<3>
カリカリ、とか、クシャクシャ、とか、とにかく静かな教室に響くのはシャーペンや消しゴムの音だけ。
まあ、これがテストの時間のいつもの雰囲気・・・なんだけど、この2-Aの雰囲気はどことなくいつもと違う。
当り前だ。
あんなものを見せ付けられたあとで、『じゃ、テストに集中するか』なんて肝の据わった人間なんて、一体何人いるのやら。
あらかた事情を飲み込めるわたしやあいちゃんだって、平常心ではいられないのだから。
まあ、みんなとは疑問のポイントが違うんだけど。
ちらり、と隣を盗み見る。 隣はハナちゃんだ。 何を考えているのか、テスト用紙とにらめっこしながらにこにこしている。
・・・そういう表情は、『ハナちゃんだなぁ・・・』と思う。
ただ、全体的に落ち着きのある雰囲気だけは、偽者感がプンプンするんだけど・・・。
そしてテスト終了のベルが鳴った。
ややため息の多いざわめきが少し波打つ。
「よし、後ろの者から用紙を回して」
先生の声。 HRの時はかなり動揺の色が隠せなかったが、どうやらこの一時間で落ち着きは取り戻せたみたいだ。
「あ、先生。 私におまかせください」
ハナちゃんはそう高らかに宣言すると、右手を大きく上げて指を鳴らす。
瞬間、全員の机の上からテスト用紙がヒラリと宙に舞い上がり、
みんなの仰天の視線を集めて空中で一気に順番どおりに(多分ね)重ねあわされた。
そして、呆然自失している先生の手の元へトサリ、と。
一瞬の静寂の後、やっぱり再び教室は大騒ぎになった。
そんな中、よたよたと背中を丸めて妙な足取りで教室を出て行く先生の姿が痛々しかった・・・。
「は、ハナちゃん」
と、私はハナちゃんの方を向いたが既に彼女は人山のド真ン中。
まるで大勢のファンの中に投げ込まれたおんぷちゃんのようだ。
私の席もその人海パワーで徐々に押しやられ、「あの」とか「その」とか言う自分の声がとてつもなく自分で哀れ。
「どれみちゃん・・・」
微妙な表情で、あいちゃんがやって来る。
「あいちゃん・・・ ま、まあ言いたいことは分かるよ」
「でも敢えて言わせて。 ・・・あの子、本当にハナちゃん?」
そういうあいちゃんの声と顔は、信じると信じないの丁度中間に位置しているように見える。
そんなのを見るとわたしも自信を無くすが、それでもわたしは思い切って断言した。
「うん、あれはハナちゃんだと思う。 本人だよ」
「そ、そうかぁ? それにしては、随分品が良すぎるんちゃうかな・・・」
「そ、そうなんだけど・・・ ホラ、顔のつくりだって声だって、ハナちゃんじゃん」
「分かってるねんで、それはアタシも。 でも、なんかしっくりこないんや。 なんでやろ?」
わたし達が本人抜きでそんな会話をしていると、放送が入った。
『2-Aの巻機山さん、2-Aの巻機山さん、至急校長室までおいで下さい・・・』
そら来た。
うぉぉぉぉ、とハナちゃんを囲むみんなも沸く。
・・・なんか盛り上がってるみたいだ。
「どれみ、どれみ?」
いきなりその黒い壁から、ハナちゃんが顔だけをにゅう、と突き出して呼ぶ。
「は、はい? なんざんしょ?」
思わず敬語とタメ口が天然で混ざった。
「校長室、どこだったかしら? ちょっと案内してもらっていい?」
わたしは勿論頷いて、立ち上がる。 あいちゃんがボソっと、『かしら』やて、と胡散臭そうに呟いた。
ハナちゃんは人混みから出ると、クラスの熱い声援(?)を背中で受けて、わたしと一緒に教室を後にした。
「な、なあ妹尾! あれって、あの巻機山?? 6年の時の、あの巻機山!!?」
「本人がそうやって言っとるんやし、そうなんちゃうか? ・・・ってか小竹、アンタも同じクラスやったんか・・・」
「人って変わるのね・・・ ってか、魔女になるなんて変わりすぎだと思うけど」
まりなの言葉に、あいこは苦笑するしか無かった。
「・・・ねえ」
校長室に向かう途中の、廊下。
「はい?」
わたしの問いかけに、ハナちゃんはウキウキしたように答える。
「・・・本当に、ハナちゃん?」
とりあえず、第一球目はド真ん中ストレートで。
「ええ。 私はハナちゃんよ」
