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kind girl(それが女優)

<34>

 

トレイを持ってテーブルにつく最後の一人を、そのテーブルを囲っている3人が同じような表情でじっと見つめる。

「…ど、どうしたの?」

イスを引きながら、おんぷはややたじろくような声を出し、ハンバーガーのセットの乗ったトレイをテーブルの空いたスペースに置いた。

やるべき事はやり、そして見せるべき物も見せた。

おんぷ達4人の高校生はスタジオを後にし、今はこうして・・・手近なファーストフードの店内。

同じような学生のグループやカップルが、それぞれ楽しそうな声の響きを店内BGMに負けじと周りで奏でている。

おんぷははむり、とハンバーガーに噛み付く。 

心地よい疲労感と、今日の出来事で心に溜めていた何らかの重荷を良くも悪くも放り投げたような開放感で、

なんだか急にお腹が空いていた。

噛み付いて、気付く。

シンディーも、ブラウも、クリスも…。

目が、おんぷに噛み付いていた。 じっと、何やら妙な雰囲気をかもし出しながら。

彼らのハンバーガーには、全く手をつけずに。

「…」

おんぷは顔を赤くしながら、時を止めた。

そして少しずつ脱出の間を計りながら…口に入れたハンバーガーを飲み込んで、

手にしたバーガーを置いて、にこっと何事もないように(?)笑って、

「…だ、だから。 どうしたの? 食べようよ?」

と、3人が忘れていそうな感覚が呼び帰るように、言った。

「…うむむ」

しばらくして、ようやくシンディーが唸る。

「そういう、笑い方や誤魔化し方は、結構『素』だよね。  学校で見てるオンプだよね」

「ああ、僕もそう思う」

シンディーとブラウが頷き合う。 おんぷは『ハァ』と肩をすくめた。

「学校で見てる、も何も… うーん、一応、どれもこれも私の素、なんだけどな…

 …本人としては」

『藤原おんぷ』で、そう自信無さそうに上目使いで一応主張してみる。

「うにゃうにゃ。 わかんない。 それ、アンタのその主張!  それがイマイチ、アタシにはわかんないのよ!」

手にしたポテトの一本を突きつけ、シンディーが身を乗り出すようにそう即座に突っ込む。

「うむ。 僕もだ」

ブラウもそう述べ、コーヒーをマドラーでかき混ぜる。

クリスも言葉無く、頷いている。 ハンバーガーを齧りながら。

一応、みんな食べているな、と思っておんぷはちょっと安心した。

「…な、何かおかしいかな…?」

何か遠慮深気にポテトを一本だけ丁寧に口にするおんぷの姿に色々感じるものはあるが、

シンディーはそれを捨てて吹っ切るように言った。

「だから!!  …演技、なのよね?」

つまるところの、一言である。

「今日、アタシ達に見せたものって、そういうことでしょ?  アンタは女優の卵で、演技を勉強してるんでしょ?

 うん、すごいよ。 すごかった。 みんなもビックリしてたわ。  オンプ、アンタすごい女優になると思うよ。

 …すごい、演技だった。  そういうことよね?」

「そ、そこまで誉められると、ちょっと逆に不安になるかも」

「そーいう事を言ってるんじゃなくって!! …いやそういう事も言ってるけど。

 とにかく、こういう事よね?

 アンタは、日常でもやってた。 日常レベルでやってた。

 演技の、勉強を。 アタシ達に向かって!」

おんぷの答えを待つかのように、シンディーはおんぷを睨みつけながら、ポリっとポテトを一本齧った。

3本くらい齧った時、おんぷは宙に泳がせていた目に落ち着ける先を見つけたのか、弱々しくようやく頷く。

「でしょ? でしょうっ??  それはつまり…  騙してたってことだよね? やっぱり、そうなんだよね???」

シンディーの語尾には、問い詰めるような迫力は無かった。 少し、複雑なしんみりした声がこの場の4人の空気を渡った。

「シンディーはハッキリ言わないが、僕が言おう」

ブラウが目を伏せつつ、そう言う。 さっきからコーヒーは飲まず、なぜかぐるぐるとかき混ぜるままだ。

「そういう気弱な態度…。 いや、気弱な『人間』といったらいいのか。

 それは、作ったものだろう? オンプ自身の、本来の姿ではないのだろう?

