ReAct以外はカイト×ルカメインです。
4本収録の短編集

◆ ACUTE

 Pixiv再録(加筆修正)

唇に審判
 
 顎にかかった指の腹に力がこめられて、逃れられないようにぐいっと上向きに固定された。
 物言いたげな視線を送ると、遮るように唇が重ねられる。
 抗議しようと口を開きかけたその隙間に、すかさず舌が侵入してくる。逃れられない。
 やがて息が苦しくなり、彼の背中に立てた爪がだらりと垂れてしまう。差し込まれる熱に全てを委ねてしまいたくなる。
 生理的な涙を滲ませた彼女が身動きをとれなくなるまで、自由を奪うためだけに唇を塞ぐ。狡いやり方だが、彼の目論見はうまくいった。
 ぐったりとソファーに沈ませた両膝をとらえられる。青い髪の一筋が彼女の額に落ちて、紡がれる言葉に全身が総毛立つ。
「酒の匂いがする」
 
 水分を根こそぎ吸い取られたかのように、からからに喉が渇いていた。
 せめてもの意思表示に、挑むように睨んだが無意味だった。潤んだ瞳では大した迫力は出せないだろう。

 時刻は午前零時を過ぎたところだ。
 真夜中の居間で、荒い息遣いだけが鮮明だった。

アオイトリ(現代パロ・主従関係)

 物心ついた時から、肉親との接触をほぼ完全に禁止されながらカイトは成長した。
 
 歪な育ち方をしたと思う。それでいて人間不信に陥らずに済んだのは、ひとえに教育係のおかげといえる。
 生まれた時から肉親の代わりに側に居てくれた、口うるさいじいやだった。行儀作法や対人関係の処世術、屋敷を一歩出たカイトが途端に物知らずと化してし まわないよう、あらゆる方面に気を配ってくれたのだった。鬱陶しくもあったが、何より感謝している。
 かなり年を召してもきびきび仕事をこなしていた世話係も、カイトが私立学園の大学部に進んだのを見届けると退職し隠居生活に入った。
 
 その代わりにやって来たのが、彼の孫娘である巡音ルカだ。
 引き継ぎは完璧であった。一つ年下で、当時高校生だったルカはそれ以来、祖父が乗り移ったかのようにカイトに干渉してくる。
『巡音家は代々あなたの家を主君として仕える決まりです。とりあえずはカイト様が立派な奥様をお迎えになるまで、御目付役を勤めさせていただきます』
『時代錯誤にも程があるよ!』
 初対面で深々とお辞儀をした挙句の口上に頭を抱えたら、ルカはそうでしょうか?と小首を傾げた。そこだけ見ればただの可愛らしい少女なのに。
 時代がかった挨拶の翌日から、ルカは屋敷の一部屋に居を移し、そこから高校へ通いだした。
 住み込みのメイドも複数名いたので、当時は変だとも思わず受け止めていた。
 が、次の春に彼女が学園の短期大学部に入学したのを見て、そこまで合わせる必要があるのかと疑問が芽生えてきた。大昔ならとにかく、いまの時代に。
 仕えるなんて動詞からしてまず非常識だろう。
『ご心配なく。ちゃんと学びたいことを選べてます。あなたの世話を焼くのはいわばバイトに当たるわけなので、私のプライベートに関してはお気遣い不要で す』
 その紋切型な所が不安なんだけど――確かに四六時中一緒で息が詰まるという事態でもない。
 朝、ベッドでぼーっとしていると、とうに身支度を済ませたルカが扉をノックする。覚醒していないと判断された場合、入室してきて布団を剥ぐ。
 容赦なく鮮やかな手際で。
 洗面所で身なりを整え、着替え終わると引きずられるようにして食堂へ。向かい合って料理を口に運ぶ。
 学部生のカイトと短大生のルカの授業はほとんど別々だ。
 それでもキャンパスへは連れ立って到着し、それぞれの教室へ落ち着いた後は単独行動だ。
 
「いやお前、それ相当ひっついてるじゃん」
 がくぽの一声を皮切りに、さざめくように同意の言葉を浴びせられる。恨みがましげな視線も。
「いつも起こしてもらってるとか、どこの連れ添った夫婦だよ」
「そうだ、てか昼も毎日一緒に食べてるだろ。巡音さんが二人分の弁当持って訪ねて来る光景は有名だぞ」
 カイトは反論した。
「あれはシェフが持たせたやつをルカが届けてくれてるだけだ。同じものをこれから食べるのに受け取って別れるのもよそよそしいだろ、彼女の手作りなんて半 年に一回くらいしかお目にかかれないぞ」
「結局食ってるってことかよ!」
 羨ましい、と友人の一人がとうとう崩れ落ちた。

ReAct
(ミク、レン、リン)

 面会時刻も終了した時間帯、ふらふらと最上階の屋上へ行く。
 眩しいほどの夕陽を見つめるのが、ここに来てからのミクの日課だった。
 フェンスにもたれかかってひとしきり眺める。真っ暗になる前に病室へ戻るつもりだった。
 急に背中によびかけられた時は驚いた。
「そのフェンス、老朽化してるから危ないよ?」
 振り向けば、そこにはミクと同じ年頃か、少し下に見える少年が立っていた。

「オレ以外に屋上に通う人がいるなんて思わなかったから、ひと目見た時は自殺志願者かと思ったよ」
「わー失礼なレッテル貼られるところだった……私、ふらふら散歩してただけよ?」
「ついでにふらふら落ちてしまいかねなかったから」
 年齢を尋ねると、ミクと少年とは二学年離れているらしい。
 年の近い弟を持つとこんな感じだろうかと思った。
「あ、そういえば名前まだ教えてもらってない!」
 次に会ったら聞き出そう。

「レン君、っていうんだ?」
「なぜわかった」
 簡単なことだ。同じ病院に居るのだから、夕方じゃなくとも姿を見かける機会はある。
 見舞い人らしき少女に親しげに呼ばれて、彼が振り向く所をミクがたまたま目撃したのだ。
「かわいい子だったねー。彼女だったりして」
「だったら良かったんだけどな」
 ――双子の姉だよ。リンって名前の。