〜ミツキ・角治郎〜 「さて、心の準備はいいですか?」 明らかに腰が引けている2人にサドがにこりと笑いかけた。 しかしどう言いつくろっても爽やかとは程遠い。 見まわせば痛い目にあったほかの男たちも同じような笑みを浮かべている。 わらにもすがる思いで女子たちを見やると、助けてくれるどころか純真無垢な笑顔で手を振っていた。 「いい声の悲鳴期待してるぜ」 「ああ、でも迷惑だからあの裏声は自重しろよな」 「あれですね、ショート2人、どちらの逃げ足が速いか見物です」 「せいぜい楽しませてくれよ」 ああ、多分生きて帰っては来られない。 そう悟った2人は涙目で答えた。 「い…行ってきます…」 りんに手を伸ばす角治郎の首根っこを掴んで、何とかミツキが一歩ずつ踏み出した。 「もう、誰だよこんなの始めようとしたの」 「みっちゃんが怖い話するからでしょ」 「お前が調子こくからだろ!!あとみっちゃんて呼ぶなッ!!」 「怖くないとか言ってたくせに、グラサン!!」 「非科学連呼してたのはどこのどいつだ、このちびっ子!!」 「あ…あんだと!!このブルーハワイ頭ッ!!」 「ブルー…ッ!!…やべ、食いたくなってきた」 「そういえばチョコ食いたいね」 「いやなんでブルーハワイからチョコになったよ?」 尽きない軽口はこの状況から目をそらすのに大いに役立つ。 そう気づいた2人は延々とくだらないことを話し続けた。 明日、よく響く高めの声に苦情が寄せられるということは今の時点では頭に無い。 とにかく無事に何事もなく終わらせるのが最優先事項だった。 「…んでな、そこでこう、ばーんと来るわけ。だからこそお面が役に立つんだよ」 「あーそっか、そこでピーナッツ砲をガードするのね」 「そうそう。でもよく考えれば無事なの、顔だけなんだよな」 「顔だけ…はは…顔…」 ─…その声に振り向くと夜闇に浮かび上がる顔だけの男が…!!─ 「「………」」 事の発端となったミツキの話を思わず思い出す。 黙って顔を見合わせ、お互いに同じことを思い出していることが解ると黙り込んでしまった。 賑やかだった廊下が一瞬にしてしんと静まった。 「…早くDjangoさんとこ、行こう…」 「…うん」 「ようこそ」 「「うわァッ↑↑!!!」」 ラボラトリに入ると、顔の下からライトを当てたDjangoが迎えた。 白いジャケットに白い髪、白人らしい白い肌。 ドアが開いた瞬間そんなのがぼんやりと浮かび上がっていたのだから驚かないはずがない。 跳ねる心臓を何とか押さえつけた。 「や…やめろよ!!普通に生きてるだけでそこそこ怪しいのに!!」 「何が楽しくてんなことしてるんですか変態ですか!!」 「お前ら、ぽろぽろ言ってるがそれだいぶ失礼だからな?」 何とか部屋に入り、レーションを受け取る。 あとは皆にこれをみせてやっと終わりだ。 何事も起きそうになく2人はほっと胸を撫で下ろした。 そういえば腹も減ったし早く帰りたい。 「Djangoさん、ありがとうございます、付き合ってもらっちゃって」 「おーいいぞ、俺も楽しかったし。また来年もやろうな」 「俺はもういいや…」 見ているだけで散々だった今日一日を振り返ってミツキが肩を落とした。 金輪際、怪談なんてしないと心に誓う。 恐怖はアラガミと対峙したときに味わえばそれで満腹だ。 「ああ、礼ならそこで寝てるのにも言っておけよな」 「…ん?…ヒィッ!!白い女の霊!!」 「やっぱ女なんだ」 Djangoが笑いながら指したソファには白い髪と白い服の影がぼんやりと転がっていて思わず飛び上がる。 