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次の日の、朝。
春は4月の暖かい陽気は、こんな早い時間でもうっすらぽかぽかと肌で感じられるようになっている。
桜の並木が曲がりくねった坂道に沿って、花びらを降らせつつ我ら美空高校の生徒をお出迎え。
・・・まあ、こうして考えると大層気持ちのよい登校環境だと思うかもしれないけど、そんな余裕を感じるのは滅多にない。
大体小学校もそうだけど、どうして美空市の学校って、こう坂道を登らせるのが好きなんだろう? イジメか?
しかも、高校への道は小学校のと比べて遥かに長く、険しい。
「絶対に、何か修行僧とかと勘違いしてるんだよ、高校生を。 絶対だよ」
「また始まった」
登校からすでにバテている私を尻目に、そんな私とは正反対なシャキシャキとした状態のあいちゃんが、
愚痴を流すようにサラリと呟いた。 ま、実際その表現通りなんだけど。
私と、妹尾あいこちゃん。
『あいちゃん』の愛称は、全く変わっていない。 こうして二人で登校するのが、今の私達の日常。
「ってか、あいちゃん髪、またソレにしたの?」
「ん? ああ、これな。 陸上部に入ったから、鬱陶しくてな~」
と、あいちゃんは自分の前髪をくるりん、と人差し指に巻きつける。
「また小学生に戻ったみたいやろ?」
「うん、ちょっと懐かしかった」
わたしがそう言うと、あいちゃんは照れたようにナハハと笑った。
何の事かと思うかもしれないけど、実はあいちゃんの髪型は、昨日までロングだったのだ。
しかも前髪もさらっと落として二つに分けていた。
あいちゃんは中学生のとき、何故だかは今も『秘密やねん』と教えてくれないけど、イメチェンを図って髪を伸ばし始めた。
1年の冬くらいには、丁度はづきちゃんのような髪型になってた。
それをある日はポニー、ある日はツインテールと結構コロコロ変えてはいたけど、それから3年間はロングで通していたのに。
で、今日見たらいきなり元の小学生の時と同じ髪型になってた、という話。
・・・ちなみに、私の髪型は小・中・高と全く変化なし。 髪の毛にお団子の癖がついて他の髪形にできない、というのは内緒の話だ。
「・・・小学生か・・・。 なんや、ふと考えたら何時の間にかアタシら二人やもんな、こうして一緒に坂道登るの」
「・・・うん、そうだね・・・」
春も初々しい季節だというのに、ちょっとしんみりした話題になってしまった。
「あ、そうそう、そう言えばねっ」
そんな雰囲気を打開するのは、私の十八番。 速攻で今日のトピックスチェンジ。
「昨日、MAHO堂に変な人来てさ」
「変なん? なんや、魔女界のモンでもきたんか? まさかハナちゃんの!?」
変なの → 魔女界の人間 → ハナちゃんの事 か。 見事なあいちゃん式3段連想。
「ううん、違う違う。 ハナちゃんの事だったら、昨日のうちに真っ先に連絡してるって」
ハナちゃんの事。
・・・これを語るには、すごーく長い話になるんだけど、
まあ短くしてしまうと『ハナちゃん起きました』の報告をわたしたちはずっと待っている。
まあ、ぶっちゃけハナちゃんは今寝ている。
・・・それは学校サボって寝ているとかそういうのではなく、魔女界を救うために寝ている・・・とでも言うのだろうか。
とりあえず、このハナちゃんの事は離れ離れになったみんなの事をしんみり話すよりしんみり感が大きいので、
わたしはあわてて失敗しかけた作戦を元に戻した。
「普通の人だよ。 なんか、女の人・・・だったと思うんだけど、入り口を開けたと思ったら、すぐにバタンってチョッパヤで閉めちゃって」
「? 何かしたんか?」
「ううん。 わたしが『いらっしゃいませ』って言っただけ」
「ビビッたんちゃうか?」
「わたしの何にビビルってのよぅ? まあ、マジョリカの顔にびびった、という事で落ち着いたんだけど」
「まあ、そらそこに落ち着いてもええかもしれへんな」
「ただ、その女の人ね、わたしどっかで見たことあるかもしれないって、思ったんだ」
「何? 有名人?」
「んんん・・・? いや、そんなんじゃないと思ったけど・・・」
と、わたしがどれみコンピューターをフル回転させ始めたら、いきなり背中のド真中を
『べちっ!!』という弾けた音と共に激痛が走りぬけた。
「・・・・・・いっ・・・たぁ・・・い!! 小竹ぇ!!」
振り向くよりも先に、わたしは『こんなことするやつ』で脳内検索に真っ先に引っかかった人間の名を呼んでいた。
「よっ。 はよっ。 妹尾、髪戻したんだ? 小学生時代を思い出したぜ」
「はよ、小竹。 今日は練習ないんか?」
