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きめ細かい、透明な紅茶を注いでいるかのように緩やかな旋律が余韻を残し、
透き通った紅の水面が揺れるカップに、その最後の一滴が落ちるかのようなイメージで・・・曲は終わった。
「・・・おそまつさまでした」
はづきちゃんがぺこり、と頭を下げた・・・と思う。
思う、なのは、わたしが目を閉じてその演奏を聞いていたからだ。 今も曲の余韻に浸って、ずっと目を閉じっぱなしでいる。
ちょっと静かな間。
きっとわたしだけじゃなく、みんな目を閉じながらはづきちゃんのバイオリンとぽっぷのピアノのデュエットを聴いていたんだろう。
わたしは目を開けて、今の気持ちのままに手を鳴らした。
「・・・すごい!! すごいよはづきちゃん!! 随分上手くなってるよ!! ・・・ってゆうか最高!!!」
勿論、演奏者以外のみんなは全員拍手喝采。 ドドやニニ、トトは目を潤ませながら全身全霊で手を叩いている。
「ホンマ、全然プロと変わらんやん!! アタシ久々に音楽で感動したわ!!」
「Yeah,ワンダフォー!! はづきチャンサスガネ!!」
「そ、そうかなぁ? みんな誉めすぎよ?
・・・でも、今のは自分でもすごくいい演奏が出来たと思うわ」
はづきちゃんは顔を少し赤くしながら、嬉しそうに微笑んだ。
「はづきちゃんも凄いけど、ぽっぷちゃんも随分上手くなったんじゃない?」
と、おんぷちゃん。
「うん、そうよ。 ぽっぷちゃん、中学1年生にしてはかなり上手なほうよ。 私もビックリしちゃった」
「はづきちゃんに言われると、なんか自信ついちゃうな。 エヘヘ。
一応、これでも6年生の時に市の音楽コンクールのピアノの部で、優秀賞だったんだ」
ぽっぷは調子に乗って、エッヘンと胸を張ってみせた。 みんなは「おぉー」、と言って再びぽっぷに向けて祝福のパチパチパチ。
・・・まあ、わたしもぽっぷは我が妹ながら結構ピアノの才能あるんじゃないかな、とは思っている。
お母さんもそのコンクールの時は随分喜んでいたし。
ぽっぷは小学校4年生くらいまでちっとも背が伸びず、同時に手や指もピアノ向きではないくらいに小さかったから、
正直『どうかなー』とは思ったんだけど。 さすがに成長期の子供なのか、はたまた何か変な魔法でも使ったのか。
とにかく今ではわたしと肩を並べるくらいまで背が大きくなっていた。
指の方もお母さんに似て細くて長い指だから、これは間違いなくお母さんの期待も急上昇だろう。
最近では『わたし、ピアニストになる!』とまで言い出したので、家では本格的にはるか鬼コーチの特訓と、町のピアノ教室のピアノ漬け。
きっとぽっぷもはづきちゃんのような道に進むんだろうな、とテヘヘ笑いをしている妹を見ながらそう思った。
「・・・やっぱり、音楽は・・・いいものよね・・・」
ハナちゃんは目元をこすりながらそう感慨深げに言う。
「ええ・・・。 音楽には私、素直に自分の心・気持ちが言葉以上に込められるの。
ずっとバイオリンを弾いてきて、最近それが実感できるくらいに分かったわ。
今の演奏が自分で凄く気持ちよかったのは、きっとハナちゃん・・・ あなたが今、ここにこうしているからよ」
「わたしもそうだよ。
はづきちゃんと一緒に演奏してて、わたしも帰ってきてくれたハナちゃんに心から『おかえり』って弾けたから、
はづきちゃんの音とキレイに合わせられたんだと思うよ」
はづきちゃんとぽっぷの言葉に、ハナちゃんは最上の笑顔で『ありがとう』と言った。
『ハナちゃんお帰り会』も、かなりたけなわになってきた。
「・・・さて、わたしたちの事ばっか喋ってたら時間がいくらあっても終わらないよ」
「そうね。 私ももうちょっとしたら学校始まっちゃうし」
「Oh,おんぷは真面目ネー。 ももはせっかく来たんだし、今日はこのままサボっちゃおうかナ?」
ももちゃんはいかにも『アメリカ人デース』というようなジェスチャー付きでそう言った。
あいちゃんが『ももちゃんは相変わらず能天気やなー』と突っ込み、みんなが再び笑いあったその時。
窓の外がほのかに明るくなり、部屋の中に澄んだ鈴の音がどかからとなく流れてきた。
みんなは上を見上げ、この懐かしいというか、記憶の隅っこに半ば封印されていたようにしていたそれの正体を思い出す。
