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A Japanese girl (アメリカの彼女)

<29>

 

しとしとと、細い雨が降っている。

例年より遅い雨季が明けたばかりなのか、天気はあまり晴れ間を見せない。

もとより朝方のまだ太陽が地平線から昇りきらない時間であったから、

カーテンの隙間から射す外の明かりも頼りなく、その部屋は真っ暗だった。

そんな部屋に不意に七色の光が満ちて、弾けて消える。

たった一瞬の出来事であったし、音もなかった。

穏やかな雨が屋根にあたるほんの小さな音は、その出来事が起こっても消えずに部屋に響いている。

光の細かい粒子が部屋の空気に消えた後、そこにはまるで最初からいたように部屋の主が立っていた。

「…すごい、一瞬」

さっきまで目の前にあった親友達の顔は、あっという間に普段の見慣れた部屋の風景にとって変わられている。

思わずおんぷは、呟いていた。

傍らのベッドを見下ろす。  自分の分身が、毛布に包まって静かに寝息を立てていた。

(…ふふっ、 私ってこんな風に寝てるんだ)

クスリ、と忍び笑いをもらすと、それに反応したように目覚し時計がアラームを鳴らす。

午前五時半の、とても早い時間。  さすがにそれを止めようとするベッドの住人の手は、鈍重だった。

「…おはよう、ロロ」

ようやく機械音を鳴り止ませ、薄目でボーっとしている自分の鏡の精に向かって面白そうに挨拶する。

数秒して気づいたロロは、思い出したように自分のご主人様に向かっていつもの言葉を発した。 

まあ、それしか喋れない訳であるが。

「寝てていいわよ。 お役目ご苦労さん」

おんぷが言うと、ロロは元の姿に戻って自分のいつもの住処…紫水晶の中に欠伸をしながら帰る。

「…みんな、頑張ってたな…」

思い出す。

ついさっきまでの、親友たちとの一時。 そして、我らが娘の、壮大な覚悟と使命。

「…うん、私もやらなきゃ!」

言い聞かせるように、おんぷはそう声にしてピシャリと自分の頬を叩いた。

魔法でいつものようにトレーニングウェア姿に着替えると、そのまま部屋を出る。

雨は降っていたけれど、今の自分の気持ちはいつもの日課、早朝のジョギングを止めようという気にはさせなかった。

細い雨の中、おんぷは走り出す。

アメリカ・サンフランシスコの4月。  ゆるやかに登る坂道を、おんぷは息を弾ませながら登っていった。

 

 

「オンプ!」

朝に空を覆っていた雨雲は少しずつ青空を覗かせている。

そんな景色を窓越しにボーっと眺めていたおんぷは、クラスメイトの声に呼び戻された。

「…あ、なぁに?」

振り返ると、いつものメンバーがいつものご機嫌伺いの笑顔を作りながら立っている。

だから次に続く言葉も「いつもの言葉」なんだろう、とおんぷは思った。

「アハ… 次の数学の授業の、やってきてないんだ。 ゴメン、また頼むよ」

やっぱりだった。

宿題忘れの常習3人は、取り囲むようにおんぷに懇願する。

懇願…という程、誠意はあまり感じられないのだが。 そうなるほど、これは「いつもの事」だった。

「え… また…?」

一応、おんぷは言い淀む。 彼らに宿題を見せることは、優しさではなく甘やかしなのだ、という事は勿論頭で解っているのだが。

「サンキュー! オンプ!」

結局、彼らにこの台詞で今回も締めさせてしまうのだった。

やるせなくため息を吐き、おんぷは再び窓に視線を移そうとする。

「オンプ」

そんなおんぷを、腰に手を当てて別の意味のため息をつきながら、親友が呼び止めた。

「…あ、シンディー…」

おんぷは彼女の顔を見ながら、引きつったような笑顔を浮かべて当然出てくるであろう彼女の次の台詞を頭の中に響かせていた。

「それ。 今、アタシが何を言おうとしてるかもう解ってるでしょ」

「…イ、イエス」

おんぷの答えに満足した訳ではないが、シンディーはもう一度息をつくと「やれやれ」ジェスチャーをして歩いていく。

始業のベルが鳴ったからだった。 おんぷも肩を落としながら、小さくもう一度ため息をつくのであった。

 

