─夢─4<美鶴とミーナ> リンリンリン・・・・ すぐ傍で鈴の音のような音が聞こえる。美鶴は顔を上げた。 それは自分の足元から。マントに付いている宝石同士がかすれあって響いている音だと気づいた。 ここは・・・・? 辺りを見渡す。森の中だ。空を覆いそうになる位、背の高い木々がうっそうとまわりに茂っている。 見上げれば、日は中天に差し掛かり、緑の樹木たちをキラキラと照らしている。 その木々と木々の間をたくさんの小鳥たちが飛び交い、囀っていた。 ・・・・ここは、もしかして? いま、自分が存在している筈の日常とは、明らかに違う場所。 でも嘗ていたことのある場所。 そうここは─── 「ミーナ、どこ?そこにいるの?」 ザザザッと向こうから背の高い草をかき分けて、聞き覚えのある声が響いて来た。 身構える間もなく、その声の主は自分のすぐ至近距離まで駆け寄って来て、息を切らせながら顔を上げる。 そしてそこでようやく、そこにいるのが探していた人物ではない事に気づき、大きな黒目がちの瞳を パチクリと させていた。 「あ、・・・アシカワ?」 「・・・・ワタル?」 目の前の亘はやはり普通の姿ではなかった。自分と同じく幻界を旅していた時と同じ姿。 美鶴は魔道士の姿。亘は見習勇者の姿だ。 と、なるとやはりここは・・・・。 「つまり、夢ってことか・・・?」 「え?」 勢い良く駆け込んでしまった為思わず、美鶴に飛びかかってしまう位に近づいていた亘は、気がつけば 美鶴に しっかりと片腕を捕まれていた。 「え・・え?ア、アシカワ?」 「夢なら好きにしてもいいってことだよな?」 そう言いながら、自分をグイグイ引き寄せてくる美鶴に亘は慌てた声を上げる。 「ちょ、ちょっと!・・・アシカワ?!な、何するのさ?大体なんでこんなとこいるの? もっともっと先に進んでたはずじゃないの?宝玉はもう手にいれたの?!」 「うるさい!!そんな定番のクエスチョンは今はいいんだよ! スリッパ事件からこっち、お前はろくに俺に触らせてもくれなくなって、いいかげん自制心が 限界にきてるんだからな?!」 「は?スリッパ・・?な、何?何の話?え・・・やっ?やだ!ちょ、・・・何するのさっ?!やだ!! アシカワってば?!」 「夢くらい好きにさせろ!」 がっしりと背中に手を回されて、後頭部を掴まれた亘は、接近してくる美鶴に目を白黒させていた。 何をされるのか皆目見当もつかなくて、思わず固まっていると美鶴の吐息が自分の唇にかかったのがわかった。 「ワタル・・・・」 「アシ・・」 「何してんのよっっっーーーーー!!!!」 多分、唇合一まで後数ミリというところで、それこそベリリ!!と、音がしそうな勢いで亘は美鶴から 引き剥がされた。 一瞬何が起きたのかわからなくて、それこそ目をパチクリとさせている美鶴の目の前にしっかりと 亘を抱きかかえ、全身の毛を逆立てているミーナの姿があった。 「お前・・・ネ族の・・」 「あんたっ!!あんた、何すんのよ何してたのよ?!ワタルに何する気っっーーーー?!」 「ミ、ミーナ!!」 ミーナの姿を見て、思わず頬を赤らめている亘の姿に美鶴は思い切り眉をしかめる。 いまさらながら、幻界での長い旅をこの二人は一緒にしていたのだということを思い出す。 苦々しいどころではない恐ろしいほどの嫉妬心が、美鶴を襲ってきて背後にめらめらとものすごい勢いで 暗黒ファイアが立ち始めた。 「邪魔するな!いいか?よく聞け?!ネ族の小娘!そこにいるワタルは俺のものなんだ。 何しようがお前には関係ない!サッサと俺に返してどこかに消えろ!」 「なんですって?いつ誰がそんな事決めたのよ? ワタルは私たちと旅してるのよ!あんたみたいな凶悪魔道士になんか渡せるモンですかっ! あんたこそ、サッサとどこかに消えなさいよ!!」 何だかんだいってもさすがにサーカスの花形。 