「妹尾ンとこと同じ理由だって。 陸上部も今日は朝練ないんだろ? かったりぃよなあ、実力テストって」
「こたけぇ!!!! 何無視ぶっこいてんのよっ!!!」
分かってる。 分かってるの、いつもの事だからって。
だからって、そのままサラっと流す程の堪忍袋は残念ながら持ってない。 わたしは遠慮なく小竹の耳元で叫んでいた。
「うぁおっ! ・・・オマエはホントに朝から元気一杯だなぁー」
「何小さな子を諭すように言ってんのよっ! ガキなのはあんたでしょ!」
小竹哲也。
まあ、付き合いもここまでくれば『腐れ縁』ってやつなのかな。
高校生になった小竹は、こうしたやりとりだけを見ていると昔とちっとも変わっていないように見える。
だけど、彼も色々成長してるのだ。 これだけ身近にいるわたし達だから、それは分かっている。
ちなみに、わたしと小竹の関係は全く変わっていない。
異性として意識してる、というのはお互いほぼ確実だとは思う。
自惚れかも知れないけど、多分小竹はわたしの事をまだ想ってくれてると思う。
わたしもまんざらではない。 別に、公式に『付き合っちゃいます宣言』したってされたって、別にそれはそれで『いいかも』とは思う。
・・・だけど、わたし達は『幼馴染み』の関係が長すぎた。
今のこういう関係の優しさ、居心地のよさがとても好き。
だから、きっとどっちかが一歩を踏み出す事でそれがどうにかなるのが、怖いんだと思う。
この関係がわたし達にとって一番ベストなんだと、言い聞かせているんだと思う。
一度、中学生の時に『付き合う・付き合わない』の話が出たことはあった。
すごく悩んだ。 ってゆうか、頭が真っ白になって自分でもどういう行動したかよくおぼえてない。
むしろ、あまりにもナンなので、記憶の奥に封印したいくらい。
結局はづきちゃん達の魔法のサポートで、今の関係に戻ることはできた、という結果を生んだだけだったけど。
「・・・ったく、参ったよな。 じゃ、お互いテストで撃沈しねーように悪あがきしようぜ!」
「お互いて、アタシを当然のように入れるんかっ!! こらぁっ!」
わたしがボーっと考えている間に、あいちゃんが一方的に小竹のバカ話に付き合ってたみたいで、
小竹は満足したように坂道を元気一杯で走っていった。
「あいちゃん、アイツはそういう奴だよ・・・」
「まあ、そやけど。 ところでどれみちゃん、小竹なんやけどな」
「何~?」
「実は、結構部の女の子にも人気あんねんで。 サッカー部のジャーマネも、小竹目当てに入部した言う噂もあるんやで~」
「・・・だ、だから何よ」
「中学の時は一回失敗してもうたけど、そろそろリベンジを考えてもいいと思わへんか? どれみチャン?」
ニヒヒ、とあいちゃんはいやらしい笑いを浮かべた。 目が完全にオヤヂだ。
「あ、あいちゃん!! あのねえ、わたしは!」
「どれみちゃんがOKしてくれるんなら、アタシが小竹をもろてもええんかな~?
実は最近アイツん事、ムッチャ気になるねん」
「あ、ああああああいちゃん!! それ、それって!」
「・・・ホント、どれみちゃんは素直やなあ~・・・ 冗談やて♪」
「あいちゃん~!!」
「あははははははは!」
一瞬の春一番が、坂道を駆け抜ける。
桜の花嵐が天に舞い、朝日の輝きに消えていった。
今日は美空高校の、始業式。 わたし達は高校2年生になる。
クラス発表は見るまでも無い。
わたしとあいちゃんはA組に確定している。
・・・まあ、こういう事くらいは魔法使ってもバチは当たらないだろう。
私はそんなクラス発表表にチラリと目をやっただけで、すぐ目は手元の手帳に戻した。
この手帳、実は『魔法手帳』。
・・・ああ、別に女王様から貰ったニューアイテムってわけじゃないの。
これはいわば『おこづかい帳』みたいなもの。 いつ、どんなとき、どんな魔法を自分が使ったか結構マメにメモしている。
中学時代の反省から、やたら滅多に魔法を使わないように、との自分で決めた制約。
これを振り返って、なるべく魔法に頼らないように自分を戒め、そして過去の自分を反省するのだ。
ちなみにこれはあいちゃんも持っている。 たまに、お互い見せ合って意見交換もする。
一番新しい欄には、『クラスをいっしょにした』という事が書いてある。
他の履歴は、『寝癖を直した』だの『服のほころびを直した』だの『絵の具を忘れたので出した』etc・・・。
自分で言ってナンだけど、ホントにおこづかい帳と変わらない内容・・・だ。
「なんや、セコイ魔法ばっか使うてるね、アタシ達」
あいちゃんはわたしの手帳を覗き込みながら、苦笑した。
「たまーに、ド派手に魔法使いたい気分にはなるねんけどなぁ~」
「まーね。 でも、そんな事したら後でどうなるかは分からないからなぁ~」
