〜蒼・麗音〜 正直、蒼は霊魂の存在を信じてはいない。 見えるものだけを信じることにしている。 が、もしかしたらこの可愛い麗音がびくついてキャー!なんてことになるかもしれない肝試しには もろ手をあげて賛成していた。 あのレリックすら真面目くさって化け物の話をしているのを見て多少は腰が引けていたとしても。 「麗音!デートすっぞ!」 「蒼さん…これ、肝試し…」 ミツキから懐中電灯をひったくり、麗音の袖を引っ張ってさっさと出発する。 後ろから聞こえるリア充コールには答えないことにしておいた。 意気込んで出発したはいいものの、なかなかどうして、暗く普段使わない階段というだけで結構クる。 足元を懐中電灯で照らして麗音を気遣いながらゆっくりと上がっていく。 こつんこつんと固い踵がアルミの階段に響いて音を立てていた。 「なんか怖いね…なんの音もしないし…」 「そ、そうだな…」 怖いと言っている割にはあまり動じていなそうな麗音に冷や汗を垂らす。 結構クるどころか、結構怖い。 だが麗音の手前怖がるわけにもいかず、無理に胸を張って階段を上り続けた。 「なんもいねぇよ。大丈夫。いたとしたって、俺がついてるしな!」 「うん。ありがとう、蒼さん」 にこりと笑って申し訳程度にベストの裾をつまむ麗音をいとしげに見てからラボラトリに続く廊下へ踏み出した。 整備室からだろう、ういーんという機械音が響いている。 先ほどまで占めていた靴音も今は絨毯にかき消された。 ベストの裾をつまみ続けている麗音の背中にそっと手を掛けながら通路を進んで行く。 この廊下はこんなに薬の匂いが漂っていただろうか? 普段は気にならない医務室の存在に慌てて思考を閉めだした。 「…ラボ、まだかな?」 「もうちょ…麗音、後ろ…!!」 「えっ?!」 がばっとしがみつく麗音に気を良くして笑い声を立てる。 もう、と背中をたたかれ、つまんでいたベストも離されたが気にならない。 なんだか楽しくなってきた。 「しっつれいしまーす」 「いらっしゃぁぃ」 ラボラトリの扉を開くと、思い切り不気味な笑みを浮かべたDjangoがライトに照らされて待っていた。 ぎゃっと声を上げる麗音をさっとかばいつつ、眼帯で隠されていない目をぐるりと上に回した。 「面白くないです」 「なんだよ、みんなして」 デスクへ近寄ると、口をとがらせたDjangoが不満げに肘をついた。 麗音が軽く涙声で非難すると気をよくしたのか笑顔にころりと変わったが。 催促するように片手を振ってレーションを受け取る。 託すぞ、と言いながら麗音にそっと手渡した。 「あと何チームだぁ?っと、怖がらないチームはみんなきちまったか?」 「怖がらないもなにも、ゴッドイーターがいるかもわからない幽霊にビビりますかね」 「蒼も信じてないんだ?…いるぞ、幽霊は」 「もうっ!!やめてくださいってば、ドクター!」 手をぶんぶん振って非難する麗音の肩をぽんぽん叩いて安心させる。 医者が幽霊を信じてるとは、少し意外だった。 手術に失敗したときには祟られるのではないかとおびえるだろうに。 ここの軍事医の一端を担っているDjangoに対して失敗は無いと信じているが。 「アラガミを倒しまくってる俺らでも、ほら、今まで見たこともないじゃないですか」 「それは、時と場合を選んで出てくるからだろ。  ちょっと弱気になって脅かしがいがあるときとか…今みたいに」 「ははは、なんですかそのTPOが解ってる霊って」 強がっては見せても若干手が汗ばむ。 いないって、いない。 そう笑ってみせるがDjangoは真面目くさった顔で蒼と麗音の背後を指した。 「…おい、じゃあ、あれはなんだ?」 「え」 麗音の肩に手を置いたまま、Djangoが指示した背後へゆっくり振り返る。 ラボラトリの、開け放ったままの戸口のそばに何かが淡い光に照らされて立っている。 白く、ぼんやりとした、何かの装束を着た女の… 「おばk「出たァァァァァァアアアア!!!!」 蒼は半ば麗音を抱えるようにしてラボラトリを飛び出した。 やたら存在感のあるその白い霊とは極力目を合わせないようにして。 「やだ意外。麗音より先に蒼が悲鳴あげちゃったよ」 2人の背中を見送ってDjangoがぱちくりと目をしばたいた。 戸口に立った白装束の女…に扮した長老がくすくす笑ってDjangoに近づいた。 故意にぼさぼさにしてある髪を、立ち上がって手ぐしで梳いてやる。 いらんわ、と突き放されたが。 「長老さん、こういうの好きだったりするのか。やたら楽しそうだな」 「少なくともおぬしと同じぐらいには楽しんどるぞ。  若いもんがひーひー言うのは年寄の楽しみのひとつじゃ」 「あらやだ、健全」 1人でラボラトリ待機は飽きそうだったのでダメもとで長老に声をかけたが、 あっさり許可が下りて驚いたのを覚えている。 やはり誰かと策略して遊ぶのはいくつになっても楽しいものなのだろう。 次はどうやって脅かそうか、と長老と頭を突き合わせてDjangoは悪戯っぽく笑った。