「ねぇ、ミキ。さっきの手紙は何だったの?」 チハヤが帰ってから、私は夕食の準備を、ミキは昼寝の続きを再開したが、 私の頭の中ではまだ謎が渦巻いていた。 「結果が出るまでは、ひ・み・つ」 「ええっ、ひどいよ!気になるじゃない!」 「ちゃんと見つかったら教えてあげる…から…あふぅ」 ミキは欠伸をしてそっぽを向いて寝てしまった。 いつもこうだ。その気にならないと何も教えてはくれない。 私は降参して考えることを諦め、おにぎりを握り始めた。 * 「ただいまなのー!」 あれから三日後の朝、一通の電報が届いた。 ミキはその電報を見るなり、 「三日かぁ〜、結構早かったね。今日の午後2時にチハヤさんが来るみたいだよ。 ミキお昼までちょっと出るから、おにぎり作って待っててね」 と言って、すぐに外へ出かけて行ってしまった。 そうして12時頃、私が頼まれたおにぎりを作って待っているとミキが帰ってきた。 「うわあー!おにぎりのいい香りがするの! さ、早く食べよ、ミキもうお腹ペコペコだよ〜」 と言うが早いか食べるが早いか、既におにぎりの一つに手を伸ばしていた。 少し多めに作ったおにぎりを全て平らげてしまうと、 ミキはソファーにばたりと倒れ、満足そうにふーっと息をついた。 「ねぇ、いつになったら教えてくれるの?」 食器を片付けながら私が尋ねると、 「うーん、じゃあ、ヒントだけあげるね。 ハルカがもし、おじいさんだったら、大切にしていた青い鳥を誰にあげたい?」 「それは勿論ジャン君にあげたいに決まってるじゃない。可愛いお孫さんだもの」 「だよねー。次のヒントは…もう殆ど正解に近いんだけど、 ハルカは『青い鳥』っていうお話知ってる?」 「知ってるよ。兄妹が青い鳥を探しに行くっていうお話でしょ」 「なーんだ。それなら答えは簡単だよ」 「えっ!全然分からないよ!どういうこと?」 「もー、ハルカって時々すっごく鈍いよね。あっ、チハヤさんが来たみたいなの!」 外からドアをノックする音が聞こえる。 「はーい!どうぞー!」 ミキが叫ぶと、チハヤが部屋の中へ入ってきた。 「スターウェルさん、この度は本当にありがとうございました」 入ってくるなり、チハヤは深々と頭を下げた。 「ち、チハヤさん頭を上げて!ミキは大した事してないの」 「ですが、青い鳥を見つけることが出来たのはあなたのお陰です」 「えっ!青い鳥って見つかったの?どどどどこから?」 私は驚き、ミキは呆れた顔をして、 「ハルカぁ、チハヤさんが来るっていう段階でそれくらい分かるでしょー」 「で、でも見つからなくても来てって言ってたし…。それで、どこにあったのチハヤちゃん?」 「ジャン君の寝室のベッドの傍の鳥かごに隠されていたわ。ジャン君が見つけたの」 「な、なんでそんなところに?」 「さっきミキがヒントあげたじゃん」 「うう、お願いだから詳しく説明してよぅ…」 「仕方ないわね。スターウェルさん、私が聞いたことも交えて説明します。 あの夜、おじいさんの部屋にいたのは、ジャン君のお母さんでした。 お母さんによると、おじいさんにこっそり来るように呼び出されたのだそうです。 そこで、あの青い鳥を渡されて、ジャン君の部屋に隠すよう頼まれたんです」 「どうして?」 「それはね、ハルカ。おじいさんは自分の寿命が僅かしか残っていないことに気がついていたのよ。 だから一刻も早く届けたかった」 「でもそれなら普通に渡したほうが早いよね」 ミキは両手を広げ、首を振ってこう言った。 「やれやれなの。ここで『青い鳥』のお話が出て来るんだよ。ハルカは青い鳥の内容を簡単に言える?」 「えーと、チルチルとミチルが青い鳥を探して旅をして…でも、結局は家の鳥かごに…あっ!」 「やっと分かったようだねぇ、ヘブンシー君。 おじいさんは、ジャン君に『幸せはすぐ近くにある』って教えたかったんだよ。 それに、自分自身の力で青い鳥を見つけて欲しかった。だよねチハヤさん」 「はい。お母さんはおじいさんに、決してジャン君が一人で探し出すための手伝いをしてはいけないと、 あの時スターウェルさんが私に仰ったように、念を押されたようです」 「ふーん、そうだったんだ。…そう言えば、手紙には何て書いてたの?」 「『おじいさんが一番読んでくれた本をもう一度よく読んでみてね。 それでも見つからなかったら、チハヤお姉さんと一緒にミキの所へ来て下さい』って。 7歳の子でも理解力に差はあるから心配してたけど、どうやらジャン君は優秀だったみたい」 「その言葉を聞いたら天国のおじいさんもきっと喜ぶでしょうね。 後は先日お話した通りです。もしもスターウェルさんの手紙が無ければ、 ジャン君は青い鳥を見つけられなかったかもしれません。 この件の報酬は私が出せる限りいくらでもお支払いしたいと思います」 「えっ!別にいいよ!ミキの手紙が無くてもきっと見つけられたはずだもん。 それより、お願いを三つ聞いて欲しいな」 「何でしょう?」 「一つ目のお願いはね、ミキのこと、スターウェルさんじゃなくって、ミキって呼んで欲しいの。 敬語も止めてね。タメ口でいいよ」 「分かったわ、ミキ」 「二つ目はね、ミキとお友達になって下さい」 「ええ、喜んで!三つ目は何?」 「三つ目は…チハヤさんの歌を聞かせて。お願い!」 チハヤは少し意外そうな顔をしたが、微笑んで頷いた。 「私の歌でよかったら。そうだ!今夜歌の仕事が入ってるから、そこへ二人を招待しましょう」 そう言って、チハヤはポケットから紙を出して住所を書き付けた。 「ありがとなの!…あ、全然関係ないんだけど、ジャン君のお父さんは 今リフレクションズルーム刑務所にいるって、お母さんに伝えておいてね」 「朝出かけていったのは、それを調べるためだったんだね!」 「そうなの」 「ありがとうミキ。お母さんにはちゃんと伝えておくわ」 「では、また後で」 * その日の午後9時。 私達はD.T.Pストリートにあるキングズクラブというバーにいた。 「結構人が入ってるね〜」 私は周りを見渡しながら、ミキに囁いた。 「みーんな、チハヤさんの歌を聴きに来てるんだよ、きっと。 あ、ステージを見て!チハヤさんだ!チハヤさーん!!」 拍手が鳴り響く。 急いでステージの方を見ると、スポットライトの中に、 青い色のドレスを着たチハヤが立っていた。 チハヤは横にいるピアノ奏者に目配せをし、深く息を吸い込むと、 バーの中は一瞬シーンと静まり返った。 ――泣くことなら容易いけれど 懐かしい友人の歌声は、強くて、優しくて、ほんの少し寂しい声だった。 チハヤが歌い終えた途端、拍手の渦が巻き起こり、 気がついたら、私もミキも立ち上がっていた。 「やっぱり思った通りだったの!」 拍手の中でミキは叫びながら言った。 「ミキ、チハヤさんのことだーいすきになっちゃった!!」  ― 二〇〇九年二月 『@ランド』誌発表 ―