守谷神社はわらわらと集まってきた河童の集団にいつのまにか周囲を囲まれていた。 「そいつから八咫烏を抜かせるな!」 「すみません、文さん!」 悲痛な叫び声とともに椛が飛んできた。文たちに近づこうとするが、弾幕に阻まれる。 「その方たちは核融合の信奉者たちです!いままで特に熱心に研究していた……うわっ!」 弾幕を必死にかいくぐりながら椛が叫ぶ。 彼らを止めようとここまで何度も交戦してきたのだろう。彼女の純白の衣装はあちこちが破れ、ところどころに赤い染みができている。 「幻想郷に光を!」 「希望のエネルギーを奪わせるな!」 河童たちはわけのわからないことを次々に口走る 「河童とはきちんと交渉をしていたでしょう!?」 「核融合の力を抜くとは知らされていなかった。やはり天狗は嘘つきだな」 「条件は特に明示してこなかったじゃないですか!」 「そんなことは知るか!あいつらは幻想郷の裏切り者だ!」 椛と河童たちの舌戦、弾幕戦が繰り広げられる。 文は椛を行かせたことを後悔した。すべてが終わってから報告するべきだったのだ。 しかし、今ここで自分を責めたところでどうにかなるものではない。まずはこの状況を何とかしなければ。 河童たちを弾幕でのしてしまうのは簡単だが、戦うことで後々まで怨恨を残した場合、せっかくとりつけた上層部の同意が白紙に戻される恐れがあった。 そうなれば、今まで協力してくれた椛の努力すら無駄になってしまう。 「その女が首謀者か!」 「やってしまえ!」 河童たちの弾幕が文を襲う。普段なら簡単に回避できる程度のものだが、逡巡していた文はとっさには動けなかった。絶体絶命。 お空はこのまま連れ去られてしまうのか。諦めかけたその時 「連射『ラピッドショット』!」 林の中から一つの影が飛び出した。アクロバティックな動きとともに次々と河童たちの弾幕が消されていく。はたてだった。 「文!ひとりでかっこつけんな。犬走!あんたもツメが甘いわね。ほらよく見なさい、霊烏路に残って欲しいのはあんたらだけじゃないんだぞ!」 はたてはひとつの書簡を開いた。そこには書かれていたのはたくさんの天狗の、そして河童の署名。 中には文の直属の上司や、椛の親友の名前まで見つけることができた。 「天魔さま、なにやってるんですか……」 「にとり、あんなに核融合を研究したがっていたのに……」 「お空ちゃんファンクラブのみんなから嘆願書を書いてもらっていたのよ。もちろん大天狗様からも、河童たちからもね。神様!霊烏路を山に受け入れるのは私たちの総意よ!」 はたての言葉を聞いた河童たちは怯んだ。文だけならばまだしも、強力な天狗が背後についているとなれば自分たちもただではすまない。そして、河童たちが自分たちから視線を外したその一瞬を文は見逃さなかった。 「幻想風靡!」 次の瞬間には河童たちは後手にしばられていた。幻想郷最速の名は伊達ではない。神奈子はいつの間にか神社のしめ縄が解かれていたことに気がついた。 「神様、これが正式な嘆願書です」 神奈子ははたてから手紙と署名を受け取り、ひととおり目を通した。 「射命丸文、霊烏路空」 「はい!」 神奈子は手紙から目を離さないまま、威厳に満ちた声で二人の名前を呼ぶ。卒業証書を渡される子供みたいに背筋をぴんと伸ばし、緊張した面持ちで返事をかえす二人。 「いい友達を持ったわね」 神奈子は書面から目を離し、穏やかな顔でにっこりと微笑んだ。 はたてと椛が二人のそばに駆け寄り、四人はお互いに顔を見合わせ、口元をゆるませた。 「あなた方の意思はしっかりと見せていただきました。妖怪の山を緊張に晒すのは私の本意ではありません。霊烏路空という逸材を手放すのは残念ですが、私、八坂神奈子は今ここで八咫烏の力をぬいて、彼女をこの山に留めることを――」 「認めません」 凍りつくような声が神奈子の言葉を遮った。 文と空はこの声に聞き覚えがある。ここに来るはずのない声。いてはいけないはずの人物。 「さとりさま!?」 声を発したのは地霊殿の主、古明地さとりだった。