落ち着かなくて、ハナちゃんの失笑を買うような事を様になったのだ。
「ここ、知ってます」
はづきちゃんが店内を見回して言った。
「渋谷じゃ一番おいしいっていうイタリア料理のお店ですよね」
「おっ、さすが藤原さん。 都内女子高生らしい薀蓄ですね。 その通り。 私も週一回はここ来るんですよ」
そんな事を言っていたら、TVで見るようなウェイターがうやうやしく注文を取りにきた。
取りに来られたって、困るのだけど・・・。
なんかここでこっそりサイフの中身を確認するのって、すごく恥ずかしい気がする。
「あ、あのっ!」
あいちゃんが意を決したように口火を切った。
「? どうしました? ・・・ああ、このコース5つで。 ワインはいらない。 そのかわりにオレンジジュースもらえるかな」
伊東さんはスラっとそうウェイターに告げると、お決まりどおりに『かしこまりました』と残して彼は去っていった。
その姿を後ろ髪引く思いで見つめるわたし達。
「で? なんでしたっけ」
にこっと『いい男』スマイルを決める伊東さんに、あいちゃんは複雑な表情で口をもごもごしながら答える。
「あ・・・ いやその・・・ 注文の事やったんやけど・・・」
「あ、メニューですか。 ダメですよ、私のオゴリなんだからいちゃもんは受け付け拒否します」
「へっ? ・・・え、あ、その、オゴリッ!??」
あいちゃんは表情を一変させる。 ってか、わたしもそうなんだけどね。
「こ、こないな高そうなトコ、しかも4人て・・・ あ、あかんあかん!
いきなし初対面のヒトにそないなことされても困りますぅ!
す、すんません、アタシらもう邪魔せんときますんで、出て行きますわ! ホンマ、ごめんなさい!」
がたがたっ、と席を立つあいちゃんを、わたし達がそれぞれ違った目で追う。
あいちゃんを止めたのは、伊東さんだった。
「いえ、気にしないで下さい。 私なら全然構いませんから。
ハナさん、ハナさんはどうです? みなさんとこれからご一緒でも、いいですか?」
ハナちゃんはその問に素早く頷くと、
「ええ、勿論よ。 私も久しぶりにみんなと一緒にいられて、とても嬉しいから」
と元気よく答えた。
娘にそう答えられては、あいちゃんも消える訳にはいかないだろう。
「・・・そ、そうですか・・・ でも・・・」
あいちゃんの次の言葉を遮って、伊東さんは言った。
「なぁに、とってもカワイイ、美しい、キレイな、チャーミングな、が揃ったレベルの高い女子高生4人を
独り占めできるんです。 これくらい軽い投資ですってば。 甘んじて、この賄賂は受けてくださいよ」
伊東さんの言った4つの誉め言葉の中の、わたしはどれに当てはまるんだろう・・・
なんて思いながら、わたし達はお互いにちょっと赤い顔を見合わせて頷いた。
「・・・アタシらの値段て、ここのランチですか? やっすぅ~」
あいちゃんがそう切り返し、伊東さんは『こ、これでも今月の生活気にするくらいに投資したんだけどな』と頭を掻いた。
みんなが笑って、とりあえずハナちゃんの尻馬に乗っかるカタチでハーレムデートは再開された。
「いいヒトだよね、伊東さんって」
わたしはソフトクリームをはづきちゃんとあいちゃんに渡しながら、そう意見を述べた。
ランチが済んだ後、わたし達はちょっと足を伸ばして遊園地にきている。
なんか絵に描いたような定番のデートコースだが、ハナちゃんにとってみればそんな事無いのだろう。
ただ今伊東さんとハナちゃんはここの名物ジェットコースターに並んで、そろそろ乗れているハズである。
わたし達は気を利かせて、二人にしてあげた。
・・・わたしやはづきちゃんの場合は、アレに乗る度胸が追いつかない、という理由もあるのだけれど。
「うん・・・。 いいヒトなんだけど・・・」
はづきちゃんが手に取ったソフトクリームを味わいもせず、じっと見つめている。
「うん。 分かる。 ・・・あのヒト、いいヒトすぎなんや。 せやから、何気にそこがちょっと心配やねん」
あいちゃんはペロっと一舐めして、はづきちゃんの言葉にそう続けた。
「そんなところ邪推しても仕方ないよ。 わたしは直感だけど、あの人は本当にああいう人なんだと思うけどなぁ~」
