<プロローグ>
それは、ちょっと昔の出来事。
今は小鳥が歌い、緩やかな風の流れに森の枝が囁き、そして色鮮やかな魔法の花が太陽の恵みを受け、
ほがらかな魔力が森の木々全体を満たし続けているような暖かい場所…
『安らぎの森』。
そんなこの森がつい最近まで、とある一人の魔女の悲しみから魔女界きっての禁断の場所になっていたなど・・・
今のこの森に初めて来たそれを知らない者には、絶対に想像できないだろう。
そう、そんなちょっと昔に、この場所は劇的に変わった。
一人の魔女の深い悲しみは、時の女王様が予測していたものより遥かに大きかった。
そしてその悲しみを少しづつ癒していった6人の魔女見習いも、その大きすぎる悲しみの前に最後の手段を失った。
魔女界随一の魔力を持った、先々代の女王、トゥルビヨン。
彼女の魔力・・・そして絶望と悲しみの深さには、底が無いかのようだった。
その先々代の女王は、今、ここに見えるこの森で一番大きな木の前で・・・『眠っていた』。
そう。 そんなちょっと昔に、それはここで見えた光景。
今は違う。
この場所は、かつては陽光も届かない程に悲しみのイバラで覆われた鬱々とした場所だったが、
今では太陽の暖かな恵みが覆う、美しいマーガレットの花の咲き乱れる場所。
そしてその場所に、『彼女』に代わるかのように、その『彼女』は眠っている。
先々代の女王を悲しみのイバラから救うために必要なものは、二つあった。
彼女を凌ぐ程の、強大な魔力。 そして、その悲しみよりも大きな、人間界での暖かな思い出。
その二つを持ち合わせる事ができた『彼女』が、今、こうして先々代の女王を優しく包み込み、眠っているのだ。
彼女はほがらかなマーガレットの香りに包まれながら、微笑みを絶やさずに眠っている。
森の風が花を揺らす度に、その金色の髪は陽光を照り返してキラキラ輝いた。
傍らには、そんな眠る彼女を守るようにして、白い大きな象がこれもやはり眠っている。
象は時折目を覚ます。
その度に彼女の寝顔を確認するかのように覗き込み、安心とも不安とも取れない微妙な表情で再び彼女の傍らに戻る。
それが、この森の今の日常なのだ。
「・・・眠っていても、成長はしているようですね」
その場所に、彼女を前にして佇む二人。
「はい、女王様。 体もそうですが、ハナはどうやら先々代の女王の魔力を吸収しているように思います」
女王の侍女がいつも通りの真剣な表情に加え、不安気な陰も見せる。
眠る少女を見つめるこの魔女界を治める現女王も、気付いていた。
ハナがあの時とった処置。
そう、それは本当にそれしかなかった手段であると、今でも思う。
ハナの魔力と人間界の思い出で、先々代の女王の魔力と悲しみの記憶を中和させ、埋める。
伝説の白い象の力も借り、それは『ハナが女王の心を取り込む』という形で成り、先々代の女王の呪いも無くなった。
一切が、変わった。 魔女界に、本当の平和が戻ったのだった。
だが・・・こうして、その代わりにハナが眠る事となった。
『あれ程の魔力を時間をかけてゆっくり溶かし、中和するのに必要な眠りなのだ』と、魔女界一の医者・マジョハートは言う。
が・・・このハナから放出されているかすかな魔力、それはすでにマジョリンが推測し得る程の大きなものに育っている。
ハナは、先々代女王の魔力を吸収しているのだ。
色々な意味で彼女が『目覚めた』時、それは一体どんな魔女が誕生する事になるのだろう。
「ハナちゃん、まるで・・・目覚めませんね」
女王の思いを知ってか知らずか、マジョリンが言う。
「そうですね。
― あれから・・・ 5年ですか・・・」
5年。
魔女の時間では、それはほんの一握りの砂が落ちるのと同じ位と言ってもいい程の時間。
人間界では、5年という時間はどうなのだろう。
あの、純真で、無垢で、ハナをここまでの魔女に育てた少女達の輝きは、その時間でも変わらずにあるのだろうか・・・。
「・・・ハナちゃんは、大丈夫ですよ。マジョリン。
彼女等が育てた、魔女なのですから」
女王は自分に言い聞かせる意味もあり、力強くそう口にした。
そして、風が吹いた。
白い花びらがそれに舞い、その静かな一瞬の花嵐がやんだ後・・・
『彼女』は、目を開いてそこに立っていた。
あれから5年の、魔女界での出来事。
人間界では―
その『元』魔女見習い達は、高校2年生。
17歳の春を迎えていた― 。