 バイト先のも。 僕らに見せている、すべての姿は…

 演技、なんだろう?」

しん、と空気が波打った。

こんなにも、周りは騒がしいのに。

どこかの席で、女の子達が大爆笑している。 

携帯の着信音が鳴っている。 

店内のスピーカーからは、流行のロックが低音を響かせている。

なのに。

この席は、静かだった。 各々が自分達の耳を、まるでその機能を確かめるかのように集中させていた。

シンディーも、クリスも、そして…

特にブラウが。

ブラウは口を半開きにしたまま…『何も言っていない』。

ぐるぐると、コーヒーをかき混ぜる手が、ゆっくりと止まる。

おんぷの、手が。

「…僕だって、言いたくはないさ。 …こんなこと」

そう、胸から搾り出すように放った言葉は…

おんぷの口から、漏れていた。

ブラウは開きかけていた口を、閉じた。 そして生唾と共に、『僕が言おう』と言って用意していたその台詞…

つまり、今すべて『おんぷが言った言葉』を飲み干した。

また、変な汗をかいた。

ブラウは思わず、クリスを見た。 クリスも意味がわかっているのだろう。  同意するように、頷いている。

「何よ」

シンディーが、この妙な雰囲気を掻き毟るように言う。

「オンプ! 何よ!  ブラウのマネ… 演技なんかして!?  それが一体… どういうつもりなの!??」

シンディーも、自分が何を言っているのか、何を問い詰めようとしているのかついに分からなくなる。

だが、何か絶叫しないといたたまれない気持ちになった。

先ほどまで一番静かだったこの席が、今一番騒がしかったらしい。 店内の客が、何事かと視線を集めていた。

色々な視線が自分に向けられているだろう。  だが、おんぷは…動じない。

動じないというか、こうするしかないのだ。

「これが、演技よ」

素直な微笑を浮かべて、おんぷは小さく言う。

「どういう風に思われても仕方ないけど…。  バカみたいだけど、これが私の考える、『演技』。 だから…

 私はどれもこれも、ミエカタが違うだけで、本当なの。

 騙してるつもりはないし、ウソついてるつもりもない。

 私は、私の、『本当』を…

 表現することが、『演技』だって信じてるから」

 

 

 

「まだ、信じられんよ」

薄暗いカクテルライトの店内に、少し弾むようなジャズが流れている。

談笑。 そして、グラスが交わし合わされる澄んだ音。

カウンターの両側の遠くのほうで、そんな音がしていた。

「…あれで、16歳… なんだからなぁ…」

トン、と声の主は半分になったジョッキを置いた。

「ふふふ。 夢だと思う?」

さくやはそんなロジャーを見て、自分もグラスの赤い液体に口をつけた。

「夢…。 そうだよなあ。 夢みたいな話だよなぁ…。

 あんなことが、その… できるのか? 本当に」

頭を何回も抱えながら、ロジャーは思い出す。

オンプの、その舞台を。 

数時間前に目にした、その数分の出来事を。

「オンプは合格ね。 完全に」

さくやは嬉しそうに、自分のグラスに向かって話す。

「女優は夢を見せてこそ、女優。  ふふ、『夢だと思った』ね。 最高の誉め言葉だわ」

「…意味合いがなぁ… 違うよ、サクヤ。  …いや…違わないのか??」

ロジャーはさくやと二人、バーにいる。 こうやってようやく落ち着いて、今話す事が出来るようになっていた。

「何にしても、恐ろしいよ。  あの演技力、表現力、想像力… みたままのすべても、だ。

 天才、か。 サクヤをしてそう言わしめる言葉がどんなものかと想像したけどね。

 想像以上って奴だ。 世の中にいるんだなぁ、ああいうスーパーマンが」

「そうね」

「…嬉しそうだな、サクヤ。  …ま、当然か。

 サクヤ、教えてくれよ。 キミは一体、彼女に何を教えたんだい?」

ロジャーの言葉に、さくやは無言の微笑を返す。 

ゆっくり、と。

「…企業秘密ってコト?」

「違うわよ」

「その微笑にこそ、秘密があるってこと?」

「それも違うわね。 残った答えはタダ一つ、よ。

 私は…教えた覚えがないんだから」

ふふふ、とサクヤはおかしそうに笑った。 早く誰かに言ってみたかったのだ。 この言葉を。

オンプの才能を見せ、そして驚くその人間が自分に問う。

『あの子に一体何を教えたのですか』と。

なんとなく、夢見ていた。 そんな場面を。 そして分かっていた。 いつかそういう日が現実に来ること。

さくやの夢は、ささやかなところで叶ったのだ。

自分は何もしていない、という事を証明しただけの一言なのだが、なぜかさくやはとても誇らしく、極上に嬉しかった。

ロジャーは目を丸くしながら、そんなサクヤの笑みの意味に戸惑っていた。

 