「そう?」
「うん。 なんていうか、人を気遣ったり、思いやったりするのに慣れてるってカンジ。
そういう事、ウソの優しさだったらなんかすぐ分かりそうじゃん。
わたしは、ウソなんかじゃないと思うけどな。 あの人、ハナちゃんにすごく優しい。
わたしハナちゃんがちょっと本気で羨ましいよ」
「・・・惚れた?」
あいちゃんがニヤっとして溢した。 わたしはあわててソフトクリームから舌を外して口を整える。
「ばっ、ばかなこといっちゃだめだよ! いくらわたしでも、ハナちゃんの、娘の恋人取るような真似はしないよ!?」
「あ、別に伊東さんはまだハナちゃんの恋人って訳じゃないのよ」
「えっ? そう? あれっ? そうなの? えっ・・・そうなんだ・・・」
「・・・正直すぎんで、どれみちゃん」
「うるさいな。 もう、こればっかりはわたしの病気なんだから、黙っててほしいな」
「自分で病気言うんか・・・」
はづきちゃんはようやくクリームをちょっと舐めて、そして独り言のように呟いた。
「・・・ハナちゃんを魔女だって知っていて・・・ ・・・本当に、普通の女の子みたいに愛してくれるものなのかしら・・・」
何かの答えを求めるように、座っているはづきちゃんは立っているわたしとあいちゃんを見上げる。
「こういう事、考えちゃいけないのかもしれないけど・・・。
でも、あの人はハナちゃんを仕事で調べている人よ。
多分、誰よりも魔女に対して懐疑的で、常に注意を払って接していなければならない人。
そういう人が、本当に素直にハナちゃんのああいう人柄を信じて認めてくれて・・・
魔女、ではなく、本当にハナちゃん、として好きでいられるかっていうのが・・・やっぱり不安なの。
お金持ちの人のお金目当てで近づくように、魔女であるハナちゃんの魔法の力目当てで近づいているのだとしたら・・・
なんか、そういうの、自分でもイヤなんだけどやっぱり心配しちゃう」
本当にイヤそうに、はづきちゃんはそういう顔をしてから俯いた。
・・・そういうのは、分かる。 母親だもん、そういう心配もしなきゃならないってのもよく分かってるつもり。
つもりなんだけど・・・。
わたしはちょっと言葉にまとめ辛かったのもあって、その後の返事が出来ずにソフトクリームを処理にかかった。
あいちゃんも同じみたいっだった。
しばらく無言の間が空く。 遊園地独特の喧騒、メロディー、
そしてアトラクションのアナウンスが乾いたようにわたし達の周りを満たした。
「おまたせーっ!」
そんな空間に潤いをもたらしたのは、一人つやつやと元気のいいハナちゃんだった。
手を振りながら駆けてくる様子は、なんだか姿が大きくなって先々代様の面影が入っても、
あの小学生時代のハナちゃんをストレートに浮かばせる。
「とっても面白かったわ! ねえ、どれみ、はづき、あいこ、乗ってみない? 私ももう一回乗りたくて!」
「えっ、ええーっ??」
わたしは伊東さんをチラリと見る。 彼は疲れたような顔をして、『どうぞどうぞ』のポーズを無言でしてみせた。
「んー、よっしゃ、じゃあ行こか! せっかく来たんやしな、アタシも乗ってみたいわ」
「そうそう。 はいはい、どれみもはづきも」
「えええっ!!? ちょ、ちょっとハナちゃん、わたしは!」
「ハナちゃんゴメン! 私は絶対、ぜーったいのパス!! 無理無理無理無理!!!」
はづきちゃんの必死の抵抗は効を相し、ハナちゃんは『はづきのいくじなしー』と舌を出して笑い、あいちゃんと・・・
そして否応無くわたしを引きずって、超ウルトラジェットコースターの列にもう一度足を運んでいくのであった。
「ふぅ」
ハナがいなくなり、伊東は表情をげっそりと崩して力を抜く。 そんな様子に、はづきは小さく笑った。
「お疲れですか?」
「・・・いや、私はまだまだ気持ちは高校生のつもりですからね。 疲れては、ないですよ。
・・・ただ、ちょっと高いところ苦手なものでして・・・」
苦虫を噛み潰したような、というまさにそんな顔で伊東は呟き、照れるように頭を掻いた。
「ハナさんって、魔法でほうきに乗れて、空を自由に飛べるはずですよね?
