こばるとぶるー☆すとらいくばっく 2025/12/24 -1-  テーブルの上に置かれたナスタとハレンのスマートフォンが同時に緊急アラートを鳴らす。二人のスマホにインストールされているヒーロー用アプリケーション「SAKINET」が画面に表示している情報は、二人の現在地で「恐怖の大王」の欠片の活性化と、異次元からの侵略者の襲来である「パンドラナイト」が同時に発生していることを示していた。 ++++++++++++++  異能犯罪者の更生監督官である能善葉蓮は、自身が担当している元ヴィラン、アナスタシア・コバルトブルーを伴って、カミトシティ郊外の大学が開催しているオープンキャンパスを訪れていた。 「どうだった?」  ハレンの問いに、オープンキャンパスを終えて大学の敷地から出てきたナスタは威勢よく答える。 「良く分かりませんでした!」 「そうか。まぁ、一校目だしな」  自身の進路に関わる話が「良く分からない」では困るのだが、元よりハレンはオープンキャンパスにさして意味があるとは思っていない。一度や二度のレクリエーション紛いの体験で分かることなどたかが知れているというのが、数年前の自身の経験から言える唯一のことだった。そのため、ハレンはナスタの答えを気にも留めずに、最寄りの駅に向かって歩き始めた。  乗車券売り場に貼りだされた路線図を見上げながら、ハレンはナスタを券売機に促す。 「帰りは一人で買ってみな」  今回ハレンがナスタを更生施設の外に連れ出したのは、単にオープンキャンパスに参加させるためだけではない。幼少期より社会から断絶されて育ったナスタに、公共の交通機関や飲食店などを利用する練習をさせるためでもあった。一人で電車にも乗れないというのは極端な例だが、社会への馴染み方を教わっていないがために、出所を果たしてもすぐに更生施設に逆戻りをしてしまう犯罪者は少なくない。 「任せてくださいよ。私は今世界で一番切符を買うのが上手い自信があります」 「一回も自分で買ったことないのにどこから来るんだその自信は」  途中で何度も路線図を確認し直したり端末の操作をやり直したりしたが、ナスタは無事に二人分の切符を買うことができた。  ナスタは電車に揺られながら、遠くに見える建物の内、どれが酩花天デパートなのかハレンに尋ねた。今日はオープンキャンパスの後でカミトアイランドに直帰せず、途中で電車を降りてデパート内にあるレストランで食事をしてから帰る予定になっていた。ナスタはそれを楽しみにしているのだ。  レストランで店員に案内された席に着いたナスタは嬉々としてメニュー表を開く。 「本当に御馳走してもらって良いんですか?」 「良いよ。こう見えて私も多少は金あるしな」 「ハレンさん独り身ですもんね」 「そういうことを言ってるやつほど将来婚活で苦労したりする」 「それ絶対口から出任せですよー」  機嫌良さそうに笑うナスタがテーブルに来た店員にハレンの分の注文もまとめてしていた時、二人のスマホが耳障りな緊急アラートを辺りに鳴り響かせた。 ++++++++++++++  二人が立ち上がるのはほぼ同時だった。ほどなくして、デパート内にも避難を促す放送が流れ始める。 「二手に分かれて避難誘導をしながら退避しよう。お前は他のヒーローが来るか、無理だと思ったら自分の避難を優先して良い」 「恐怖の大王の欠片はどうするんですか!?」 「私とお前じゃこの状況で確保するのは無理だ。パンドラナイトも欠片も後から来るヒーローに全部任せる」  ハレンはヒーローではなく、所持している異能も特定の状況下でしか役に立たない。ナスタも将来的にはヒーローを志望しているが、その異能は極端に自身の防御に特化しており、市民を守りながら一人で異次元獣と戦うのには向いていない。『楽園追放』による対象の転移はヴィランに対しては一種の攻撃として扱うこともできるが、性質上異次元獣を消滅させることはできず、それは問題を先送りにして他所に押し付けるだけに過ぎない。このデパート内に他のヒーローがいるのかも分からない状況では、市民を安全に逃がすことに専念するのが得策と言えた。  デパート内を大まかに見て回り、あらかたの避難を完了させたハレンは、視界の隅で何かが光り輝いているのを見つけた。  長い通路の曲がり角の少し手前、壁の表面に不自然に赤黒く発光する石が埋め込まれている。それは活性化した恐怖の大王の欠片だった。  ハレンが触れると、欠片は簡単に壁から剥がれてハレンの足元に転がった。  二十年前に突如としてこの世界に現れた恐怖の大王が当時のヒーローたちによって倒され、バラバラに砕かれて世界中に飛び散った存在である欠片を、ハレンは不思議な感覚で見下ろした。  