貸し付け、取り立てる色 2024/01/18  深夜帯の施設内見回りを担当する日、カミトグランドビルの異種族保護エリアに足を踏み入れたあなたの脇腹に酩花天 莉椿が飛びついてきた。女神の体重は見た目より遥かに軽いが、不意打ちを食らうとさすがによろめいてしまう。 「ユーザ! いつもより遅かったね!」 「シグル……リツ、何かを咥えている時に動き回るのはやめなさい」 「そんなことよりこれ見て! ほら!」  リツは咥えていた棒付き飴を口から出すと、べっ、と舌を突き出す。 「……何?」 「『何?』じゃないよ! 舌が青くなってるだろ!」  不満もあらわに眉を吊り上げたリツが指さす舌は黒に近いほど深い藍色をしていた。しかし、多くの女神が必要に応じて"女神形態"と"人間形態"を使い分けて体色を変化させる以上、その舌の青さが示すものが何なのかは判別のしようがない。 「『青くなってる』? 元は何色だったの?」  リツの虹彩が小さくなる。 「……は? 自分が担当した元ヴィランの舌の色くらい監督官として常に記憶しておくべきじゃない?」  過去に担当した『才能製造』は翠緑色の発光現象と異能の暴走が密接に関連したヴィランだったが、リツはそうではない。"舌の色くらい"記憶する必要のない情報も珍しいほどだ。しかも、あなたが『シグルトリーヴァ』の担当をしていたのは既に何年も前のことだった。  舌が変色しても特に焦ったりしている様子がないことから、何か問題が発生しているわけではなさそうだなと思ったところで、リツが再び口の中に入れようとした飴の青さがあなたの目に映った。 「あぁ……カラーリングキャンディ? 凄い色だね」  やっと自分の意図が伝わったことに気を良くしたのか、リツは珍しく満面の笑みを浮かべた。 「そうそれ。この前買ったのを舐めてみたんだけど、誰かに見せたくてうずうずしてたんだよね」  いつものことながら、リツは監督官を父親か何かと勘違いしている節があった。飴で色が変わった舌を見せられて喜ぶのは子供の親くらいしかいない。  しかし、『願望』やそれらを取り巻くヴィランの世界をリツにとっての"卵の殻"とするなら、その外で見た適当な何かを"親鳥"と思うようになってしまうのは仕方のないことなのかもしれなかった。限りなく人間と同等の社会性を持ちながら"大神の右眼から生み出された女神"という特殊な出自を持っているのだからなおさらとも言える。 「はい。ユーザにもあげるよ」  リツがポケットから飴をひとつ取り出してあなたに手渡す。棒が付いていないので歩きながら舐めても安全だろう。あなたはそれを口に入れた。 「ありがとう」 「今日も見回りするんだよね? 異種族保護エリアは今日も平和だよ。それより──」  あなたの手を引いてリツが歩き始める。他愛のない一方的な雑談は異常が起こっていないことを示すので仕事の役に立つ。  異種族保護エリアは広大な上に入り組んでいるが、普段はいくつかのチェックポイントを見て回るだけなので半刻もあれば見回りは終了し、あなたは出発地点のエレベーターホールに戻ってこられた。  ボタンを押すと、エレベーターが保護エリアに向かっていることを示すランプが点灯する。 「次見回りに来るのはいつだっけ?」 「さぁ……来週か、再来週か……」  エレベーターが到着したことを告げる電子音が鳴ったのに合わせて、あなたはまだ開ききっていない扉の隙間からエレベーターに乗り込んだ。振り返ってオフィスエリア行きのボタンを押す。あとは見回りの結果を報告すれば今日の業務は終了だ。  リツはエレベーターの扉が閉じきるまでその場から動かず、ただあなたに向かって小さく手を振っていた。 「おやすみ、ユーザ」  エレベーターが動き出す。あなたの口の中にはリツから渡された飴がまだ残っていた。造られた甘さが舌に染みる。  刻々と景色が変わる窓に向けて舌を出すと、翠緑色に染まった自分の舌が見えた。 ※※※※※※※※※※ 「貸し付け、取り立てる色」は、「三枝チャージ」「F.E.A.R.」「KADOKAWA」が権利を有する『チェンジアクションRPG マージナルヒーローズ』の二次創作物「おーすおぶ☆ぐりーでぃごっです」の二次創作物です。 (C)三枝チャージ/F.E.A.R./KADOKAWA ※※※※※※※※※※ Loan and collection coloes