 

 

女優って…何だろう。

一体、どういう女優が『素晴らしい女優』なんだろう。

…一体、何が。 『いい演技』なんだろうか…。

昔、私は日本でハリウッド映画のオーディションを受けたことがあった。

その頃から私は将来自分が目指す頂として、『女優』という山を見据えていた。

高い山だけど、なんとか… 中腹までは登りきっていたつもりだった。

疲労も無く、そして自信もあった。 

天気も快晴、一体この山道にこの先どんな不安があろうか。 そんな順風満帆さも感じていた。 

そして、ついにその頂を望める景色が目の前に広がったのだ。

私はその景色に一歩足を踏み出し…

そして、落ちた。

頂上は、私をあざ笑って目の前に崖を置いたかのようだった。

私は…呆然とした。

突然迷子になったのだ。 この山の中腹で。

いや、中腹なのかそれも分からない。 自分の登っている山が何だったかさえも、分からなくなった。

何も… 分からなくなったのだ。 あの時は。

精一杯の演技をした。 自分の持てる全力を尽くした。 

同じオーディションを受けた子達… つまり、同じ山を登ろうとしていた子達と自分を比べても、

主観・客観を合わせても私が一番可能性があると感じていた。

そんな演技で。

そんな発声で。

そんな姿で。

私を超えて、誰がそれを掴むのだろう―と。

しかし、その私の心の内の評価は、全部自分に返ってきてしまったのだ。

私の演技で。

私の発声で。

私の、姿で…。

世界に通用する女優には、なれない…と。

世界に通用する女優。

本当の、女優。 本当の、演技。

私は間違っていたのだろうか? 今まで、間違ったものを身に付けてきたんだろうか?

じゃあ、今までみんなに誉められて、『上手上手』と言われてきたのは、一体何を見てのものだったのだろうか?

なまじ… 山を登るのを諦めたくない私には、その問いが重過ぎる荷物になって身体に、心にのしかかる。

一歩も進めない。

親友達が心配する中、私はそれこそ『演技』の仮面をかぶって言った。

『仕方ないわよ。 私の実力が足りなかっただけなんだから』

『また、がんばるから』

自分で発したその言葉は、両刃の剣どころか全く持って自決用の短刀になって、私の奥底のハートを突き刺す。

足りない実力。 一体何なの? その足りないところって?

がんばるから。 何をがんばるの? どうがんばれば、先に進めるの?

今ではない、この先に。

知りたい。 分かりたい。 聞きたい。 見たい。

そして―

私はその時、見たのだ。

私が見たかった、その、本当の『女優』を。

 

彼女の名前は『さくや』といった。

出会いは偶然。 そして、『私』が会ったのではなかった。

自分の内なる問いのすべてから一時的に逃げたかった私は、その時魔法で別の女の子に姿を変えていた。

忘れもしない夕暮れの公園、そしてその夜の舞台。

彼女は見せてくれた。

素晴らしい、演技を。 

私の描く『世界に通用する女優』の姿、を。

(彼女しか、私を導いてくれる人はいない)

そう思った私は、すぐにさくやさんの下へ教えを乞いに行った。

「どうすれば、あなたのような女優になれますか?」

「どうすれば、そのような演技ができますか?」

瀬川おんぷではない、小さな少女のその問いに、さくやさんは微笑んで、優しい声で答えた。

今も忘れない。 それは、『最初の答え』だった。

『・・・あれはね、演技と言えば演技だけど、厳密に言えば・・・演技じゃないかもね』

『・・・演技じゃない・・・?』

『そうよ。 私は、老婆である時は本当に老婆になっているし、乙女であるときは本当に乙女になっている。

 怒っているときは本当に怒っていて、泣いているときは本当に悲しい。

 ・・・すべて、これは自分の心のままをみせているにすぎないわ。

 そりゃ、多少の演技はあるでしょうけど、これだけは確実よ。

 私のお芝居に、感情の演技は無い。 あれはすべて本物の感情。

 だから、お客さんは素直に私の『役』を感じてくれてると思うの』

『・・・どうして、そんな事ができるんです?