監督官としてのある種の職業病だろうか、ハレンはヒーローが恐怖の大王の欠片を破壊したというニュースを聞くたびに、復活した恐怖の大王が他の多くの異次元ヴィランたちと同じように、この世界の一員として更生する未来を空想する癖があった。  欠片は本当に破壊しなければならない物なのだろうか?  そんなことに気を取られていたせいか、ハレンはいつの間にか自分の隣に立っていた大男が自分に向けて大金槌を振り上げているのに気が付かなかった。 「それを砕かれると困る」  ハレンは咄嗟に欠片を踏み潰そうとしたが、それより早く男の金槌がハレンの頭蓋に向かって振り下ろされていた。  衝撃で床に打ち倒されたハレンはこれまで感じたことのないほどの異常な痛みと吐き気に襲われ、満足に立ち上がることもできなかった。ただの脳震盪か、物理的に脳が破壊されてしまったのか、今のハレンに判断することはできない。  男がハレンを指さして何事かを呟くと、男の周りに赤く光る魔法陣がいくつも浮かび上がった。  身の丈ほどもある大金槌を携えた異形の魔術師にハレンは覚えがあった。目立った活動を頻繁に行うわけではないが、危険度が高いとされ、全国で指名手配されているヴィラン『大魔導槌(スレッジハンマー)』だ。 「何でこんなとこに……」  大魔導槌を囲む魔法陣からハレンに向けて無数の火球が放たれる。ハレンの身体はあっという間に炎に包まれた。 「ぐあっ!」  そこに、避難誘導を終えてハレンと合流しようとデパート内を探し回っていたナスタがやってきた。ナスタは瞬時に状況を理解する。 「ハレンさん!」  大魔導槌の注意をひくためにナスタが声を上げる。ナスタの狙い通り、大魔導槌はナスタにその濁った眼を向けた。口を動かして何かの呪文を唱え始めるが、術の完成よりも先にナスタの異能が発動する。 「粛清!」  楽園追放を発動させるためのキーワードを叫ぶと、大魔導槌は一瞬で姿を消した。  ナスタは妙な手応えを感じていた。まるで自分が異能を使ったのではなく、ヴィランに異能を使わされたような気味の悪い感覚だった。恐らく、大魔導槌が直前に唱えていた呪文によって、転移先をある程度コントロールされたのだろうというところまでは予想がついたが、その先はナスタにも確かめようがなかった。 「くそっ! 高ぇコートが御釈迦になった!」  ハレンの怒声を聞いて我に返ったナスタは、咄嗟に声のした方向に顔を向けた。  火達磨になっていたハレンの身体からは既に火は消えていた。それどころか、燃えたのはハレンが纏っていた衣服だけで、ハレン自身の体には火傷の跡一つない。ハレンの所持する異能『排熱回想』は自身の体温を低下させる方向に限って自由自在に操ることができる。ハレンは元より炎の魔術では一切傷付かないのだ。  ただし、ハレンの顔面は割れた頭から流れる鮮血で真っ赤に染まっていた。  ナスタはすぐにハレンの傍に駆け寄って傷の様子を確認しようとするが、髪と血で遮られて、傷の深さを調べることすらままならなかった。仮に確認できたとしても、ここでは満足に治療することもできない。 「ハレンさん! 大丈夫ですか!?」 「全然大丈夫じゃない」 「えっ」 「私はこれから気絶する。その前にどっかデカい病院に跳ばしてくれ」 「……分かりました」 「異次元獣とヴィランが同時に来てるなら話が変わってくる。お前もすぐ退避しろ。……助けになれなくてすまん」  ナスタが再び「粛清」と唱えると、ハレンは一瞬でナスタの目の前から消えた。 「誰かの助けになるのはヒーローの仕事ですよ」  そう呟いてから、ナスタは傍らに落ちていた恐怖の大王の欠片を踏みつけた。しかし、直前まで活性化していたはずの欠片は何故か再び不活性化し、不活性状態の欠片特有の、破壊に対する耐性を持っていた。  相手が異次元獣だろうがヴィランだろうが、ハレンが見つけた欠片を渡すわけにはいかない。ナスタは周囲を警戒しながら欠片を拾い、デパートから単身脱出するべく足を急がせた。  楽園追放の効果で転移したカミト中央病院の待合室で、近くを通りがかった看護師に声をかけた後、周囲から上がる悲鳴を聞きながら長椅子で横になったところまでは覚えているが、次にハレンが目を覚ましたのは病室のベッドの上だった。  ナスタはハレンの傍らで、ハレンがうさぎ型に剥いたリンゴを次から次へと平らげていた。自分が持ってきた見舞いの品だというのに、患者に食わせてやろうという気は微塵もないらしい。 「それにしても、一日で目が覚めて良かったですね」 「良いわけあるか。こちとら頭何針縫われてると思ってんだ。目ぇ覚ましたら髪まで剃られてるしよ」  目を覚まして鏡を見たハレンは我が目を疑った。