そしてこの年でさまざまな修羅場をくぐりぬけて来ただけはある少女であった。 美鶴と対等に張り合い、意地でもワタルを渡すものかと思いっきり爪を逆立てて威嚇しています。 夢の中まで邪魔されて正直、美鶴のフラストレーションは最高潮であった。 ──大体夢なら、好きにさせてくれたっていいだろうが!キスもさせて貰えず、お邪魔虫が入るなんて どういうことだ! もう、こうなったらこっちも意地である。 なんとしてでも邪魔なミーナを排除して夢でしか出来ないような事を、亘に最後までしてやるのだ! (落ち着け。芦川美鶴) 「・・・じゃあ、ワタルが俺のものだって証拠を教えてやる」 「え・・?」 この状況をどうすればいいのか、美鶴とミーナを見比べてはオロオロしていた亘は、美鶴の言葉に きょとんと目を見開く。そして次の美鶴の言葉におそらく11年間生きてきて一番、全身を真っ赤にした。 「ワタルには普段は見えないような場所、3箇所にホクロがある。俺はそれを全部言える! 全部知ってるんだよ! ・・・ひとつは右耳の後ろ。二つ目は背中の鎖骨のすぐ横!そして三つ目は左の内股の付け根・・・」 「わぁぁぁぁぁぁぁっっっ?!」 亘が思わず飛び出してきて、手足をバタバタさせながら美鶴の口を塞いだ。耳の後ろ、背中の後ろは 自分でも見ることなんか出来ないから知らなかったのはともかく、普通は他人が一番知らないような場所を 口に出されて、大パニックであった。 その亘の態度からそれが本当だと認めざるを得ないミーナは一瞬ひるんだが、キッと美鶴を睨みつけると 再びふてぶてしい態度で美鶴に言い返す。 「そ、そんなの・・・一度でも一緒にお風呂に入ればわかる事じゃないの! それくらいでワタルがあんたのものだなんて証拠になるモンですかっ!!」 「お前バカか?耳の後ろや背中はともかく、一緒に風呂に入ったくらいで内股のホクロまでわかるかよ? しかるべきことしなきゃ、そんなところまでわかるわけ無いだろ? これは夢のようだから、ついでに言っといてやるけどな。俺たちはもう、とっくに現世に戻っててそこでは 俺と亘は一緒にいるんだ。つまりもうとっくにそんなことしてる仲なんだよ!!」 一息に吐き出された美鶴の言葉に亘はもう、唖然呆然とするしかなかった。 「・・・・う」 そしてちらりと自分を見るミーナの視線が居たたまれなくて、ジワリと半泣きの顔になるとその場から 駆け出してしまった。 「わーーーっ!!アシカワのバカァァッッ!!!!」 「ワタルッ!!」 「あ!待て!ワタル」 ミーナはキッとまた美鶴を睨みつけると、軽業並の素早さで美鶴に近づいた。 そして、見事なまでのスィングで手を振り上げるとパシーーン!!と効果音も見事に美鶴の頬にパンチした。 「サイテーーーーー!!!!! もうもう、絶対認めないから!現世に戻ったって絶対絶対、二人でいるのなんて認めないからっっ!! 私がワタルを守るんだから。覚えてらっしゃい!」 泣きながらそう宣言して来た少女に赤くなった頬を押さえながら、美鶴は立ち尽くした。 「亘」 放課後、学校の帰り道。 美鶴は亘の返事も聞かず、有無を言わさずその手を掴むと三橋神社の境内の中の更に奥の、もっとハッキリ いえば人気の全然ない場所へ亘を引っ張っていった。 朝、目覚めて夢見の悪かった事この上ない美鶴は今日一日、不機嫌などというものではなかった。 ───何だったんだ!!あのリアルな夢は!! せっかく、夢に亘が出てきたというのに自分の思い通りに出来ないどころか、散々邪魔されて最後は 平手打ちまで食らってしまった。 本当なら亘の機嫌が直るまで無理強いする気はなかったのだが、もう堪忍袋の緒は切れまくり、自制心は 限界寸前である。こうなったら限界突破。強行軍である。 「わっ?」 少し大きめの木の幹に亘は、乱暴に押し付けられた。 抗議するべく顔を上げれば、亘の左右に手をついて美鶴が恐ろしいくらい真剣な目で自分を見ていた。 