・・・どうしてジェットコースターがそんなにいいかな・・・」
それもそうですね、と、はづきは笑い声に交えて伊東に同意した。
伊東はうっすらと微笑み、胸のポケットから小さな銀色のケースを出す。
「・・・すみません、タバコ、いいですかね?」
「え? あ、はい。 どうぞどうぞ」
はづきの了解を得て、伊東はにっこりする。 一本口にくわえ、立ち上がって腰のポケットからライターを取り出そうとした。
が、それは掌を外れて落ちる。 はづきが伊東を制して拾った。
「・・・はい、どうぞ」
慣れない手つきで、はづきはライターの火を差し出す。
「あ、こりゃどうも。 なんか嬉しいなぁ」
赤く灯ったタバコを一息し、ふぅ、と最初の煙を心地よさそうに伊東は吐いた。
「・・・で、どうして付いて来ちゃったんです?」
唐突に、次のタバコの煙を吹かす前にその台詞が二人の宙を泳いだ。
「・・・えっ?」
言葉は聞こえたのだが、なんとなくはづきは聞き返す。
伊東もそんなはづきの様子が解っていたので、敢えて繰り返しはしなかった。
「そんなに心配でした? 私とハナさん。 私が何か、するとでも? それとも、タダの好奇心でした?」
目の前には、ジェットコースターのコースがでん、と建っている。
その最初の上り坂を、コースターがゆっくりと上がっていく最中だった。
「・・・ごめんなさい」
やや間を置いて、はづきは小さく答えた。 他に何か言う事があっただろうか。
「いえ、別に責めているわけではないんですけどね・・・。 ただ、貴方達から見て、私は合格なのかな、と」
軽く笑って、伊東はまだ火のあるタバコを携帯の吸殻入れに押し込む。
「合格って・・・」
「・・・私は、ただハナさんと仲良くしたいだけですよ。 仕事、その他の事情を超えてね。
これが恋愛か、と言われると私もまだよく自分で理解してないんですが、どうなんでしょうね。
どうでしょう、信じてもらえますかね?」
はづきは何か、さっきのどれみ達との会話を盗み聞かれていたんではないだろうか、と感じて気まずそうに押し黙る。
だが、その沈黙は伊東の問を『NO』と答えるようなものになるので、何か言わなきゃ、と言葉を捜した。
「・・・正直・・・ 私も、よくわかりません。 ただ、ハナちゃんが幸せなのだったら、それでいいんじゃないかって・・・」
で、探して見つけた言葉がこれだ。 が、言ってからはづきは少し失敗感を味わった。
これでは自分の言葉に責任が無い。
「・・・難しいですね」
伊東は落ちていくコースターを目で追っているのか、はづきを見ずに続けた。
「ハナさんは、これを人間社会全体にやっていかないとならないのですから」
背後にはメリーゴーランドがある。 音楽が再び鳴り出し、ゆっくりとそれが回り始めた。
「ハナさんは、私たちに見せている部分・・・ 人間の表の顔としては全く純粋で、ある意味模範だ。
だが、だからこそ・・・私たちのような、人間社会をよく知る者、人間の裏表を模索してしまう者にとっては
それが一番嘘臭く思える。 悲しいかな、私も正直そうなんですよね。
だからこそ、こうやってプライベートな時間のハナさんも知りたかった訳ですが」
伊東ははづきと視線を合わせた。
「・・・結局、解りません。 ハナさんも私達人間も、やる事は同じです。
仲良くなるには、お互いを理解するには、もっと時間が必要でしょう。
相手の裏を気にすることの無い、本当に純粋で信頼のある、素朴な関係。 難しいです」
そう言った後、伊東は座りなおし、指を組んだ。
「・・・前にも一度聞いたの、覚えてますか? 藤原さん」
「・・・なんですか?」
「どうして貴方達は、あんなにも魔女であるハナさんを信頼できているんですか?