昼休み。  おんぷは学校の広い図書館をさ迷っている。

歴史、そして宗教の棚を一回りして、何とか目的の本はいくつか手にする事ができた。

おんぷの通っているハイスクールは市の学区内で一番大きな学校だったから、図書館の本も充実している。 

おかげで市の図書館まで足を運ばずに済んだ。

まあ最もそこまでの本格的な本になると、英語だけに読んで理解するのも大変なので学校にあるような手ごろなモノで充分なのだが。

借りる為に受付する。 おんぷの手にした本を見て、司書のお姉さんが少し訝しげな表情を見せた。

クラスに戻っても、まだ時間が余っている。 自分の席に座り、おんぷは今しがた借りた本の一冊をペラペラとめくり始めた。

「…ん? 何? 本?」

探していたのか、シンディーがおんぷを見つけるなり迷いなく寄ってくる。

「うん、ちょっと図書室に」

「そう。 何借りたの?」

シンディーは興味深気な表情で本の表紙に目を走らせたが、それを読んだ瞬間に先ほどの司書と同じように顔を曇らせる。

「…魔女ぉ?」

「うん、魔女。 歴史上の、魔女」

涼しい顔で答えるおんぷを余所に、シンディーは脇に積み上げられている他の本を確認する。

『宗教と魔女』『魔女信仰』『キリスト教における魔女裁判』…

「…まあ、オンプはジャパニーズだし? あまり宗教にこだわりないのかも知れないけどさぁ」

シンディーの顔を盗み見る。 …やはり、あまりいい顔ではない。

「…あの、別に私はそういうの信仰してるって訳じゃないから。 ただちょっと」

「なに?」

おんぷが答えようとした時、別の声がおんぷの手にしている本の題名を読み上げていた。

「魔女の記録。 …オンプ、君は異端の徒だったのか?」

その男の声は、いつものソレよりも少し嫌味がかっているように思える。

「…ブラウ」

シンディーが隠そうともせずに、あからさまな嫌悪の声色で彼の名前を呼んだ。

「…あの、そうじゃないの。 ただ、ちょっとこれに関して興味があっただけで…」

「興味があるって事自体、異端なのさ。 魔女の呪いで一体何をするつもりだ?」

「ちょっとブラウ! オンプは別にクリスチャンではないんだし、異端とか関係ないでしょ!  からむの止めなよ!」

「最近、怪しげな新興宗教が流行ってるからね。 

 そういう危険な思想を持つ人間に、一言注意する事の何処がいけないっていうんだ?」

「オンプのどこが危険思想の持ち主なのよ!」

「何を言っている。 こんな本積み上げて、この姿の何処が穏やかだっていうんだ」

二人がそれぞれ違った目でおんぷを見る。

おんぷは険悪な二人の空気にあたふたしながらも、なんとか原因である自分をフォローしようと言葉を捜した。

「あ… あの、違うの。 本当に信仰したいとか、そういうのじゃなくて…

 ただ、ちょっと宗教的な目線で、人間が『魔女』をどう見てるのか知りたくて」

おんぷの答えに、二人は少し呆気にとられた。

「…よく分からないが、つまりオンプ、君は世間一般で知られているような目線で  『魔女』をとらえていない、という訳だ」

素早くブラウは理解し、そう質問する。

「うん。 …ホラ、日本は『卑弥呼』の国でもあったし、

 平安っていう古い時代には『陰陽道』っていう名前で魔術のような技を使う人達まで優遇してたから。

 こういう待遇と、キリスト教における魔女の扱いって、全く正反対でしょう?