 笑いたいときに怒ったり、泣きたいときに笑ったり・・・そんなに、感情って上手くコントロールできるんですか?』

『プロだもの。 ・・・悲しいけど、プロだからできるのよ』

『・・・』

『それにね、私は自慢する事じゃないけど、あなたよりは多少長生きしてるわ。

 そして色々な人々と出会い、色々な人々と付き合ってきた。色々な人を見てきたわ。

 そういう多くの経験の中で、『人のこころ』や『自分のこころ』の動き方を、実際に学んだの。

 人を理解する、人の気持ちがわかる、自分がその人の気持ちになってみる・・・。

 あなたくらいの小さい頃、お母さんによく言われた事よ。

 人として、大切な心。 思いやり。

 ・・・私のやっている仕事は、その応用というか、延長にあるものだと・・・思ってる』

『・・・人を・・・思いやる・・・』

『優しくなれないと、人は理解できない。

 理解できないと、真に他の人を演じることなんてできない。

 ましてや、『自分だけの演技』なんて絶対にできっこない。

 そして、老若男女の気持ちを理解するには、実際にその世界でその人たちと付き合ってみないと分からない・・・。

 あなたに子供の演技というものが必要ならば、今の時間を大切になさい。

 より多くのお友達と、仲良くしなさい。 そして、理解してあげなさい。

 それがあなた自身の人間と、女優としての力の助けにもなることだから』

『…』

『いい? アナタ』

そう言って、さくやさんは手元のメモ帳に『女優』と文字を書いた。

『女優の『優』は、『すぐれている』の『優』じゃないのよ。

 …やさしい、の意味の『優』なのだからね。

 ふふ、あなたも私を目指してくれるなら、そう…覚えておくといいわ』

ちょっと難しかった? と言ってさくやさんは笑った。

たしかに、難しい。 ハッキリとした答えでは、ないような気はしたけど…

私の道は、たしかにこの時再び姿を表したのだった。

 

優しくなれないと、人は理解できない…。

理解できないと、真に他の人を演じることなんてできない…。

ましてや、『自分だけの演技』なんて絶対にできっこない…。

 

想像だけでは、何かが足りない。

私が演技するモノ、表現するモノを実際に知らないと… 

経験しないと。

知らないと。

そこから始まるのだ。

もとより、私は… そこから、始まってなかったのだ。

つまり、 『ヒトを、モノを知る』 という段階からなのだ。

 

 

 

おんぷは一息ついて、なんとなく冷めてしまったコーヒーを口にした。

その『間』に、話を聞いていた3人もどことなく溜まっていた息を吐き出す。

その、まさに『一息ついた』という短い時間ののち、おんぷは再び語りだした。

少し、遠くを見ながら。

「人を知るって、どういうことだろう?」

「私はまず、そう考えたのね。  何をもってすれば、その人を『知る』ことになるのか?

 何を知ってれば、その人を『分かったこと』になるのかな?って。

 そうして、漠然と行き着いたところが…  その人の、価値観っていうものよ」

クリスは思わず、自分の胸のあたりを握った。 …自分の『価値観』が、その奥にしまわれているような気になって。

「人の違い。 意見の違い。  それは、つまるところ、価値観の違いかなって。

 人が正義と感じるもの、悪と感じるもの。 それは人によって別々。

 人は、自分の『正しい』と思うモノによって考える。 それが、価値観。

 人を知るのは、その『価値観』を理解するんだなぁって。

 …なんとなく、そう考えたの」

そう言って、おんぷはくりっとした瞳を開き、シンディー、ブラウ、そしてクリスを交互に見つめた。

「でも、分かる? それって、どういうことか。  私… 笑っちゃったの」

本当におかしいのだろう、おんぷはクスクスと堪えきれずに笑みを漏らした。

「…わ、わかんないわよ。 難しいわよ、アンタの言ってること」

シンディーが困ったようにそう言うと、おんぷは『難しい?』と問い返す。

「私も、そう思った。 最初はね。

 でも、ふと、気付いたの。  人の価値観を理解してあげる…。

 つまり、それって…  『優しくなる』ってことなんじゃ、ないかなって」

ケロリ、とおんぷはそう言った。 あまりにも簡単な単語がそう答えとして返ってきたので、思わずブラウは待ったを宣言しようとして…

ふと、留まった。 動作に少し表れていたのだろうか、おんぷはブラウのそんな姿を見つめて、ちょっと待ったようにして続ける。

「うん。 ね? なんか、そう思わない?

 優しくする、優しいってどういうこと?

 いい子いい子って、人の頭をなでてあげること?