今、マジョガエルの呪いは無い。
だから私達が魔法を使った事で『魔女』とバレても、特にこれといった罰や制約なんかはないので平気だ。
・・・平気だが、今のわたし達は理解できる頭を持っている。 もしそんな事をしたら、周りが黙っちゃいないって事を。
わたし達の周囲が、一体どんな環境になってしまうかは想像したくもないし、おそらくできない。
だから今でもわたし達はもちろん、全世界にこっそり住んでいるマジョリカのような魔女達も、
表立って魔法を誇示するような事はしていないのだった。
カエルの呪いが無くなっても、人間界における魔女の生活は一切変わっていないといえるだろう。
魔女手帳をたたんで、わたしは見上げる。
『2-A』のプレート。 今日からここが、わたしたちの教室だ。
多少ぎこちないクラスの中を、わたしとあいちゃんが入る。
見知った友達の姿を見かけては、『一緒だねっ』の挨拶を和やかに交わした。
クラスには小泉まりなちゃんがいた。 彼女とは中学の時全く一緒にならなかったから、すごく久しぶりだった。
間もなく始業のベルが鳴り、早速2年生初めてのHRが始まろうとしていた。
時間に几帳面なのか、ベルと同時に担任らしい先生が入ってくる。
と、同時に一緒に入ってきた人間がもう一人。
女の子。
その子はわたし達と一緒の制服を着ていたが、何故かその制服が幼すぎるような、大人の雰囲気を持っていた・・・ように思える。
ちょっと歩いている処を見ただけだけど、物腰も凄く落ち着いていたようだった。
髪は物凄く長い。 束ねることも纏めることもしていなく、ただ自然に後ろに流している。
それなのに、彼女の髪は全く鬱陶しくない。
・・・それは、彼女のそれが見事な金髪だからだろうか。 よく見たら、光の反射かと思われたけど彼女の髪には銀色も混ざっている。
不思議だった。
その子は先生の横にきちっと立ち、わたし達の正面を向いた。
ざわ、と教室が違ったざわめきを見せる。
彼女の顔。 ・・・かわいい。
・・・いや、これは・・・『美人』と言ったほうがしっくりくるのかな? 微妙な線だ。
とにかく、これでこのクラスの男子は新しいクラスの女子チェックをしなくて済むことになった。
だけど、問題はそんなところじゃない。
目。
瞳だ。
彼女の瞳は、左右で色が違う。 まるで、カラーコンタクトを半分だけはめているみたいだ。
片方は鳶色。 片方は深い・・・グリーン?
とにかく、彼女の顔立ちはそれがなくても充分人目を引くのに、その瞳でますます絶大な魅力を備えているようだった。
しかし・・・この子・・・
・・・どっかで?
・・・いや、多分初めて会う。 でも、この子、どこかで見たこと・・・ある。
「よし、静かに。 では、担任の私の自己紹介より先に、みんなご期待のこの子の自己紹介からな。
みんなもその方がいいだろ?」
クラスに笑いが響いた。 先生のツカミはバッチリのようだ。
・・・あ、そうか、この子、多分昨日の・・・ と、わたしが彼女に目を向けていると、
彼女はそれに気付いたのか、それとも向こうからわたしを絞って意図的に見たのか、わたしだけにニッコリ微笑みながら言った。
「巻機山、花です」
・・・。
幻聴かと思った。
「小学校の一年間だけ、この美空市にいたことがあります。 すでに見知っている方もチラホラ見えて、嬉しいです」
いや、幻聴だ。
何かの間違いだ。
そもそもハナちゃんが、起きていて・・・ ってゆうか、あのハナちゃんがこんな喋りをするハズがない!
「それと、もう一つみなさんにお伝えしたい事があります」
・・・自分の心の声に言われてみれば、たしかに声はハナちゃんだ。
きっと、ハナちゃんが成長したら絶対にこんな声だ、と確信できるくらいにハナちゃんだった。
わたし、そしてあいちゃんも絶対に混乱しているだろう。
わたしはハナちゃんが起きたら、絶対に何があろうといの一番に駆け寄っていって抱きしめる、と心に誓っていた。
が、それすらできない程の混乱がわたしのすべてを縛り付け、まさに頭も体も心も『?』だらけ。
そんなわたし達の状況を知ってるのか知らないのか、彼女・・・
ハナちゃん・・・?は、さらに言った。
「実は、私は魔女です。 魔法が、使えるのです」
ハナちゃんが指をパチッ、と鳴らすと、
いきなり教室が花、花、花・・・ 花まみれになっていた。
みんなも大混乱しているだろう。 だけど、そんな意味とは全然違う大々混乱が、わたしの『???』にますます拍車をかけていた。
「みなさん、よろしくお願いします」
ハナちゃんは、軽くウインクした。
それを見たとき、わたしは『・・・ああ、ハナちゃんだ』と何故か安心した。
・・・が! 一体、一体、一体!!!!???