〜柾〜 「も、もう絶対ヤバいって、柾!!やめた方がいいぜ!!」 なめてかかっていた肝試しに心底痛い目にあわされ、蒼は次の単独出撃の柾を引きとめようとした。 未だ見つからないレイ、正体不明のぐーぐーお化け、そして白く浮かび上がる女の霊。 無論死に関わるこのアナグラ、噂がないわけでもなかった。 しかしここまで連続して起きると危ない香りしかしない。 頭を突き合わせた男達は口々に弱音を吐き始めた。 「次何か起こったらただ事じゃ済まないぞ!命にかかわるかもしれない!」 「というかもうすでに全員呪われてるとか…?!」 「いやですよ、元から老い先短いのに意味の分からないもので死にたくないです!!」 「でも…今やめたらチキn」 「あ、思い出した?思い出しちゃった?」 当初のルールを口にしようとした柾をミツキと角治郎が制した。 このまま中止になってくれれば自分達の番も流れると安心していた矢先だったからだ。 「…それに…」 未だはしゃいでいる女子(+シキ)グループをちらりと横目で眺める。 彼女達の手前、ギブアップなどできない。 女子の噂話の伝染力が尋常ないのはすでに熟知していた。 リッカに“肝試しをギブアップした柾チキン”などと伝わった日には面目丸つぶれである。 それならこの状況下単独で行き、更にレイをも探し出す。 キャー素敵ー!!という幻聴が聞こえてくるような気さえする。 とうとう腹を決めて6番と書かれた紙をくしゃりと握りしめた。 「…次は…次は誰だァ!?次は俺だァ!!よっしゃァ、行くぜッ!!」 「柾…かっこいいよ柾…動機の不純さが漏れ出ていようとも…」 目頭にハンカチを当てる男達ときゃっきゃとはしゃぐ女子(+シキ)達に見送られ、 肩をそびやかした柾はホールを後にした。 「…と、意気込んだはいいが…」 ひとり暗い廊下を進んでいると色々余計な想像ばかりが頭をよぎる。 今まで別段霊的な物を意識したことも信じたこともなかったが状況が状況である、気になって仕方ない。 こんなことならハンマーでも持ってくればよかった、あれがあればいくぶんか気分が落ち着くのに。 どちらにせよ霊は痺れないんだよなぁとどうでもいいことで頭をいっぱいにしつつ ラボラトリへ続く階段を上りはじめた。 靴音だけが響く鉄製の階段を無事上りきると細い廊下が続く。 最奥の部屋にDjangoが待っているはずだ。 大きい怪我など滅多にしないし、絡みづらいあの医者に頼ったことは今のところない。 しかし今日になって初めてあのしまりのない顔を早く拝みたいと思った。 懐中電灯を握りしめてラボラトリへの通路を行く途中、整備室を通り過ぎる。 機械音しか聞こえない部屋のドアの前で一度立ち止まり懐中電灯を持っていない方の手をぐっと握りしめた。 (リッカさん…!!見ててください…!!俺、絶対にやりとげますから…!!) 思わずほろりと熱いものが零れそうになりながらも突き当りの見えてきた廊下を進み続けた。 「Djangoさーん。あれ…Djangoさーん…?」 ごく小さいバッテリー式か何かのスタンドのみが仄明るく光るラボラトリに足を踏み入れた。 しかしいつも能天気なあの声が迎えてくれない。 部屋の奥、昔は榊がいたデスクにも誰もおらず、ぽっかりとスタンドだけが置いてあった。 まさかDjangoもぐーぐーお化けに…いや、件の白い女の霊に… などと震えてきた足を抑えつけ、片手をがくがくする顎で噛みしめて堪える。 そんな時突然背後から立った物音に「キャッ!!」と小さく叫んでしまった。 「…uh…?Who'er…」 聞きなれない英語にじっと目を凝らすと、白い塊が部屋の隅のソファでもぞもぞ動いている。 