折角伸ばしていた緑の黒髪が、傷口を確認するのに邪魔だという理由で不格好に刈り取られていたのだ。 「でも、脳に異常もないみたいですし、不幸中の幸いですよ」  言いながら、ナスタはリンゴの最後の一切れを口の中に放り込んだ。  ナスタが入ってきた時から開きっ放しになっていた病室のドアがノックされた。ハレンとナスタが目を向けると、そこにはハレンと同じ更生施設の監督官である兵睨岳永美が、頭に包帯を巻いて立っていた。ハレンは昨日の朝に一度永美と顔を合わせており、その時には包帯を巻いていなかったので、永美が怪我をしたのは自分と同じく昨日の昼頃だろうと直感した。 「永美さんも入院してたんですか」 「はい。昨日カミトシティの全域でパンドラナイトと恐怖の大王の欠片の活性化が多発していたでしょう? 本社ビルでも発生していたんですが、突発的な発生だったので逃げ遅れてしまって、異次元獣に襲われて頭を打ってしまったんですよね」 「大丈夫だったんですか?」 「あぁ、頭は本当に軽く打っただけなので、病院に来る必要もなかったんですが、リツが……」  永美が言いかけたところで、病室にトップヒーローの『女神ブリュンヒルデ』こと酩花天莉椿が入ってきた。 「永美ー、駄目だよちゃんと病室で寝てないとー。……って、うわ、ナスタじゃん。病院は衛生第一じゃないのかよ」 「一昨日は風呂ったが」 「毎日入れって言ってるんだよ!」  ナスタとリツの小競り合いを尻目に永美は話を続ける。 「……リツがどうしても精密検査を受けろと言って聞かないので……。ハレンさんは大丈夫だったんですか?」 「いえ、全然大丈夫じゃないです。昨日の昼からついさっきまで意識不明でしたし、パンドラナイトと欠片の活性化が酩花天デパート以外で発生してたってのも今知りました」  近年のパンドラナイトは発生が人為的にコントロールされており、特にカミトシティ内での発生はカミトアイランドにある酩花天本社ビルの上空に限定されている。それがカミトアイランド以外の複数個所でもほぼ同時に発生するというのは、何者かの意図的な干渉があったと見るのが自然だ。 「ハレンさんと永美さんがいる場所でパンドラナイトが発生したということは、ヴィランは監督官を狙ってパンドラナイトを起こしたんでしょうか?」 「もしそうなら、永美に怪我をさせた落とし前は絶対にボクが付けさせてやるけどね」  ナスタが言うのに合わせてリツが息巻いた。短絡的な推理ではあるが、現に二人が病院送りにされ、更に自分は現実的に死にかけていたことから、ハレンは何も言えなかった。 「陛下、それはないと思いますよ」  二人を宥めるように永美が口をはさんだ。陛下というのは永美だけが使っているナスタの愛称だ。 「昨日のパンドラナイトは監督官がいない地点でも発生していたし、ヴィランも各地で複数確認されている。彼らは混乱に乗じて欠片を集めたかっただけなんじゃないかな。私の異能も、標的が監督官だったと言えるような情報は収集していないしね」 「それなら良い……いえ、良くはないんですが」  永美の話を聞いて、ナスタはかすかに安堵の表情を浮かべた。 「そういえばナスタ、良く私の見舞いのためだけに外出許可出してもらえたな」 「え? 私は昨日からずっとここにいますよ? リンゴは買いに行きましたが」 「……もしかしてお前、今逃亡犯扱いになってない……?」  昨日出されていたナスタの外出許可は一日限りのものだ。許可された時間を超過しても更生施設に帰っていないのであれば、ナスタは脱走したとみなされていてもおかしくなかった。 「同行していた監督官がヴィランに襲撃されて意識を失っていたんですから、一日くらいは緊急措置として認めてもらわないと困りますよ」 「通るかなぁ……」 「通してください。……そういえば、昨日の事件って何かニュースになってたりするんですかね? 私もそこそこ活躍しましたからね。トロフィーとか貰えるかも」 「それを言うなら感謝状だろ」  少なくとも自分たちがいたデパートでは犠牲者が出なかったこともあってか、気楽にテレビの電源を入れたナスタは言葉を失った。  テレビではキャスターが最新のニュースを読み上げている。 「昨日の昼頃、『コバルトブルー教団』の幹部を含む信者十数名と他多数の受刑者が、収容されていた各地の刑務所から脱獄したことが明らかになりました。手引きしたのは全国に指名手配されているヴィラン、大魔導槌とみられます」  ナスタとハレンは、昨日自分たちの前に現れたヴィランが、その日の内にナスタに因縁のある教団の信者たちを大量に脱獄させたことが、何の関係もない別個の事件だとは思えなかった。