だがよく見れば見覚えのあるシルエットで、ため息をついた。 セミロングの白い髪に白いジャケット、Djangoと一緒にいるといえば長老だろう。 これで謎が解けた。 やはり、幽霊なんていなかったのだ。 「とりあえず、俺はもう寝るから。みんなによろしく言ってくれ」 「はぁぃ、お疲れ様」 「ういー」 「…あ、そうだ、ちょっと気になってたんだがよ…」 ラボラトリを出ようとした2人にDjangoが声をかけて呼び止めた。 振り向いたのを確認すると、部屋の隅、機械がごてごてと固まっている辺りを顎でしゃくる。 「あれ…お前らにも見えるか?」 目で追った先、天井へ続く機械の上の方に、短めの髪をだらりと下した首から上だけの女が─… 「「ぎ…ぎャァァァァァァアアアアアア───!!!!」」 狭いドアを我先にと競い合い、ラボラトリから飛び出した。 「ぶぁっはっはっは!!今日一だな!!ナイス長老さん!!ほんとに首だけに見えるよ!!」 普段着ている黒いワイシャツに黒いタイツ姿で機械によじ登っていた長老がにやにやしながら飛び降りた。 ぼんやりと浮かぶ白い影、よりも強烈さが増している。 ソファに丸めて置いてあったジャケットとモップを回収すると、 ぴょんとデスクに座って消えゆく悲鳴にくすくすと笑った。 「わしも年甲斐なかったかのう」 「いいんじゃないかな、たまにはこういうのも。楽しい思い出ってやつ?」 顔を合わせて、悪戯が成功した子供のように笑いあった。 「「うわあああああああああ↑↑↑!!!」」 笑っていられないのはミツキと角治郎だ。 廊下を抜きつ抜かれつの猛ダッシュで駆け抜けていた。 やはり霊はいたのだ。 そうなるとぐーぐーお化けももしかしたらいるかもしれない。 いや、いる。 心の底では単にほかの面々が驚かそうとしているのだと思っていた。 しかしこの分では、というか今の状況では心から信じきっていた。 その慌てがミツキに表れた。 「うわぁッ」 「みっちゃん!!」 柔らかい絨毯に足を取られて思い切りスライディングを披露した。 角治郎が慌てて急ブレーキをかけてミツキへ駆け寄る。 手を伸ばして立ちあがらせながら息をついた。 神機を持ち、捕喰をしながらの全力疾走、戦闘中でアドレナリンが出ているときならばそれほどの疲労感はない。 しかし今は焦りと恐怖が支配している。 2人とも肩で息をしていた。 「もうすぐ、階段だから」 「早く帰って、布団、潜りたい…」 「怪我、無い?」 「だ…大丈夫…」 一応角治郎に腕を取って抱えてもらい、先へ進もうとしたときだった。 ゴッドイーターは常から周りの気配に気を配っている。 これは戦場に立つ者の習い癖だ。 ただそれには気配を感じられなかった。 ぽん、と2人の肩に置かれた手に、嫌な汗がどっと噴き出した。 両目をこれでもかと開きながらゆっくり振り返った。 …こんな時間に、何してる… 真っ暗な廊下に、男の顔と、肩に置かれた手だけがくっきりと浮かんでいる。 釣った恐ろしげな目が2人を交互に見比べた。 ─…その声に振り向くと夜闇に浮かb「「ぎ…ぎゃァァァァァアアアアアア↑↑↑!!!!!」 擦った膝も、疲れも何もかも忘れて2人はまた猛然と走り出した。 「深夜にうるさいぞ…って、やっぱりショート使いは足が速いなァ…」 常時気配を消している黒ずくめの透が、寝起きの掠れた声でつぶやきながら寝ぼけた目を擦った。 さっきからぎゃーぎゃーうるさくて安眠できやしない。 一応、ラボラトリも覗いてから布団に戻ろう、と決めてぶらぶら夜闇へ吸われていった。