「・・・女王様よ」
ハナちゃんが静かにそう言って、スッと立ち上がった。
魔法堂の中庭に出る。
久しぶりに見た女王様の馬車は、遠い昔の(ってゆうかまだ5年か)記憶のままに、不思議な光を淡く放ちつつそこに止まっていた。
わたし、はづきちゃん、あいちゃん、おんぷちゃん、ももちゃん、ぽっぷが横一列に並ぶ。
誰から言ったのでもなく、自然とそういう隊形になった。
その列に一歩抜きん出て、ハナちゃんが立ち、黙って馬車を見つめている。
なんだか着ている学校の制服がとても違和感あるように感じた。
侍女のマジョリンさんが馬車を降り、わたしたち・・・というか、ハナちゃんに向かって一礼する。
わたしたちが言葉も無く頭を垂れると、馬車の扉を開いた。 そしてその扉から、ゆっくりと・・・
女王様は、昔とちっとも変わらないその優雅な姿で歩み出て来た。
女王様の顔は相変わらず薄いヴェールに遮られて見えない。
が、2・3歩外に出たところでハナちゃんに向かって何か目配せしたようだった。 わたしの勘だけど。
ハナちゃんは無言で小さく頷いたようだった。 そしてわたし達の方へ振り返る。
・・・何故か、その時わたしはそこに女王様が二人いるような錯覚を受けた。
「みなさん、しばらくでしたね」
頭の中で優しく響くような、女王様の声。 わたし達はさらに深く頭を下げた。
「その節は、みなさんに多大な力添えをいただき真に感謝しています。
ハナもこうして無事にいることが出来、魔女界も平和になりました。
女王として、改めてみなさんに感謝の意を述べます。
・・・ありがとう。 どれみちゃん。 はづきちゃん。 あいこちゃん。 おんぷちゃん。 ももこちゃん。 ぽっぷちゃん」
「そ、そんな滅相もありません」
わたしは急に何故だか恥ずかしくなって、慌てて声を上げた。
「せや、アタシらはアタシらのやりたいようにやった事やさかい、別に感謝とかええねん。
魔女界も平和、ハナちゃんもおおきゅうなって、アタシらも魔女でいられる。 めでたしめでたしなんは、アタシらも一緒や」
「そうです、女王様。 私達も、いただいた魔法の力のおかげで色々な事を経験させてもらいました。
そのおかげで、随分人とは違う生き方をさせてもらい、すごく感謝してます」
はづきちゃんの言葉に、みんなが頷いた。
「・・・みなさん、たった5年の間に随分成長しましたね。
ハナの成長に負けず劣らず、見事なものです。 やはり、あなたたちをハナの母親に選んでよかった」
女王様は、これもおそらくだが・・・微笑んだと思う。
「そういえば女王様、どうしてハナちゃんが目覚めたのに教えてくれなかったんですか?」
わたしは思わず我慢できなくなって、ちょっと意地の悪い事を聞いてしまった。
ハナちゃんが目覚めるのは、いつになるか分からない・・・と、5年前の当時、女王様は言った。
その言葉にどれだけ12歳のわたし達が絶望を仰いだか想像できるとは思う。
それから1年間くらいは、頻繁に魔女界に行きハナちゃんの様子を伺っていたものだ。
だけど一向に目が覚める気配も無く、マジョハート先生も難しい顔をさらに険しくして首を横に振るばかり。
パオちゃんも黙ってハナちゃんの傍から離れようともしない。
さらにしばらくすると、そろそろわたし達には『受験』をはじめとする様々な人間界での問題が深刻になってきた。
女王様はそんなわたし達を気遣って、
『ハナちゃんが目覚めた場合、真っ先に連絡しますから安心して人間界でお待ちなさい』
と、その時約束してくれていたのだった。
「あ、ごめんなさいどれみ。 それ、私が女王様に頼んだのよ」
わたしの問いに、ハナちゃんが慌てて答えた。
「その、やっぱり自分から『ただいま』と言いたくて・・・ 黙っててもらったの」
バツが悪そうな笑顔で、ハナちゃんはそう付け加えた。 ・・・まあ、そんなところじゃないかな、とは思ったんだけど・・・。
「びっくりさせたかったし」
「悔しいなあ、まんまとビックリしたよ。 ホントにもう・・・。 だってさ、こうして考えたら」
わたしはみんなを見回しながら続けた。
「・・・恥ずかしながら、誰も一目でカンペキに『ハナちゃんだ!』って分からなかった、って事だもんね?」
わたしの言葉に、みんなは冷や汗ものの誤魔化し笑顔を作って乾いた笑いを口にしていた。
