〜サド・ミト〜 「次は誰?」 何事もなく戻ってきたシキとりんを出迎えてからちらりと手元の紙を一瞥する。 簡単な数字だ、一度見て覚えていたが、念のため。 2と書かれた紙を小さくたたんで進み出た。 「私ですね」 「と、あたしでーす!」 サドはジャケットの裾をぴんと伸ばしてからやたら元気なミトを振り返った。 これは賑やかな肝試しになりそうですね、とつぶやいて笑みを浮かべる。 正直、霊的なものを普段から全否定はしておらず、驚くためのイベントである肝試しなどお断りしたかった。 しかししつこいミツキと角治郎に仕方なく付き合うことにしたのだ。 1人で行くのだったらどうしようかと思っていたが、こんな元気なミトと一緒なら怖がることはないだろう。 多少元気すぎるとはいえ。 「よろしくお願いしますよ」 「うん!楽しんでいこーっ!!」 ミツキから懐中電灯を受け取り、暗いアナグラの通路を歩きだした。 「にしても暗いねー。非常ランプすらついてないもんねー」 「そうですねぇ…奇襲とかあったらどうするつもりなんでしょう」 「音で気づけ!ってことなのかなぁ…わくわくするね!」 緊急事態をも“わくわくする”で片付けるミトに心中では苦笑しつつ同意する。 確かに前回もそうだったが、この停電中に奇襲があったら榊はどうするつもりなのだろう。 それこそ本当に“音で気づくだろう”ということなのだろうか。 夜の間は薄い眠りしかとっていないものの、突然の物音に対応できるとは思い難い。 しかもその停電の結果にできるものがあのようなジュースなのだから閉口してしまう。 「そういえばさ、初恋ジュース、飲んだ?」 同じようなことを考えていたのか、ミトがふと思い立ったようにつぶやいた。 例の、榊が開発した破壊的飲み物だ。 甘酸っぱくほろ苦いと、もうそのキャッチフレーズだけで胸やけがするため買う気は今のところ起きていない。 が、残念なことに飲まされたことはあった。 「ええ、飲みましたよ。というか、被ったというか」 「かぶっ…?」 「聞かないでほしいですね、そこは」 普段使うことのない非常階段も、ミトのおかげで肝試しという状況を特に考えることなく進んでいく。 目的の階に達したときも薬の匂いややたら虚ろに響く機械音も気にならずに済んだ。 絨毯に踵の音を吸われつつ進んでいくと、前方に跳ね返る光のおかげで目的地に近づいていることが分かった。 正直好き好んであのやぶ医者と顔を合わせる気はなかったが、まぁ仕方ない。 未だ初恋ジュースの味についてぶつぶつとこぼすミトと共にドアのノブに手を掛けた。 「ようこそ」 「「うぎゃッ」」 顎の下からランプを照らして怪しく笑うDjangoに出迎えられて思わず飛び上がる。 白い髪がぼんやりとしていて余計不気味だ。 心臓がドクンドクン言っているがそれを知らせるにはしゃくだったためにため息をついてごまかした。 「やめてくださいよ、ほんと、大人げないですよ」 「び…びっくりしたぁ…」 「まじか。これ使えるな」 「…あなた、やめてくださいよ、って言ったの、聞こえませんでした?」 ランプを掴んでその白い髪に叩きつけたい衝動を抑えつつ、Djangoが引っ張り出したレーションを受け取る。 戦闘中や致し方ない時には何とか食べるが、そんなにおいしいと思わないそれはミトに手渡した。 「サドさんて、結構怖がりだったりする?」 「はぁ?なんですか藪から棒に」 「ミトは…うん、いつもどおり元気そうでよかったよ、ミトちゃん」 「はーい!元気です!」 何かを思案するようにぶつぶつ漏らすDjangoをしり目に引き返そうと踵を返す。 その背中を呼びとめられて首だけ振り返った。 「…ミト、サドさん…こういう言葉、知ってるか?…行きはよいよい、帰りは怖い…」 「えッ…Djangoさん…どういう…」 「はぁ…そういう脅しは面白くないですよ」 「ちぇーっ」 口をとがらせながらぶーぶー言うDjangoに再び背を向けてすたすたと歩きだす。 念のため、懐中電灯で足元をよくよく照らすことは怠らなかったが。 ミトがDjangoの言葉に反応していたのには気づかなかった。 きょろきょろと見渡しながら歩くために帰りのペースは少し遅くなっていた。 そんなミトのために足元だけでなく周囲も照らしてやる。 明らかに先ほどのDjangoの言葉を真に受けていた。 「…ミトさん、いいですか、Djangoさんとか、ああいう類の人の言葉を真に受けては生きていけませんよ」 「い、いや、よく考えてみれば、あたしこんな時間にうろついたことなかったし…」 「だからと言ってジャケットを掴まれては、少々苦しいのですがね」 背中をギュッと掴まれていて、引っ張られて首元が締まりかけていることに不服を申し立てる。 しかし自分も医務室から漏れる薬の匂いに敏感になっているため人のことは言えない。 気を取り直して周囲を照らしつつ、廊下を進み続けた。 整備室を通り過ぎ、医務室を過ぎれば階段が見える。 あそこを降り切れば少なくとも自分たちの番は終わりだ。 やれやれ、とため息をついた時、背後の整備室から唐突に大きな機械音が響いた。 「うきゃぁッ!!」 サドもびくりと肩を震わせて懐中電灯を振り回したが、 それ以上に驚いたミトが引っ張ったジャケットが首に食い込んでうぇっと声を漏らした。 夜間であっても神機整備の機械は動き続けている。 そうだろう、明日もミッションが待っているのだから整備は怠ることができない。 後ろを照らしてやろうと懐中電灯を逆手に持ってミトを振り返る。 図らずも先ほどのDjangoのように顎の下からいい具合に光が当たっていることは気づきもせず。 「ミトさぁん…ですから、苦しいと…」 「ッギャァァァァァァァアアア!!!」 「キャァァァアアアアッ?!」 物凄い形相で、うっすらと涙さえ浮かべて叫び、1人階段を駆けだしたミトの背中を見送った。 そんなに自分は不気味に映っただろうかと肩を落としてから取り残されてしまった事に思い至ってミトを追った。 「ヘイ!ミトチキン?サドチキン?ヘイ!!」 階段から相当響いたらしく、2人の叫び声を聞いたミツキと角治郎が手を合わせて喜びながら迎えた。 屈辱的な呼称で呼ばれて思わずミトの叫び声に呼応して叫んでしまったことを悔やんだ。 Djangoにもらったレーションを手渡しながらミトが涙声で抗議している。 「だって!サドさんが!サドさんが!!」 「…若干傷つきましたよ、ミトさん…」 何はともあれ、悲鳴第1号2号となった肝試しは終わった。 後は後続を待って部屋に帰るだけだ。 しかし後に続く誰かが自分たちより大きな悲鳴を上げないかなぁとは思ったが。