 何かを施すこと?

 ううん、違うと思う。

 優しいって、親身になってその人の事を理解してあげることじゃないかな?

 その人の気持ちを分かってあげる。 分かってあげるから、その人が本当に何を求めているのか分かる。

 その人の事を、大事に考えてあげられる…。

 私は思った。

 人の価値観を知るっていうことは、人に優しくなる事なのかもって」

おんぷは、なんとなくみんなの反論を待った。

…3人が3人とも、何かを考えているようだったが… 特に何も口にせず、おんぷの言葉の続きを待っているようだった。

「難しく、考えすぎたのかもしれない。  でも、意識してるのとしてないとでは、全然違う。

 優しくなるって、簡単だし、難しい。 誰にでも優しいって言われる人は、本当にスゴイなって…

 …そう、感じたわ」

一瞬だが、おんぷはどれみの顔を思い出してちょっと懐かしむような微笑みをみせた。

 

 

 

「女優の『優』は、優しいの『優』…」

さくやはポツリと、そう溢す。

「日本語かい? どういう意味だい?」

さくやのその意味深な旋律に、ロジャーはそろそろアルコールが回って来始めた頭を振るって聞いた。

「ふふ。 さくや流の、奥義よ。  日本語では、アクトレスという単語を二つの字に分けて表現するの。

 女、と、優。 その優の字にはベターの意味もあるけど、私はカインドだと考えてる。

 優しい女。 優しいから、なれる。 それが、女優だと」

「なかなかに… 哲学的だね」

さくやはグラスから残ったワインを指先に浸し、黒いそのカウンターの上に『優』と書いた。

「人に優しくすれば、その人が理解できる。

 逆でもある。 その人を理解してあげることが、優しさ。

 理解してあげるからこそ、その人が本当に求めているものが分かるし、

 客観的な部分でその人に必要なものもわかる。  その人のこころが見えてくる。

 その人を、自分が演じることができる―」

さくやはそこで言葉を切った。 そして、それが答えだと思って頷きかけたロジャーを目で制止させ、

「―かもね?」

と、笑った。

「…なんだ、思わず説得力あるなぁと頷きかけたよ」

「うふふ。 そんなことで女優になれたら、もっと世界には女優が溢れているはずよ。

 私なんて、オマンマの喰い上げだわ」

さくやは両手の平を上に向け、肩をすくめて見せた。

「でもね、結局は『知る』と『成る』の差があるのよ。

 そして気付く。 自分は、本当にこの人を『知った』のだろうか?って。

 その人を演技しようとして、そう思う。

 どんなに頑張っても、どんなに優しくなってその人を理解したつもりでも。

 やはり、『その人』と『自分』なのだ、と」

ワインで書いた『優』の字を、少しずつ人差し指で崩しながらさくやは呟くように続ける。

「人は誰も、他人の代りにはなれないのよ」

「おいおい…」

ロジャーは苦笑しながら、カウンターを指でカツカツと鳴らした。

「なんだかそういう諦め方は、とても女優の発言とは思えないな。

 それを分かって、尚且つそれに近づこうとする… それがキミの仕事なんじゃないのか?」

「イエス。 ちょっと違うけど、まさにその通り」

にこっと笑い、さくやはワインを今度はちゃんと喉に流す。

「完全に他人にはなれない。 けれど、他人を分かってあげる。

 ギリギリの線まで、分かってあげる。

 そうすると、自分の心に芽吹く。  その人の、想いが。

 その小さな芽に光を当てて、成長させて…

 表現することこそ、私の考えるモノなのよ」

「つまり、こういうことかい。

 演技とは、他を表現するのではない。  他を理解した、自分の心を表現するのだ、と」

「上手い事言うわね」

「ま、これでも演劇関係の仕事に携わっているもので」

二人は軽く笑いを交わした。

「…故に、演技は嘘ではない。

 演技というのは、騙すことでもない。

 演技している自分は、いつだって、自分の『本当』なのだ。

 そしてその演技が素晴らしければ素晴らしいほど、その人は本当に優しい人間であり、

 そして、嘘をつかない自分の姿をさらけ出しているのだ…と」

何かの詩を朗読するかのように、さくやは低い旋律をそう響かせる。

 そして思い描くように、煙で濁った店内の空気に何かを定めて見つめた。

「表現力。 演技力。 その他もろもろ。

 それよりも尚、私があの子を見て震えたのは…

 私が長生きして偶然にも得たその答えを、既に手にしていること」

ロジャーもさくやの見つめる先に、彼女の姿を見た。 …気がした。

「長い時の中でしか、感じることのできない事。  経験しなければ、行き着くはずがないような事。

 それすら、彼女は持っている。 きっと、ね。

 不思議だわ。 彼女はその『時』を解決しているのよ。

 これが天才でなかったら」

さくやはじっと何かを考え、そして残ったワイングラスの中の最後を飲み干した。

 