亘は思わず押し黙ってしまう。 「・・・今日はよっぽどの事がないと止めない」 「え・・?」 そう言って美鶴は亘の両の手を掴んで、自分の体で上から亘を押さえつける。 そして美鶴は亘の耳元に顔を寄せると、その耳たぶを強く食んだ。 「やぁっ?!」 亘が急激に顔を赤くして驚いて体を竦ませ、抵抗の声を上げた。美鶴はかまわず次々とその唇を亘の顔の あちこちに落としていく。触れるというより、本当に食べてしまいそうな勢いで。 「やだっ!やだぁ!美鶴・・・やめっ・・・」 何時の間にか全身から力が抜けてしまって、亘は膝を追って座り込む。 美鶴もゆっくり膝を折ると、そのまま力の抜けた亘の体を草の上に静かに横たえた。 そしてそっと亘の上に覆い被さる。 「や、だよ・・・みつ・・」 「・・・ほんとに嫌か?」 そう問い掛ける美鶴の瞳が、見た事ないくらい切なそうで亘はもうどうすればいいかわからなくて、 泣きそうになって美鶴から顔を背ける。 嫌じゃない。本当は嫌じゃないから・・・だから余計どうすればいいかわからなくなるのに。 「亘・・お願いだから。ちゃんと言って。 ・・・俺はいつも怖いんだ。本とはいつも怖いんだよ・・・。亘が自分の傍から消えそうで。 ・・・知らないうちに飛んでいってしまいそうで。怖いんだ・・・」 本当はその羽をもいだりしたくない。乱暴になんかしたくない。 だけどこうでもして、確かめないと不安で不安で仕方ないのだ。亘が消えてしまいそうで怖くて怖くて たまらないのだ。だから・・・・ 亘は美鶴のその言葉を聞いて、目を瞬いた。 美鶴がそんな風に思ってるなんて思いもしなかったのだ。 綺麗な美鶴。鳥みたいな美鶴。本当はいつか自分の前から消えてしまうんじゃないか。 ───いなくなってしまうんじゃないか。 ・・・・・いつも、不安なのは亘の方だ。・・・自分の方だと思っていたから。 亘はそっと美鶴の頬に手を伸ばす。 そして優しく優しく撫でながら、少し震える声で首を左右にフルフル振りながら告げた。 「や・・じゃ、ない・・」 「亘・・・」 静かに美鶴の吐息が近づいてきて、熱い指先が自分のシャツの裾から入り込もうとしているのがわかって 亘はギュッと目を閉じる。そして・・・ キシャァァァッッーーーーーー!!!! ものすごい唸り声と共に、何かが美鶴と亘の間にバババッ!と滑り込んできた。 「わっ?!」 それは亘を守るように亘の前に立ちはだかると、全身を総毛立てて美鶴を威嚇した。 「え・・ネ、ネコ?!」 真っ白な毛で綺麗な青い目をしたそのネコはクルリと亘を振り返ると、ぴょんとその膝の上に乗り、 ゴロゴロと咽喉を鳴らした。亘は思わず頭を撫でて抱き寄せる。ネコは嬉しそうに亘の顔をペロペロ舐めた。 「アハッ・・・かわいいな。あれ・・?」 「・・・どうしたんだよ?」 これからという時に邪魔されて、正直内心憤怒の固まりと化していた美鶴は、それでもなんとか理性で己を 保っていたが、亘の次の言葉で凍りつく。 「あ、な、なんでもないよ。・・・ただこのネコ、ちょっと知ってる女の子によく似てるなって思って・・」 そう言って想わず頬を赤らめる亘に、理性の完全ぶち切れた美鶴が手を出そうとすればその白いネコは 化けネコのごとき迫力で威嚇してきて、結果美鶴はその日キスどころか亘に指一本触れる事も出来なかった。 そうしてしばらくそのネコはどこからどうやってか、美鶴と亘が二人きりのときは必ず現れて来て (主に美鶴の)邪魔をした。 ネコと遊びながら嬉しそうな亘の横で美鶴がこれ以上ないくらい歯噛みをしてたのは言うまでもなく。 ・・・・・・美鶴の自制心耐久レースはまだまだ続くようであった。 ───11歳の少年二人が共にいる時間は、まだまだ長い。ずっとずっと一緒。きっと。だから。 焦る事なかれ。 運命の女神様がそう言って笑っています。