飛び出そうな心臓を抑えつけてよく見ればどうやら人間のようだ。 頭をわしゃわしゃと掻きながらテーブルを手探りしている。 カチャリと金属の触れる音が聞こえ、その白い塊がむくりと起き上った。 「あ…あー…柾か、すまん、なんか遅いんで…寝て…ふわぁ…」 「じゃ…Djangoさんか…よく平気でこんなとこで寝られますね…」 「あぁん?だって暗くて静かで…ふぁ…」 幽霊騒ぎがあったというのにこの落ち着き様、いつもギャーギャー騒いではいても大人である。 それともただ図太いだけだろうか。 どちらにせよ、びくついていた自分がなんだか気恥しくなって思わず苦笑した。 「レーションね…はいはい、これこれ」 「うわーなんか投げやりですねありがとうございます」 「ミツキと角治郎にいっとけ。さっさと来いって」 「分かりました。伝えておき─…」 ……おぬしら…… レーションを受けとりポケットに入れようとしたときだ。 Djangoの声でも自分の声でもない、しかし確実に人の声がか細く聞こえた。 思わず部屋の中央に飛びのいてあたりを見回す。 が、しんと静まった機械類が張り巡らされているだけだ。 「…Djangoさん、今の何ですか…?」 「あん?なんだ?」 「今何か聞こえ─…」 …うる……さい…… 「!!?!??!?」 確実に聞こえた“煩い”という言葉に振り向くと、Djangoが眠そうな顔でこちらをぽかんと見つめている。 しかしその背後である。 Djangoの白いジャケットの向こう側にもうひとつ白い塊がゆらりと動いた。 背筋に冷たいものが流れる。 動けず見守っていると肩口からその白い塊がゆっくりと覗き込んだ。 それは蒼の言っていた、白く浮かび上がる女の─… 「ィィィィイイイイイヤアアアアアア!!!!!」 思わず懐中電灯を放り投げ、ラボラトリから全力で飛びだした。 「…うるさいのう…何じゃ、人が気持ちよく寝ておるのに…」 「あ、長老さん、起きた?今柾が来たとこ。あとミツキとジロで最後かな?  でも眠かったらもう少し寝ててもいいですよ。それだけでも面白いっぽいから」 「…おぬし、馬鹿にしておらんか…?」 「とんでもない」 白装束のまま、同じくソファで待ちくたびれて寝つぶれていた長老がごしごしと目をこすった。 Djangoはソファを軽くたたいて促し、長老が再度沈み込んだのを確認すると 伸びをしてラボラトリのデスクに座りなおした。 ラボラトリを出て、扉が背後で閉まるのを確認もせず通路を走り続ける。 やばい。マジでDjangoは憑かれている!! 本気で信じていたわけでもないが霊を目の当たりにしてしまい涙さえ出てくる。 アラガミさん達ごめんなさいいっぱい倒しちゃってすいませんどうか祟らないでください。 その時ふと薬の匂いが鼻をかすめ、それとともにDjangoの寝ぼけ顔が頭をよぎる。 柾は滑る絨毯を蹴って立ち止まった。 自分だけ逃げていいのか? 憑かれているDjangoを置き去りにしていいのか? 否、義を見てせざるは勇なきなり…!! 再度ぐっと握りこぶしを作ってゆっくりと来た道へ振り返った。 気づけば懐中電灯もないが、ここで逃げ続けたら男がすたる。 柾は背後の方にあるはずの整備室に向けて誓った。 (リッカさん…!!俺が…俺がDjangoさんを助け…!!!) ぎィィ… 「ヒィッ?!」 進み出そうと一歩足を踏み出した時だった。 すぐ後ろの医務室の扉がゆっくりとひとりでに開く音が聞こえた。 こんな時間、医務室に人がいるわけがない。 しかし確実に濃い薬の匂いとともに気配がゆっくりと柾の方歩いてくるのが分かる。 