「喜之助さん、ご起床ください」 きちんと肩まで布団をかけていた女性が一言呟いただけでぱっと目を開いた。 まだ朝日も昇りきらず、室内は薄暗い。 澄んだ空気を思いっきり吸った喜之助に、ウタは手を貸して起き上がらせた。 「おはよう、ウタ」 「おはようございます」 にっこりとほほ笑む喜之助に挨拶してから着替えを手伝う。 さらしで胸を潰し、アイロンをかけておいたシャツを着せて重い軍服を羽織らせる。 そうやって身なりを整えただけで厳しい軍人のオーラが彼女を包んだ。 「今回は一週間くらいの遠征になりそうだから。留守の間はよろしくね」 「はい、心得ています」 最後に帽子を手渡すとそれを目深に被る。 少し曲がったつばをまっすぐに直してやり、一歩引いて全体を眺めた。 不足はなさそうで、首を傾げてにこりと笑うと、ありがとう、と頭を撫でられる。 くすくす笑って辞めさせ、部屋の戸口へそっと先導した。 表情が変わる。 「…行ってくる」 「お気をつけて」 そう、声をかけて伸びた背中を不安げに見送った。 喜之助が留守の間は軍基地内を駆け回って雑務をこなす。 上官からの書類に目を通し、後はサインすればいいだけになるようまとめる。 訓練所にも少し顔を出して激励する。 直接指揮する機会は無くとも、士気や訓練状況などは常に把握しておかなければ。 秘書官は着き従うだけが仕事ではない。 その他様々な用に駆り立てられ、夜の帳が完全に降り切ってからくたくたになった足を引きづって部屋に戻った。 持ち主が不在のベッドはしわが伸ばされて凪いでいる。 いつか、このベッドが永遠に使われなくなるのではないかと不安にならざるを得ない。 いつそうなってもおかしくない世の中。 窓から見える夜空に無事を祈る事しかできない自分が悔しくてならなかった。 「…どうか、ご無事で」 組んだ両手を胸に当てて祈り、不安な夜の中ベッドにもぐりこんだ。 部隊の帰還の知らせに基地の入口へ走る。 ぞろぞろと行進する部隊の先頭には顔に泥がついたままの喜之助がいた。 その部隊と先頭の間に入り込み、じっと前を見たまま進み続ける顔を見上げる。 拭ってやろうと手を伸ばしかけてから顔を引き締め、抱えていたファイルを開いた。 「報告しろ」 「はい。一昨夜エリアDに出向いた一個隊の状況が暗転している件について、少将がお話したいと」 「わかった。翌朝向かうと伝えろ」 「了解。それから…」 次々に書類を読み上げ、留守中の報告を終えてからすっと行列から抜け出る。 喜之助は前を向いたまま目も合わせない。 兵を引き連れた背中は確かに疲労が見えるのに。 少し苦い気持ちを抱きながらも、迎える準備をすべく自室へと走った。 こぽこぽと暖かい音と香りが包む部屋でウタは満足げにガラスのポットを眺めた。 自分で調合したハーブティ。 いくつかのハーブと花の香りが疲れをいやしてくれる。 今は触れられないほどの熱さだが、彼女がテーブルに着くころには飲みごろになっているだろう。 ドアの外にキビキビとした気配を感じて靴音を立てながら戸口へ駆け寄った。 「…お帰りなさい」 「ただいま」 帽子を脱いだ喜之助の顔を温めたタオルで拭ってやる。 先ほどと同人物と思えないほどくすぐったそうに笑った。 重いジャケットを脱がせ、席に着いたのを見てポットを取りに戻り、ほんのり暖かくなったそれをそっと運んだ。 歩くたびにいい香りがウタの後に尾を引いた。 「んー…良い香りね…」 「ええ、特製ですよ!」 ポットとお揃いのティーカップに音を立てて注いでやる。 両手で包む喜之助の反応を楽しみににこにこ待っていると、飲みかけてからふとこちらを向いた。 部屋にいる時だけ見せる彼女の笑みに呼応してついほほ笑んでしまう。 首を傾げて問うと、自分の隣の席をぽんぽんと軽く叩いた。 「一緒に飲みましょ、ウタ」 「…はいっ!!」 もうひとつカップを持ってきて喜之助の隣にちょこんと座り、ゆっくり注ぐ。 濃いハーブの香りと我ながらちょうどいい温度にほっと息が漏れた。 お互いにカップを持ちあげて顔を見合わせ、にこりとほほ笑んでからカップに口をつけた。 この時だけが、安心できる、唯一の時。 おまけ 「あー美味しかった。あったまってちょっと眠くなっちゃったわ…」 「リラックス効果の高いハーブも入れておきましたから!…っと、喜之助さん」 「なぁに」 「廊下左方向50m先から少尉の気配がします」 「…いつも思うけれど、その才能他の事に生かした方がいいわよ…」 「何を言っているんですか!ほら、早く上着をお召しになってください!」 「やーよ…もう寝たいわ…」 「全く!明日の朝起こしてあげませんよ!」 「…わかったから手伝って…」 「了解です!」 ていうウタちゃんエスパーも書きたかった けどまとまらなかった