倖せな時間
朝目覚めると、ヴォルフラムの隣には双黒を持つ第27代魔王であるユーリが静かに眠っていた。
疑問に思うのはいつもならコンラートとともにロードワークに出かけているはずなのに、
何故、今日はヴォルフラムの隣で未だ夢の中にいるのか、ということだった。
ヴォルフラムが先に目覚めることなど未だかつてなく、さらにユーリよりも遅く眠ることはほとんどなかった。
結果、ヴォルフラムがユーリの寝顔を見ることなどないに等しかったのだ。
こんな機会は滅多にないとユーリの寝顔を穴が開くのではないかというほどヴォルフラムは長い時間眺めていた。
「・・・ヴォルフ。そんなに見つめられるとさすがに照れるんだけど」
「な…!」
頬を微かに染めながら言うユーリはどこか嬉しげな様子でヴォルフラムのエメラルドの瞳を見つめ返す。
起きていたのか、とヴォルフラムはユーリ以上に頬を染め、ばつが悪そうに視線を泳がせた後、顔を逸らした。
そんなヴォルフラムの朱に染まった頬を両手で包み込み、ユーリはその整った顔を自分のほうへと向けさせた。
「なっ…なにする…んっ」
ヴォルフラムがあげた非難の声を飲み込むかのようにユーリはヴォルフラムの唇に軽いキスを落とす。
その行為に言葉を失い、固まるヴォルフラムをいいことに立て続けに髪や額、頬などにも軽く音を立てながらキスを与え、そして言った。
「おはよう。ヴォルフ」
と、とろけるような笑顔を浮かべて。
そんなユーリの表情を間近で見てしまったヴォルフラムの顔はさらに朱に染め上がる。
それに気をよくしたのかユーリは笑みを深めると、ヴォルフラムを自分の腕の中に抱き寄せ、再び眠りにつく体勢をつくった。
その様子に焦りを見せたのは抱きしめられているヴォルフラムだった。
「ちょ…ユーリ!起きなければ執務に遅れるぞ!おい、ユーリッ」
「んー」
「コラッ、寝るな!へなちょこ!」
へなちょこという言葉に敏感に反応したユーリはへなちょこ言うな、
といいながら蜂蜜色した髪に埋めていた顔を上げ、ヴォルフラムを見て言うのだった。
「おれ、今日、誕生日」
「誕生日だとっ!それがどうし…誕生日っ?!」
突拍子のないユーリの言葉にさらに言い募ろうとしたヴォルフラムだったが、思いがけない内容に驚きの声を上げる。
だから今日は朝から城内が騒がしかったのだろう。
そして確認のため、ヴォルフラムはユーリに問い返す。
「おまっ…聞いていないぞっユーリ!今日が誕生日というのはホントなのか?!」
「そ。だからさっきから言ってんじゃん」
つーか昨日言ったばっかだしぃ。
と眠いとばかりに彼は再び金の髪に顔を埋め、抱きしめる力を強めた。
「おい、ユーリッ!ぼくは起きるぞ…っ」
「なんで」
「だ…だって、ぼくはお前に何も用意していない…!」
そうなのだ。知らなかった。誕生日を、大切な人の生まれた日を知らなかった。
悔しい。整った眉を歪めてヴォルフラムは言った。
今にも涙が零れ落ちるのではないかというほど瞳は潤んでいる。
それでも零さまいと必死で堪えていた。
「ちょっ…ヴォルフ!知らなかったんだから仕方ないって」
「何でぼくだけ知らない…!!」
そうだ。何故、教えてくれなかったんだろうか。
ヴォルフラムだけが知らなかったという事実がひどく哀しく感じられた。
「あー…それは別に意地悪とかじゃなくてさ!ただ単にほら、お前ビーレフェルトに戻ってただろ?その時にグレタに聞かれて答えたんだよ」
だからお前に教えたくなかったわけじゃないから!
とヴォルフラムの様子に焦ったように答え、ヴォルフラムの頭をあやすように撫でる。
「…本当かっ」
「うん」
「でも…でもやはり僕がお前に何も用意してやれなかったことは事実だ…」
いつも高めの元気のいいアルトが小さく覇気のない様子は彼が気を落としているのがよくわかる。
「いいよ」
「え?」
「いらねぇよ。プレゼントなんて」
「…なにっ?!」
ぼくの贈り物が受け取れないというのか!?
と憤慨するヴォルフラムにユーリは苦笑し、ちがうよ、と言葉を続ける。
「その気持ちだけで嬉しいよ…なんてちょっと嘘っぽいかもしれないけどさ。ホント、なんだよ。
でもまぁ…ヴォルフがそんなにも気にするならさ今日はずっと俺の傍にいてよ」
「な…!?」
「とりあえず誰かが起こしにきてくれるまでの間、もうちょっと俺の傍に居てくれる?」
「…っ」
「それだけで十分嬉しいプレゼントだからさ」
少し照れた様子で言うユーリを直視することができないのかヴォルフラムは顔を下に向ける。
どう?と問うようにユーリは微かに抱きしめる腕に力を加えた。
そして、ヴォルフラムもそれに答えるかのようにユーリの背中に腕を回したのだった。
「おめでとう」
という言葉とともに。
オマケ