「きっと魔法、ね」

 

 

 

 

おんぷと別れたシンディーとブラウ、そしてクリスは、3人共に呆けたような足取りで暗い帰路を歩いていた。

『あ、あんまり深く考えないでね?

 つまり、私が言いたい事は、どんなに違って見えても、それは全部私のありったけの『本当』なんだから。

 少なくとも、私はそのつもり。

 ってゆうか、そういう風に理解してもらえないのは、やっぱ私がまだまだってことなんだよね』

そう言って、いつも学校で会っているオンプは『テヘッ』と舌を出していた。

「…なあ、シンディー」

ブラウが虚ろに声を出す。

「何よ」

「オンプの言ってた事… どこまで信じる?」

ブラウのそんな頼りない声に、シンディーは勢いよく振り向いた。

「…何よ。 アンタ、オンプを信じてないの!?」

今にも胸倉を掴まれそうになったブラウは、慌ててホールドアップ気味に頭を振った。

「いや、違う、違う。 そんな意味で言ったんじゃない、そんな意味で」

「今の言葉に、他にどんな意味があるっていうのよ!?」

シンディーは素直で、直情的だ。 そのままブラウに叩きつける言葉を、自分の胸の内にあるモノへと変える。

「オンプよ? あの、オンプがだよ??  頼りなくって、放って置けない、あのオンプだよ?

 それが、あんな事考えてて… あんな風に生きてるんだよ!??

 …なんてしっかりしてるの、って思った! アタシなんかより、ずっと! 多分、アンタ達よりも!

 すごいよ、オンプ! ああいう事、考えて。 自分で、ああいう事を考えて。

 自分の考え、ちゃんと持って。 自分の生きる意味、しっかりあって。 輝いて。

 アタシ、分かったもん。 アレが絶対、作り話とか嘘じゃないって。

 そう、信じるもん!! そんで、尊敬するもん!! オンプの事!!

 でも、こんなことオンプの前じゃ絶対言えないもん!! だから秘密にして!!」

勢いよく叫んだシンディーの、なんだか頼りなく結んだ最後を聞きながら、ブラウは頷いて言葉の続きを語った。

「…うん、分かるさ。 シンディーの言う事。 正直、僕も似たような気持ちだ。

 オンプの言ってること、考えてること。 全部、彼女の中の真実だろう。

 彼女が自分で考え、そして自分で導いた答えだからこそ、あんなに輝いて聞こえたり、見えたりしたんだろう。

 そうでないと、こんなに僕らに説得力をもたせる事ができない。

 だから、そう、だから…」

ちょっと躊躇うように、ブラウは区切った。

シンディーやクリスの表情を確かめるように覗き込むのは、何か次に言うべき言葉を口にするか判断しているように思える。

「だから、何」

シンディーがそう判決したので、ブラウは従うように口を開いた。

「…彼女が言った言葉、さ。  私は優しくなって、理解したい… そういうところだよ

 …これは、つまり、自分でそう行き着いた答えなんだろ?

 そう、『汝、隣人を愛せよ』っていう、その…

 ……最も、核たる部分を」

ブラウが口にした一説は、この国の人間ならほぼ全員が何であるか分かる言葉だ。

最も一般的で、そして敬愛すべき、信仰すべきもの。

ブラウは自分で言ってみて、少し恥ずかしくなったのだろう。 

なんとなくだが、恐れ多くもそんな『例え』を出してしまったことに。 だからちょっと赤くなって、俯いた。

発言をどう誤魔化そうか、などと考え始めた時、シンディーが当然の様な声で言った。

「奇跡くらい、見たじゃない。 今日。  そうとも言えるような、オンプの演技を」

クリスも言った当人のブラウも、なぜかビックリしてシンディーを見つめる。

シンディーは頷きながら、言った。

「オンプが神の子だ、とか言われても…  アタシは、信じてあげてもいいよ?」

そう言って笑ったシンディーの表情は無邪気すぎて、ブラウ達には冗談とも本気とも区別がつかなかった。

 

 

 

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