もはや先ほどの決意はどこへやら、全身がバイブレーションになったかのごとく震えている。 スローモーションでゆっくりと首をひねって後ろを覗き込んだ。 真後ろに、やはり全身白く浮かび上がる、今度は男が柾の肩口からこちらを凝視している。 つがいだったのか… などと現実逃避をしかけていると、その白い影がひんやりと冷たい手をぽんと肩に置いた。 ─ま…さ……?─ 「…ササササンダース!!!!」 もう柾チキンでも柾フライドチキンでもいいわ と人生をあきらめ、意識を手放した柾が真横へ倒れ込んだ。 「おい…柾も帰ってこないよ…!!」 「ほらなヤバいって言っただろ…!!もう引き上げて明日ゆっくり捜索すれば…」 「いやいやでも…」 「だが…」 ホールでは男達が輪になってぶつぶつとこれからのことを相談していた。 先ほど聞こえた柾の悲鳴。 どこからの悲鳴なのかは分からないが、確実に柾のものであろう。 それから10分以上経っているというのにまだホールへ戻ってこない。 皆、もしやあれはぐーぐーお化けに捕喰された際の断末魔だとか、白い女の霊にやられた悲鳴だなどと さまざま考察し始めたが助けに行こうとする者は現れなかった。 「あ、見て、あれ」 「あ」 女子達が何やら不安そうに階段へ続く通路を指差した。 柾がようやく帰ってきたのかと男達も振り向くと 奥から白い影が何かをズルズル引きずりながらこちらへ向かってきていた。 「「「!!!!!!!!」」」 世に名をはせるゴッドイーター達は思わず互いに抱き合い、声にならない悲鳴を上げた。 が、近寄ってきたその白い影の顔が確認できる距離まで来るとへなへなと腰を落とす。 何を引きずっているかは分からないが、行方不明になったレイだった。 「…やっと…帰ってこられた…」 「あーレイだったのかー!!もう、びっくりしちゃったよ!!」 「ほんとほんと、お化けかと思ったよねー」 「ねー」 言っていることの割には元気そうな女子達がレイを出迎える。 レイは息をつきながら引きずっていたものをぽいと放り投げた。 それはにこりと凍りついた笑みを貼りつけた柾だった。 「ま…柾…!!」 「まさか!!呪い殺され…ッ?!」 ざわめき立つ男達に困り顔のレイがため息をつく。 やれやれと頭を振って、だらりとカウンターに寄りかかった。 「ヴァレンとはぐれて…うろうろしてたら医務室を見つけて…  ここに居れば誰か通りかかるなと思って待機してたら人が通って。  外にでたら柾だったんだが…声をかけたら面白くない奇声をあげて倒れてしまった」 「…あ…あー…」 全員が真意を悟り、未だいっそ安らかに眠っている柾に手を合わせた。 さすがの女子達も医務室からのっそりと出てくる白い影を想像してうわぁと声を上げる。 何もそんなところで待機しなくても…と柾を心の中で労った。 「…さて、行方不明者も帰ってきたし、アナグラは未だ安全っぽいし」 女子達に混ざって静観していたシキが男達─特にミツキと角治郎─の方を向き、ゆっくりと促す。 すぐに意味を悟った2人が飛びあがらんばかりにおびえてシキを振り返った。 「「…行かなきゃ…だめ…?」」 「うん」 ハモる甲高い声の2人に冷たくシキが告げる。 他の男達もこの時になって自分達だけ逃げようとするチキンズに冷たく笑いかけた。 「…ミツキ君。角治郎君。君達主催なんだから、せいぜいゆっくり楽しんでくれたまえ」 「…ッ!!大人て…大人って…!!!」 そろってふはははと声を立てるサドとレリックと蒼、そしてにこにこと笑いながらも止めようとしない麗音が 2人に向かって頼りない光を放つ懐中電灯を一本、さあ、と手向けた。