・・・ママ失格とはこの事だ。 マジョハート先生の懐かしい小言が聞こえるかのよう・・・。
「・・・ハナ、説明はしたのですか?」
女王様がハナちゃんのほうに首を傾けながらそう言う。 ハナちゃんは『いえ、これからでした』と小さく言った。
その答えに女王様は頷くと、凛とした声を再び響かせる。
「みなさんがそう感じたのも、無理ありません。
・・・実は、ハナは若干昔のハナとは違うハナなのです」
・・・女王様の言葉の後、少し違和感ある空気が静寂を生んだ。
何かちょっとややこしい言葉だったが、わたしはなんとかその意味と空気は飲み込めた。
ハナちゃんはそんな女王様の切り出しに『女王様、わたしが』と小さく呟き、自分で話し始める。
「みんなも分かってると思うけど、私はあの時、先々代の女王様・・・
トゥルビヨン様の心を静めるため、私の魔力と心をトゥルビヨン様のそれに溶かしたの。
そして、私は彼女の心の中で一緒に過ごしたわ。
周りではたった5年しか経っていないみたいだったけれど、私はトゥルビヨン様と一緒にほとんど彼女の生きた時間を丸々過ごした。
その中で、わたしは色々な思い、考え、そして魔力を彼女から受け取ったの。
私はそれを受け入れ、トゥルビヨン様の意思も心も、受け継いだわ。
・・・つまり、今ここにこうしている私はハナであると同時に、トゥルビヨンでもあるのよ」
自分の胸に手を当て、ハナちゃんは目閉じてその置いた手の下の何かを確認するかのように言った。
・・・正直、納得がいくとかをいかないをすっ飛ばして、わたしはハナちゃんの言葉の最後の部分に血の気が引いた。
「・・・ちょ、ちょっとまってやハナちゃん・・・! っちゅうことは、ハナちゃんの中にまだあの先々代の女王が・・・」
あいちゃんがみんなの気持ちを背負って、それを震える言葉に出した。
「いえ、あいこが心配するような事はないわ。 今そうは言ったのだけれど、やはり私は私。 正真正銘ハナです。
たしかにトゥルビヨン様から色々なものを受け継ぎましたが、彼女の絶望や憎しみまでは受け取らなかったわ。
・・・というか、彼女の絶望、そして憎しみを消してさしあげる事が私の仕事だったでしょう?
眠っていた5年間、私はそれをトゥルビヨン様の心の中で、一緒にゆっくり溶かしていったのだから。
今の私にそのような気持ちは、ありません」
にこり、とハナちゃんの笑顔。 その表情が、何よりの証拠に思える。
「受け継いだのは遺志・記憶・知識・魔力のようなものです。
・・・そして若干、体も魔力の影響で変わったようですけど」
その言葉で、合わなかったピントが今ピタっと合った感じがした。
そうだ。 今のハナちゃんを、どこかで見たことある、と思ったのはそれなんだ。
ハナちゃんの面影と同時に、あの先々代の女王様の面影があるからなんだ。
長く色の分かれた髪、色の違う瞳の理由、そしてどことなくあふれる大人びた高貴な気品も、それで納得がいった。
「今のハナは、この私の魔力の数倍上をいっています」
女王様が少し静かになった空気を震わせた。
「本来なら、ハナの力を認めた時点で元老院会議を行い、私の宣言を以ってハナが魔女界の新女王になるところです。
彼女の功績は申し分ないのですから」
その女王様の突然の言葉の意味に、思わずざわっと色めき立つわたし達。
「・・・ですが、ハナはどうしてもあと一つ、必ずやらねばならない事があると言うのです」
女王様は、ヴェールの下で固く口元を結んだ。 ・・・勿論これもわたしの想像だ。
「私はトゥルビヨン様と約束したの」
ハナちゃんは、強く瞳を輝かせながら改めてわたし達に向き直り、月のある夜空を仰ぎながら言った。
「私は、今もう一度・・・ 人間界と魔女界の交流を成し遂げる。
魔女が再び何の恐れも不安もなく、人間界で平和な生活ができるように」
それは・・・ もはや言葉ではなく、意思そのものが音になって現れた、といってもいいほどの力強さだった。
「私はそのために生まれ、そしてそのためにみんなにこの世界で育てられてきたのだから」
月明かりの弱い光。 そして女王様の馬車の発する鈍く淡い光。
今のハナちゃんは、そんなか弱い光に照らされているだけの朧な影を纏った姿なハズだ。
だけど・・・ どうしてだろう。
わたしには、そんなハナちゃんがとても眩しく映っていた。
「その為に、私は人間界に帰ってきたのよ」