 だからちょっと東洋的な視点と西洋的な視点、そういうのを含めて、もう一度今この現代で『魔女』を検証してみたくて」

「魔女という存在は、中世の教会がスケープゴートに作り上げた哀れな犠牲者達だ。

 今更、そんなの検証する必要などない」

「それは『いわゆる魔女』などいない、という事?」

「そうさ。 何か、君はもしかして『いわゆる魔女』はいる、いた、と思っているのか?」

「…そういう視点で、考えて見ようって思って」

「君の言う『いわゆる魔女』って、どういうものだ?  宗教的教祖の事か? 民間信仰の対象か?

 まさか物語に出るような『魔法使い』じゃないだろうな」

「…」

おんぷの恥ずかしそうな沈黙は、ブラウの最後の言葉を肯定していた。 ハ、と笑ってブラウは更に糾弾する。

「さすがジャパニーズ、アニメーションの国だよ。 メルヘンがあって、実に愉快だ」

棘のある愉快さの表現に、見かねてシンディーが口を挟もうとしたが、少し早くおんぷが口を開いた。

「…でも、そういうメルヘンじゃなきゃ研究する対象にならないもの。

 すでに綴られてる事実を復唱したって、新しいものは何も見えてこないし」

「研究?」

「何故? 何だってそんな事をするんだ?」

もっともな二人の意見におんぷは一瞬言葉が詰まったが、

「…年度末の歴史学レポート… これにしようかなって…」

と、小さく答える。

シンディーとブラウ、今度は同じ表情で思わず顔を見合わせた。

「…オンプ、まだ五月にもなってないよ? もう学年度末なんか考えてるの?」

気が早いなぁ、とシンディーは笑いながらペシンとおんぷの肩を叩く。

「…フン、さすがは優等生、というところか。 もうそんな所まで考えているとはね。

 いいだろう、じゃあ僕も君と同じ題材でレポートを書いてみるとしよう。

 どちらの見解が優れているか、是非スチュワート先生に見てもらおうじゃないか」

え、とおんぷが声を上げる前に、午後の授業開始のベルが鳴る。

楽しみだ、と言いながらブラウは一瞥もくれずに自分の席へ帰っていった。

「…ったく、何なのよアイツ。

 オンプに最近成績で負かされてるから、ああやってからんでくるのよ。 いやらしいったらありゃしない。

 オンプ、ああいうのはホント、一度ガツンと言ってやらなきゃダメだよ?  ガツンと!」

「…え、ええ」

「…ったく、頼りないなあ、オンプは」

シンディーは癖なのか、得意の腰に手を当てるポーズを取りながら『何回も言ってるけど!』と前置きして続けた。

「人の言うこと、イエスイエスばっかり言ってるようじゃ、ダメだよ?

 ホント、そういうとこジャパニーズだと思うよ。 よくない意味で。

 …ついでにその『メガネ』もだけどね。 これは私の偏見だけど」

笑ってシンディーはおんぷの顔をピっと指差し、席に戻る。

おんぷも頼りない笑いでもって返し、言われた『メガネ』をかけ直した。

(…そうだよね)

完全に雲の切れた青空を見上げながら、おんぷは思う。

(年度末レポートのため、なんて、ちょっと苦しかったかもしれないけど。  まあ、いいか)

そして空ではなく、窓に映る自分の姿を見る。

『彼女なら、そういう嘘をつく』

自分の心の奥からの声が、小さくそう呟いた。 が、おんぷの頭にまでは届いてはいないだろう。

始業のベルに少し遅れて、教師がクラスに入ってくる。

「スタンダップ!」

『やらされている』クラス委員として、おんぷが号令をかける。

たいして大きくないその声で億劫そうにクラスのみんなは立ち上がり、気だるい午後の授業が始まった。

 

 

 

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