青春ポイント:主に『電波女と青春男』の主人公『丹羽真』が用いるポイント。彼の定義で、プラスされるのは最高で五点。これを貯めることにより、人生の終わりの充足感が違うと考えられた。
私は、私は確かに、幸せだったのだ。
撃ち堕とされた地面で全身が痛む程度には、絶頂の日々を生きたのだ。
「せんぱい」
記憶の中で鼓膜を揺らすのは、無邪気そうに振舞う、自分の声。
「 」
せんぱいの声の記憶はまだ、痛みでぼやけていた。
毅然として、よく通って、高くないのにとても女性らしくて、綺麗な声だったことだけは、鮮明に思い出せた。
地面を這い蹲る真似をして、ベッドの上で重い重い、布団と毛布に無理矢理押しつぶされてみる。
からだが熱い。無為に沸き上がる熱と、ひとつ身震い。
「ぅぐ……」
声を漏らす。そして、まっくらのこの、布団の中で、携帯電話を開き私は指先から言葉を吐き堕す。
からだから溢れる熱を利用して駆動するかのように指先はなめらかに、絶望を紡いだ。
詩(うた)とも呪いとも愚痴とも悪意ともつかない言葉を吐きだして、吐きだして、恐らくそれは他人に見られて、そして、私はやっと、
「ううううううううううううぅぅうっぐ。うぅっ。ああぁ、うぇっ、うぅぅ、ぐっ。うっ」
やっと、涙と嗚咽を悲鳴を、よだれを垂れ流す。
からだが熱い。
数秒、布団から這い出、押し入れから抱き枕とクッションを出し布団の上に重ね、もう一度布団にもぐりこむ。重しが足りない気がした。
重しがなければ私は、一部分どこか魂のどこかが浚われて取り戻せなくなる気がした。悲しみを吸って存在が歪んだそれが、どこかへ行ってしまう気がした。
結果、興ざめした。
涙と言葉が枯れた。またふとした瞬間溢れだすそれを少しでも早く、疾く消費してしまいたかったのに。
うとうとと、瞼の重さに従う。
明日目覚めた私は、どんな顔をしているのだろう。表面上悲しそうには見えないのを思うと、殺してやりたかった。
私はどこに行っても私なのに。どうしてそう偽る必要が出るのか、私はもう、理解したくはなかった。
瞼を閉じ切ると、さっきプラスされた『青春ポイント』が踊っていた。
痛めば痛むほど、自分なりに基準を定めた青春ポイントがプラスされていく。馴染み過ぎたその視点が、限りなくマイナスであるはずの今の私にプラスを突きつける。
『青春』らしければプラス、だなんて自分で決めて、『今』をいつかの『かつての青春』として俯瞰して、それが癖になった者のこれが末路だった。末路? まだまだ先があるじゃないか、馬鹿らしい。だからこその青春ポイントだろう?
死んでしまいたいと、もう終われと願うことすら欺瞞だと、突きつけられ続けている。放っておいて欲しい。その場限りでも本気で死にたいと感じさせてくれ。
青春ポイントのプラスが踊る。
布団の中で目を開ける。学校へ行って、帰ってきて、その間の記憶があんまりない。ただ、せんぱいと目が合ったような気はした。覚えてない。
昔友達だった女に、私の姿勢について指摘されたことを思い出す。
ああ、確かにお前の言う通りだったさ。お前の呪詛は真実だった。呪詛ですらなかった。
『今』が『今』になりきらない。未来にとっての『過去』として横たわる。悲しみの隣で、甘酸っぱく苦かった思い出としてのプラスを吐き出し続ける。
「そんなこと、言ったって、私とせんぱいの間であったことってそんなことじゃなくて、今の私には大きくて悲しみで、もう二度と、戻れなくて」
よくある青春の風景としてのプラスが増える。増える。
そして言葉を発したことによりまた興ざめする。
私の言葉は指先に頼るときにのみ熱と、涙の消費を与えるものなのかもしれない。誰かに、誰かに確かに呪詛としてのしかかるであろう言葉を溢れさせる。
友達、ここ知ってたっけ。せんぱい、ここ知ってたっけ。はっきり覚えている気もするけど蓋してどうでもよくて、私は吐き出す。
「ううぅっ。っく。うう、ぐ、う、ぐううぅっ。っふ……」
涙が溢れる。すべて枕に擦りつけた。この涙をすべてせんぱいに届けられたら、と思う。それはアレか? この間読んだ都市伝説の、自慰で吐き出した精液をパンに塗って食べさせるような、そういう欲求か? 似たようなものだろう。死んでしまえ。でも、思う。あなたの与えた影響は確かにここにあるのだ、と。
我ながら外道。人であるのか自信なくす。
ウェブを開いて、自分の吐き堕した言葉を読んでいく。後悔と恨みと罪悪感と幸福への渇望がそこに混じり合っていた。フィクションなら、角が立たないのに。フィクションなら、感情の籠った良い詩であると自分で評価してやれるのに。なんだこれ。
そうしている間にも青春ポイントはプラスされた。
若い故の過ちとして数えたんだろう。わかっている。これから『普通の人』になって行くのであれば明らかに間違った対処だ。『普通の人になった未来の私』はきっとこう回顧する。「若すぎだ。本当にひどい過ちだ。でも、私にとってはきっと、青春、に数えられたんだろう」と。死ねよクソババア。