そして、どうしてハナさんは貴方達をあんなにも信頼できているんです?」
今までとは違い、言葉穏やかながらも・・・ それは強い問いだった。
さっきのように、その場凌ぎの曖昧な意味の無い言葉を選ぶ事は許されない。 ・・・そんな雰囲気があった。
伊東ははづきが答えやすいように、『私はね』と切り出した。
「・・・私はね。 たまに、ふ、と、思うんです。 これは、ハナさんの『魔法』なんじゃないか、と」
「・・・魔法?」
「私は魔法の力、よく知りません。 私だけじゃない、この世の人間、魔法が一体何であるか、
そして何ができて、どこまでの力があるのか・・・ 全然知らないんです。
ですから、こう、思ったりするんです。
『ひょっとして、このハナさんに対する好意の感情は、ハナさんが私にそういう魔法をかけたのではないか?』
・・・と、ね。 この気持ちは自発ではなく、相手によって・・・
イヤな言い方をすれば、『洗脳』されているのかもしれない。 魔法によって、知らないうちに。
・・・そう、考えてしまう時があるんです。
藤原さんは、魔法が怖くないですか? そんな事、考えたりしたことは・・・ありませんか?」
そんなことはない。
それは人間の持つ、薄暗い負の部分にある知恵だ。 言葉通りに、邪推。 そう、ハッキリと主張したかった。
が、『知っている』はづきと『知らない』伊東なのだから、それは当然あり得る疑問だと
こちらが理解してあげなくてはならないのだろう。
悲しい誤解だ。 だけど、これはこの伊東だけの持つものではないのだ。
・・・きっと、みんな少なくとも持っているものなのだ。
そんな根の深い誤解を解くことこそ・・・ ハナの仕事なのだ。
「藤原さん?」
「・・・はい」
はづきは何時の間にか俯いていた顔をゆっくりと上げて、伊東に向き直った。
「子供、でしたから」
「・・・はい」
「私がハナちゃんと会ったのは、小学生でしたから。 子供でしたから。
その時のハナちゃんと友達になって、そしてまたこうして彼女は私たちと友達でいられる。
忘れたくないんです。 あの時の友情や、気持ち。
子供だったから、そういうの、純粋だったんです。
それが今でも何の疑念が入る事無く、続いているだけだと思います。
ハナちゃんは・・・変わっていません。 ハナちゃんは魔女だけど、私たちの友達の・・・巻機山花さんです。
そこに理由とかそういうの、考えたく・・・ないです」
一応、気遣った。
何かハナと自分たちの本当の関係、そういったものを含んだ言葉が入っていないか。
だが、言葉にしていく内にやはり言いたい本音は出る。 その本音にもうまくオブラートをかけられたか、
ちょっとはづきは心配になった。
伊東は再び上がっていくジェットコースターに目を向けながら、見た目ぼんやりとしていた。
「・・・子供だったから・・・か・・・」
ふ、と口元が緩む。
「私ももう一回子供になって、ハナさんと会いたかった」
頂点から、一気に滑り降りるコースター。
ガーっという滑走する音と共に、はづきには物凄く聞き覚えのある大きな悲鳴が一際耳に入る。
伊東もそれが誰の悲鳴か気付いたのか、二人で顔を見合わせて・・・
そして、笑った。