言葉は思いっきり肯定している。 ・・・だけど、その言葉遣いはまだ本人のソレにかみ合わない。
「本当の、本当にハナちゃん?」
しつこいかもしれないけど、わたしには大事な事だ。
「はい♪ 本当の本当に、ハナちゃんですよ?」
ハナちゃんは、笑顔で立ち止まった。 両手を自分の胸に当て、固まっている。
「・・・なんだか、我慢・・・できなくなったみたい」
ハナちゃんの笑顔は、だんだん目元から崩れていった。
涙が。
涙がそこから、どんどんあふれてきて・・・。
彼女の足元をぽたぽたと濡らし始める。
「・・・どれみママ!!」
そう叫んで私の胸に飛び込んできた彼女を受け止めたとき、私の心の鎖も一気に弾けた。
「・・・おかえり、ハナちゃん・・・!」
休み時間の、廊下。
泣きながら抱き合う女生徒二人の光景は、端から見ればギョっとするもの以外の何物でもないだろう。
だけど、こんな時にそんなに客観ぶれるほど、わたしの心も頭も良い意味で賢くない。
本当だ。
本当の、ハナちゃんだ。
ハナちゃんの匂い。
ハナちゃんのぬくもり。
ハナちゃんの暖かさ・・・。
『誰よりも先に、ハナちゃんを抱きしめてあげる』というわたしの誓いは果たされたのだった。
・・・そんな中、ピンポンパンポーン、と二度目の放送。
「・・・行きましょう、どれみ」
耳元で小さく囁かれ、わたしはハナちゃんを離す。
ハナちゃんは再び大人びた落ち着きを体に纏い、微笑んで立っていた。
「色々、お互いお話したい事があるでしょう。 でも、それは後にしましょうね。
とりあえず私は第一の試練を乗り越えなくてはならないので、今はそれに専念させて。
多分、もう今日はクラスに戻れないでしょう。 学校が終わったらMAHO堂に行きますので、待っていてね」
ハナちゃんの言葉に、何か強いものを感じる。 わたしは、『うん、わかった』としか言えなかった。
校長室には、すぐに着いた。
「・・・じゃ、MAHO堂で」
「うん、ハナちゃん・・・」
ハナちゃんは、さっき『第一の試練』とかなんとか、わたしの記憶が正しければそう言っていたように思う。
それがなんだかわからないけど、ハナちゃんの言葉の強さからそれはきっと凄く大事なことなんだ、と感じる。
だからわたしは、
「・・・ハナちゃん、頑張って」
と最後に付け加えた。
ありがとう、ママ、とハナちゃんは小さく言って、校長室の扉を開けた。
「どないだった??」
教室に戻るなり、あいちゃんが言葉を要約しまくってそう言う。
「本物だった」
と、わたし。 それだけであいちゃんは全てを納得したみたいだった。
「何の話だよ?」
「うわぁっ!! こ、小竹!? あんたこのクラスだったの???」
「おまえなー!! 今朝もずっといたろ!!!?」
「ご、ごめん、眼中無かったマジで」
「全然ゴメンじゃねーよそれ!!」
「ねえどれみちゃん、巻機山さん、何があったの?」
まりなちゃんは心配そうだ。 その後ろに控えている、新しいクラスメイト達も聞きたがっているみたいだ。
「・・・わ、わたしもわかんないけど・・・」
「ま、順当に考えれば・・・本当に魔女かどうか、確かめられるって事だろ?」
「そうよね・・・あれは絶対に、トリックとかそんなんじゃ図れない現象だもの・・・ 私も未だに信じられないし・・・。
今でも、あの花を触った感触はあるのに」
「すげーよな? ナンなんだ?アレって」
「だから、『魔法』なんでしょ?」
「なんか、普通に使うのに説得力ねえよな、その言葉。 魔法、っていうだけでとたんに嘘臭いぜ」
「だって、他にどう言うの?」
・・・と、まりなちゃんと小竹の論争はどんどん続く。 他のみんなもそうだ。
話題はハナちゃんのことばっかりで、テストの準備をしている者など誰一人としていない。
というか、今日がテストだって事すらすっかり忘れられているだろう。
なぜなら、今日は彼らにとって初めて『魔法』を確認した日なのだから・・・。
わたしとあいちゃんは、そんなクラスの有様を目の前に、ただただ事の成り行きを想像さえせずに呆然と眺めているだけだった。
ハナちゃんの言葉通り、その日残ったテストをハナちゃんが受ける事は無かった。