─騒─3<美鶴とトイレスリッパ> スパーーーーーーンッッッ!!!!! これ以上無いだろうという位のクリティカルヒット音を上げて、それは見事に美鶴の頭に命中していた。 いま正にベッドの上で亘に覆い被さって何かを(何か?)成さんとしていた美鶴は、自分の頭にヒットした それをしばし呆然と見つめてしまった。 「カ、カ、カッちゃん?!」 亘が真っ赤になって自分の上にいた美鶴を、慌てて押しのけ起き上がる。 そして何故でありましょうか。着ていたシャツが微妙に肌蹴ていたのを、思わず女の子みたいに押さえて 隠しておりました。 「え?え?ど、どうしたの?おばさんに頼まれてた用事を足しに行ったんじゃなかったの?」 予測もしない展開に亘も正直動転どころではなかったが、とりあえず大きな買い物袋を持ち、仁王立ちに なって息を切らせてこっちを睨んでいるカッちゃんに声を掛けた。 「・・・用事ってのは俺の母ちゃんが亘の母ちゃんの代わりに、買い物したものを届けてやれって 話だったんだよ。俺が最後まで話、聞かないで飛び出して先に亘ンちに来ちまったから・・・。 もう一回、荷物持って届けて来いっ!って、追い出されたんだ」 搾り出されるように言われたカッちゃんの言葉を亘は目をパチパチさせながら聞いた。 ・・・そう言えばお母さんが偶然、道でカッちゃんのお母さんと会った時に、忙しくてなかなか日用品を 買いに行く暇がなくて。こればっかりは好みのメーカやブランドがあるから亘にも任せられないし。 とぼやいたら、アラ。奥さん、私が代わりにしといてあげるわよ!と、言ってくれたとか何とか夕飯の時の おしゃべりにしていたような気がしないでもない。・・・・でもない。 「・・そ、それで戻ってきてみればっ・・・・あ、芦川・・・っ!て、てめぇぇぇぇ!!! ・・亘に、亘に何しようとしてたんだぁぁーーーっっ?!!!!」 そして普通の正しい健全少年であるカッちゃんは目の前の光景──ベッドの上で美鶴が亘に覆い被さって、 顔どうしは至近距離一センチ内で手は押さえつけられシャツのボタンは外され、あまつさえ 亘の瞳が潤んでると来たもんだ──を、見てものすごく正しい反応をしてしまった訳であります。 ・・・・当然であろう。 バコーーーーーンッッッ!!!!! 今度は物の見事なクリティカルヒット音を思い切りカッちゃんの顔面で轟かせて、それはポトリと 床の上に落ちた。 ・・・・あ、あれは・・・お母さんお気に入りの雑貨屋さんでいつも買っているトイレ用のスリッパだ。 ・・・洒落た猫が描かれているデザインで、色も上品で良いんだっていつも言ってて。 そういや古くなって来たから買い換えなきゃとかいってたなぁ。・・・・・って!!今はそうじゃなくて!! 「わーーーッ!!美鶴っっ!!」 暗黒オーラ等という表現では済ませれないほど、不穏な空気を背負って美鶴はスリッパを投げつけると 殺人鬼並みの眼光でカッちゃんを睨みつけて叫んだ。 「何しようもかにしようも、あの状況でこれから何しようとしてたかくらいわかるだろっ?! 今まさに情事に入ろうとしてた事くらい、お前より小さい低学年にだって想像はつくぞ! 服脱がせかかってたんだから、当然だろうが!! ・・・・・亘をその気にさせるのがどれほど大変かわかってんのかっっ? キスだって週に一遍、させて貰えるか貰えないかなのに・・・。 それ以上のこと出来るチャンスが俺にとってどれほど貴重か!お前にわかるかっ?!」 「わーーーーっ!わーーーーっ!わーーーーっ!!!!!」 小学5年生の口から出てくるとは思えない単語の羅列に、亘は湯気が出るくらい真っ赤になって、 必死で美鶴の 口を塞ぐ。 見事にスリッパの型の赤い痕を顔面に残しながら、カッちゃんは今、美鶴に言われた全ての言葉を 理解する事が出来なかったのか驚愕の瞳で聞き返して来た。 「・・・・キ、キ、キキキス?そ、それ以上の事って・・・ま、まままさか、お前ら・・?!」 美鶴は半泣きになって自分を押さえつけていた亘をグイッと引き寄せる。 そして亘が驚いて抵抗する間もカッちゃんが気づいて止める閑も無く、まさに有無を言わさぬ電光石火の 素早さで、まだ目の前の状況をよく把握できなくて、荷物を持って立ち竦んでいるカッちゃんの目の前で それを行いました。 ・・・・・・・・・・おそらく、カッちゃんは初めて見た。 外国映画並みのいわゆる「大人のキス」と、いうやつを。 目の前でナマで繰り広がられているのを・・・・はじめて見てしまいました。 でも、誰が考えるでしょう。 それをしているうちの一人が自分の小さい頃から良く知ってる幼なじみだなどと。 自分と同じく健全に大人への階段を昇っていると信じて疑わなかった、大切で清らかなはずの親友だなどと!! 「う・・・」 「カ、カッちゃん・・・!」 「うわぁぁぁ〜!!!」 真っ赤になり、少し息を上げながらもやっとのことで、美鶴を自分から引き剥がした亘は焦りながら、 カッちゃんに手を伸ばす。 「ち、違うよ!!待って、聞いて!カッちゃん!!」 だがカッちゃんはその手を振り切ると、泣きながらこの世の終わりのような叫び声を上げて、その場から イノシシのごとき勢いで走り去って行った。 後にさまざまな買い物用品を散らばして。 残された亘は手を伸ばしたままの姿で呆然としばらく佇んでいたが、静かに美鶴を振り返ると 見たことのないような強い視線で目尻に涙をためながら、キキッと美鶴を睨む。 そして足元に落ちていたスリッパをおもむろに掴むと、思い切り美鶴に向けて放り投げて来た。 亘の涙に気を取られていた美鶴は反応が遅れる。 パパーーーーーンッッッ!!!!!! 「美鶴のバカァァァッッッーーーーーー!!!!!もう、しばらくキスなんかさせないっっ!! それ以上のことなんか絶対、絶対させない!!バカ、バカ、バカァァァッッーーーーー!!!」 亘の叫び声と共に、またもや見事なクリティカルヒット音を響かせた後、それは美鶴の足元にぽとりと落ちる。 ───三度も通常ではない使い方をされてしまった、三谷邦子さんお気に入りの新しいトイレスリッパが その後三谷家で使用されたのかは謎である。